第2章 冒険者になってみた

第5話 森のヌシ


「よし、もうすぐ町に着きそうだね」


 世界樹杖ワンド・オブ・ワールドを手に入れた翌日。

 ローナは森で1泊野宿をしてから、インターネットの地図を頼りに森を進んでいた。


 まともに道なんてなく、右も左もわからない森の中だが、インターネットがあれば、この先に町があることがわかる。

 さらに、それだけではない。


「地図に書いてある採集ポイントってここかな――って、あった!」


 調べると、インターネットに書いてある通りの場所に、薬草を見つけた。



――――――――――――――――――――

■アイテム/【マボロリーフ】

[種別]素材 [売値]5万シル

[効果]なし。


◇説明:魔境の森にごくわずかに生えている幻の薬草。

【万能薬】【エルフの秘薬】など高ランクの薬の材料になるほか、サブクエスト【毒医ドクターザリチェの野望】のイベントアイテムとしても使用する。

――――――――――――――――――――



「うん、インターネットに書いてある通りの形だね。って……わっ! この薬草って5万シルで売れるんだ! 幻の薬草ってわりには安い気もするけど……」


 そんなこんなで、マップの中の『採集ポイント』を通るたびに、ちまちまとアイテムを拾っては鞄にできるだけつめこんでいく。

 それから――。


「えっと、ここにはゴブリンの作った落とし穴が……あれかな?」


 よく見れば、道の先に落ち葉が不自然に敷きつめられていた。

 とはいえ、不用意に歩いていては気づかなかっただろう。


「で、側の茂みにゴブリンたちが潜んでいる……と」


 ローナは前方の茂みのほうへと杖を向けた。

 おそらく落とし穴にかかったところを奇襲しようとしているんだろうけど、インターネットで全て予習済みのローナには関係ない。



「まずは――星命吸収テラドレイン!」



 これは先ほど手に入れたSSSランクの杖――世界樹杖ワンド・オブ・ワールドの装備スキルだ。


 その効果は、範囲内にいる敵のMPを吸収するというもの。

 ローナを中心に、地面に巨大魔法陣が輝き――。



「――ギャッ!?」



 と、茂みからゴブリンたちの戸惑いまじりの悲鳴が上がった。

 同時に、杖の先端にある緑の宝玉へと光が吸いこまれていく。


「ブラウンゴブリンの弱点は、風属性! なら――プチウィンド!」


 吸収したMPを使って、今度は攻撃魔法を放つ。


 ぎゅるるるるるるぅぅゥゥウ――――ッ!!


 と、巨大な竜巻が現れ、森の木々もろともゴブリンたちを呑みこんでいき……。

 やがて、空からきらきらとゴブリンたちの魔石や素材が落ちてきた。



『ブラウンゴブリンの群れを倒した! EXPを108獲得!』

『LEVEL UP! Lv17→18』



「…………あ、あいかわらず、すごい威力」


 ローナが冷や汗まじりに呟く。

 まともに魔法が使えるようになったのはうれしいが……。


「ここまでやれとは言ってないんだけどなぁ……」


 使っているのはただの初級魔法だというのに、なんか究極魔法みたいになっている。


(……こんなの町中じゃ使えないよね)


 ローナが遠い目をしながら、背後を見ると……。

 天へとそそり立つような岩の牙や氷の山に、地面がぼごぼごと赤熱しながら沸騰している焼け野原に、木々を吹き飛ばす巨大竜巻に……と、なんだか天変地異みたいなことになっていた。


 これでも威力をコントロールしようと試行錯誤しているのだが、まだ杖の強すぎる力に引っ張られてしまう。


「それにしても……こんなすごい杖の入手法まで書いてあるなんて、インターネットってすごいんだなぁ」


 しかも、インターネットがすごいのはそれだけではない。


「……『スキルの習得条件』とか『モンスターの弱点』とか、そういうのもあることすら知られてないよね」


 この2つの知識だけでも、かなり革命的だ。

 昨日手に入れたスキルを、改めてインターネットで確認する。



――――――――――――――――――――

■スキル/【大物食いⅠ】

[効果]格上の敵との戦闘時、レベル差に応じて与えるダメージアップ(レベル差×1%)

[習得条件]レベル差20以上の相手を単独討伐。

――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――

■スキル/【殺戮の心得Ⅰ】

[効果]敵が5体以上のとき、与えるダメージと即死命中率が5%アップ。

[習得条件]1時間以内に20体以上の無抵抗の敵を、単独でオーバーキルする。

――――――――――――――――――――



(これも、完全に国家機密レベルの情報を超えてるよね……)


 この世界で生まれ持ってのスキル(インターネットでは『スキルガチャ』と呼ばれているもの)がなによりも重宝されるのは、そもそもスキルをどう習得すればいいのか誰もわからないからだ。


 基本的には『ひたすら訓練していれば、いつかG~Eランクぐらいのスキルが手に入る』という認識しかなく……。


 ぼんやりとでも習得するための訓練法がわかったら、D~Cランクのスキルでさえも国家機密や秘伝の奥義みたいな扱いになる。


 しかし、このインターネットには、全てのスキルの習得条件が――それもAランク以上のスキルの習得条件さえも載っているのだ。


(しかも、こんな条件、インターネットで調べないとわかるわけないよなぁ……)


 これについては、『モンスターの弱点』についてもそうだ。

 一応、『植物系モンスターの弱点が火属性』みたいな感覚的にわかりやすい弱点は知られていたものの……。


 『ブラウンゴブリンの弱点が風属性』みたいな意味のわからないものはインターネットで調べる以外に知りようがないだろう。


(インターネットの力はやっぱり隠さないとまずいよね……)


 そんなことを改めて思いながら、ローナは森をてくてくと歩いていき――。


「さて、そろそろ森の出口だけど……その前に、最後のひと仕事だね」



 どしん……どしん……っ! と。


 前方の木々をなぎ倒しながら、巨大なイノシシが道をふさぐように現れた。


 イノシシはローナを睨みつけると、ぶしゅるるるぅぅ……と白い息を震わせ、威嚇するように前足でがっがっと地面を鳴らしだす。


(……っ! インターネットに書いてある通り……!)


 この巨大イノシシは、イプルの森のエリアボス――。


 ――森のヌシだ。




――――――――――――――――――――

■ボス/【森のヌシ】

[出現場所]【イプルの森】

[レベル]50

[弱点]火・氷・鼻・腹

[耐性]風・地・毒・斬

[討伐報酬]イプルの森に【街道】開通、森のヌシの魔石(90%)、ヌシの毛皮(70%)、ヌシの牙(30%)、【猪突ブーツ】(20%)、【牙突槍ランスボア】(3%)


◇説明:イプルの森のエリアボス。

イプルの森を横断しようとすると、その出口をふさぐように出現する。


行動パターンは単純なものの、攻撃力・防御力・速度が高いので、序盤の時点では勝ち目がない。


またヌシの突進は木や岩を破壊するので、物陰や高台に逃げると痛い目を見る。

――――――――――――――――――――



(……実物は怖い、けど)


 しかし、すでにローナはインターネットで予習している。


 大丈夫、インターネットを信じれば勝てるはずだ。

 だって、インターネットには正しいことしか書かれていな――。




「ぶしゅるるるぅぅゥウ――ッ!!」




「ひぃぃっ!?」


 どどどどどどどどぉおお――ッ!!

 と、ヌシが猛烈な勢いで突進してきた。


 その大迫力に、思わず圧倒される。

 予習していても、怖いものは怖かった。


「と、とりあえず、弱点は火と氷属性! 火はまずそうだから、ここは――プチアイス!」


「ぶしゅッ!?」


 SSSランクの杖から放たれる大威力の氷魔法だ。

 さすがのヌシも悲鳴を上げながら、氷の大波に呑みこまれるも――。


「ぶしゅるッ!」


 ぱりん――ッ!! と。

 氷の山を爆ぜ散らして、ヌシの巨体がふたたび現れる。


(うっ、さすがレベル50のモンスター……初級魔法で一撃ってわけにはいかないか)


 ダメージはそれなりに与えられたようだが……。

 この調子では、倒すより接近されて攻撃されるほうが早いだろう。

 とはいえ、これは想定内だ。



「なら――プチウォール!」



 ローナが杖を高々と振り上げると。


 ごごごごごごごぉぉ……っ!! と。


 今度は巨大な岩の城壁が、目の前の地面からせり上がってきた。

 とはいえ、その城壁も当たり前のようにヌシに破壊されるが――。



「プチウォール! プチウォール! プチウォール!」



「ぶしゅっ!?」


 ローナは後方へと走りながら、ありあまるMPを豪快に使って城壁を作りまくる。

 ヌシがいらだったように城壁を次々と破壊していくが……。


 その突進の勢いは、目に見えて弱まっていた。

 これがローナの狙いの1つ。

 しかし、狙いはそれだけではない。


「……かかったね」


 そして、ついに最後の城壁が突き破られた瞬間――。



「――ぶしゅるッ!?」



 ずしゃぁああ――ッ!! と。

 その巨体が、いきなり地面にあいた穴へとすべり落ちた。


「よし! 計画通り!」


 そう、これは先ほど回避したゴブリンの落とし穴だ。

 ローナが壁を作りまくっていたのは、ヌシの接近を防ぎつつ、ここまで誘導するのが目的だった。


「……っ!? ……ッ!?」


 頭を落とし穴に突っこんだまま、後ろ足をじたばたさせるヌシ。

 巨体による自重せいで、穴から這い上がることができないらしい。


 警戒していれば避けられたかもしれないが……。

 怒りで冷静さを欠いていたうえに、壁によって目くらましをされていた。

 その状態で回避するのは難しかっただろう。


(まあ、これも全部インターネットの受け売りだけどね……)


 ローナは改めて手元の画面に目を移す。



――――――――――――――――――――

■ボス/【森のヌシ】

◇立ち回り:攻撃パターンは突進が基本なので、落とし穴が有効。

落とし穴から這い上がるのが非常に遅いため、その隙に落とし穴で囲めば簡単にハメることもできる。

また落とし穴の中の地形を【水たまり】にすれば継続ダメージで簡単に殺せるだろう。


【穴掘り】【ラビットホール】【ランドブレイク】などを習得していない場合は、近くにあるゴブリンの落とし穴を利用するといい(おそらくヌシ戦のギミックとして用意されている)

――――――――――――――――――――



(本当になんでも書いてあるなぁ、インターネットって……でも、こんな細かいとこまで、なんでわざわざ調べてるんだろ? 神様って暇なのかな……?)


 とか少し気になったが。

 それより、今はヌシを倒すことが先だ。


「さて……」


 落とし穴から出られなくなっているヌシに、ローナは杖を向けた。


「あとは、倒れるまで攻撃するだけ! プチアイス!」


 そうして、無防備なヌシの腹へと、弱点の氷魔法をお見舞いし――。



「からのぉ~……って、へ?」



 さらに魔法を放とうとしたところで。


 ――ぽふんっ! と。


 ヌシの体が煙となって消え、その場に魔石と素材が残された。



『森のヌシを倒した! EXPを7500獲得!』

『LEVEL UP! Lv18→22』

『SKILL UP! 【大物食いⅠ】→【大物食いⅡ】』




『称号:【ヌシを討滅せし者】を獲得しました!』




「あ、あれ……? 終わり……?」


 杖をかかげた姿勢のまま、ぽかんとするローナ。


 イプルの森のヌシといえば、この辺りでは恐怖の対象として扱われているモンスターだ。

 高ランクスキル持ちをたくさん抱えこんでいるググレカース家ですら、ヌシには手も足も出なかったほどなのに……。


 なんか拍子抜けするほど、あっさり勝ててしまった。



(というか……もしかして、普通に2回攻撃すれば勝ってた?)



 圧倒的な格上だと警戒して、罠を利用してみたが……。


 思えば、今のローナの魔力は3600超え。

 王国最強クラスの魔術士の7倍以上の魔力があるのだ。


 そのうえ、世界樹杖ワンド・オブ・ワールドの効果で、MP消費が3倍になる代わりに魔法の威力が2倍。

 スキル【魔法の心得Ⅲ】の効果で魔法の威力が1.3倍。

 32のレベル差があるため、スキル【大物食いⅠ】でダメージが1.32倍。

 さらにヌシの弱点をついてダメージが2倍。

 それらを合わせると、ダメージは通常の7倍ほどになっており……。


「…………うん。とりあえず、だいぶ強くなったんだなぁ、私」


 ローナは遠い目をしながら、途中で計算するのをやめた。

 むしろ、ヌシはよく1発耐えたと褒めるべきかもしれない。


「とりあえず、ドロップ品を回収するか」


 気を取り直して、ドロップした魔石と毛皮を拾う。

 毛皮は鞄に入らなかったので、とりあえず丸めてツタで縛った状態で背負っていくことにした。


 これだけあれば、最低限の旅の資金にはなるだろう。

 それと――。


「……な、なんか加工品が出てきた」


 落とし穴の中から出てきたブーツ。

 おそらく、ヌシの革で作られたものだろうけど。


(え……なんで加工されてるの? どういう原理なの?)


 混乱しつつも、インターネットでブーツについて調べてみる。


「これかな?」



――――――――――――――――――――

■防具/足/【猪突のブーツ】

[ランク]B [種別]靴 「売値]50万シル

[効果]防御+80 速度+300


◇装備スキル:【猪突猛進】(B)

[効果]3分間、直進時の移動速度を2倍にする。


◇説明:森のヌシのドロップ装備の1つ。

装備スキルが便利なため、性能的に型落ちしても移動時などに重宝する。

ただ操作感がかなり変わるので注意。

――――――――――――――――――――



「うん、普通に強い装備だ……」


 SSSランクの杖といい、あっさり手に入りすぎて感覚が麻痺しそうになるが……。


 とりあえず、靴はちょうど森歩きでぼろぼろになっていたので、ありがたく交換することにする。

 ブーツは不思議と、ぴったりローナの足にフィットした。


「よし、なかなかの収穫♪」


 それからローナは気を取り直して、ふたたび森を歩きだし、そして――。



「――で、出れたぁっ!」



 やがて暗い木立を抜けて、ぱぁっと目の前が一気に開けた。


 見わたすかぎりの草原。

 爽やかな風が吹くと、さぁぁぁ……と白光が波を打つ。


 そして、その先には町が広がっていた――。



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