天使は君を見ている-Always by your side- 〜自殺未遂の僕が少女に駄々をこねられたので1時間だけ相手することにした話〜

霞杏檎

天使は君を見ている

20XX年〇〇月△△日午後16時00分ーー


 死にたい……


 俺は西日が窓から差し込んでくる放課後の誰もいない2年生の教室が並ぶ廊下を歩いていた。しーーんと静まりかえったこの廊下は俺の足音だけが響いている。長い回廊を歩き、

 それから無心に階段を登った。登るとそこは上級生である3年生の教室が並ぶ廊下だったがそこには用事は無かった。俺はさらに階段を登ると関係者以外立ち入り禁止の張り紙の付いた厚手のドアの前に立っていた。俺はここに用事があったのだ。立ち入り禁止の張り紙を破り捨て、重いドアを開く。開くとそこは夕日によって赤く焼かれた空と校庭と街が一望できる学校の屋上だった。心地良い涼しい風が俺の体を撫でていくと重いドアはゆっくりとしまっていく。


 俺は網目状の柵に手を置き、下を眺めた。校舎から出て下校をしていく生徒達が一斉にまるで小魚が群れをなすかのように校門へと流れていく。そこから目をそらせばグラウンドで野球部やらサッカー部やらが部活動で汗を流し、声を掛け合い、そんなに実力は強くないのに一生懸命に活動を行っているのが見える。


 耳を澄ませると校舎の別館の音楽室から流れてくる吹奏楽部の雑多な演奏が不協和音として俺の耳に入ってくる。


 みんなは普通に学校生活し、普通に友達と一緒にいて、普通に勉強し、普通に家に帰り、そしてまた学校生活をして……それが幾度となく続く平凡な生活……俺はその普通の生活が羨ましかった。この高校に入学してからもう1年と半年が経とうとしていた。俺は色々自分なりに頑張ってきたと思うがもう……なんか……疲れた気がする。


 俺はおもむろに柵に手をかけ、気がつくと柵の外に出ていた。足下は約30cmほどしない足場に足をそろえて前を見た。今の風景は柵越しから見た風景と別の物だと感じていた。下を見ると約20m程あった高さを改めて実感させられ、足が震えてくる。そうだ、俺はもう決心したんだ。今日ここで全てを終わらせるって決めたんだ。

 怖がるな……


 そう考えている俺の心とは裏腹に足がガクガクと震えが増す一方だった。考えれば考えるほど恐怖がのしかかってくる。俺は震える足を押さえながら湧き出る額の汗を拭った。そして唾を一飲みし、俺は目を閉じたそのときだった。俺だけしかいないはずの屋上から人の気配がした。しかもそれの気配は俺のすぐ隣からだった。俺は目を開き、隣を見るとそこには肩まで伸びた長い黒髪をなびかせ、純白のワンピースを着て、麦わら帽子をかぶった背の小さな美少女が俺の隣にいたのだ。俺は驚き、声を出そうにも出せなかった。


 そして少女は目を閉じ、そのまま前へ倒れ込み校舎から落ちようとした。

 俺は立ち上がり、手を伸ばして慌てて彼女を腕で押さえた。少女はまるで質量を持たぬと言えるほどの軽さに不思議さを感じたが俺にそんなことを考える余裕などなかった。すぐさま足下に座らせ、俺も少女の隣に座る。。


「おい!! 何やってんだよ!? 死ぬ気か!?」


 俺は強い口調で少女の体を揺らすと少女はゆっくり目を開いていく。そして、少女は俺の方を向くと純粋な笑顔を見せる。


「永遠の真似♪」


「真似って……お前……自分が何をしようとしたか分かってるのか?」


 そう聞くと少女は首をかしげて答える。


「こんな高いところから落ちちゃうと死んじゃうよって事だけは分かる!! でもそんなことを永遠がどうしてしようとしてたのかがわからなかったから私もやればわかるんじゃないかって思ったの♪」


 少女はニコッと笑う。俺はそんな少女の純粋無垢な笑顔が自分の心に痛みを与えてくる。

 俺は急いで顔をそらした。まただ……この胸の痛み……

 俺は少し深呼吸をし、少女の方を向いた。


「俺は……その……今日はここで用事があったんだ、邪魔しないでくれるか? それにお前は誰でどこから来た?」


 こんな小さい子に今から自殺するなんて言えるわけ無かった。俺は少女を少しにらむと少女はニコッと笑う。


「私は遠見 天子(とおみ てんこ)!! 今日永遠と遊ぶためにここに来たの!!」


 遠見? どこかで聞いたことがあるような名前だったが思い出せない……


「澄まない。僕は君のことなんて知らないし、遊ぶ気も無い。早く帰れ」


「やだ……遊ぶまで帰らない……」


 天子は頬を膨らませてジト目で俺の方を見た。それでも俺は帰るように言い続けたのだが……


「やだやだ!! 永遠と遊ぶ!!!!」


 そう言うと寝そべり、ぐずり始めた。俺は深いため息をして、仕方なくではあるが少しだけこの子と付き合ってあげることにした。


「分かったから……遊んであげるからぐずるな」


「ほんとぉ?」


 天子は上目遣いでこちらを見てきた。


「ああ……少しだけ」


 そう言うと天子は悲しい顔が一気に笑顔へと変わり喜ぶ。


「やったぁ!! ありがとう永遠!!」


 これが俺と天子の出会いだった。




 そして、この子と話す時間が俺にとって最期の寿命なのだ……




 20XX年〇〇月△△日午後16時10分ーー


 取り敢えず、俺は天子のほとぼりが冷めるまで遊ぶ相手をすることにした。学校の屋上には使われなくなった木製のベンチが設置されていたので2人でそこに座る。はぁ……と深いため息をしている俺の隣で天子は俺がさっき自販機で買って来てやった飲むヨーグルトをストローで吸いながら楽しそうに鼻歌を歌っている。さっきまで死のうとしてたやつの隣でよく楽しくしていられるな……まあ、いいけど。そんなことより俺はこの子がどこから来たのか、どうしてここにいるのかがとても気になった。そんな思いが強かったのか天子の事を俺はかなり凝視していたのだろう、それに気づいた天子が頭にはてなマークを浮かべた様な顔を俺に向けてくる。

 

「永遠? どうかした?」


「ん? あ、いや、その……天子はどうやってここに来たの?」


「うーん……」


  天子は少しの間悩んでから俺の質問に答えた。


「お空!!」


「……んん? ごめん、よく聞こえなかったけど、今、空って言わなかったか?」


「うん!! 天子はね、お空からやって来たの!! でねでね! 気がついたらここにいて、そしたら隣に永遠がいたの! 永遠、すっごく悲しいそうな顔してたから天子が元気付けようとしたの!!」


  最初見た時から少し変わった子だなとは思っていたけど、まさかお空から来るだなんて冗談を言うとは思わなかった。この子はこの子なりに俺を元気付けてくれてると言うのは分かるのだが今の俺には無意味な気がする。よっぽどのことが起こらない限りな……


「ははは……面白い冗談を言うね君。でもな、あんまり人をバカにしてはいけないからな?」


「違うもん! 違うもんホントだもん!! 天子はお空から来たんだもん!!」


  俺が渇いた笑い方で天子の主張を否定すると天子は頬を膨らませてブンブンと両腕を縦に振った。そんな無邪気に話をする天子とは裏腹に俺は深いため息をついて取り敢えず心を落ち着かせる。


「まぁいいや……話題を変えるよ。じゃあ、天子はどうしてここにいるんだ?」


「んーー? どうしてかなーー? 天子わからないのーー♪」


  天子はニコニコと笑いながらまたストローを吸い始める。


 はぁ……っとまた深いため息が出た。この子のノリには本当についていくことが難しいと感じた瞬間だった。これが噂の不思議ちゃんって言うやつなのだろうか。俺には一生相性が合わないな。昔にもそんな友達がいた気がする。えっと……何だっけ? 大分昔のことだから覚えてないや。


「冗談だよーー♪ 天子はね、永遠に遊んでもらうためにここ来たの。約束だったから!」


「俺は君とそんな約束をした覚えがないぞ」


「したの! でも、覚えてないなら別にいいけどねーー」


  俺は顎に手を当てて考えても、この歳で小学生の様な女の子と遊ぶ予定を約束した記憶は一切ない。それ以前に俺は女の子と付き合ったこともないのに。


「ねぇーー! 永遠はお話ばっかりだよー!! 早く遊ぼうよぉーー!!」


  天子は立ち上がると俺の膝にちょこんと座って来た。


「わかった、わかった……何して遊びたいんだ? 携帯ゲーム機は残念ながらここは学校だから俺の手元にはないぜ」


「天子、鬼ごっこしたい!」


「鬼ごっこ?」


「永遠が鬼ね! きゃはは! 逃げなきゃーー♪」


  天子が俺の膝から離れると、笑顔で走り出した。


「もぉーー!! 永遠ぁーー!!はーーやーーくーー!!」


  唐突にスタートし始めた鬼ごっこに途中棄権など無い上に強制参加させられてしまったのでしょうがなく俺はベンチから重い腰を上げた。そして、少女のあとを追いかける。


「あははぁーー♪ 来た来た♪ わぁーー♪」


  帰宅部だった俺は体力もスピードもなかったため、少女相手に真面目に走って良い勝負となった。だが、俺が先に息が上がっていく。屋上で高校生と少女が鬼ごっこって何やってるんだろ……俺は額に汗を垂らしながら元気に逃げていく少女の後を追った。


「遅いよぉ〜〜? ほらほらぁーー」


  天子はくるくると回転したり、ステップをふんだりして俺のことを煽りながら逃げていた。


「はぁはぁ……おい……ふざけてると、危ないぞ……はぁはぁ……」


「平気平気……きゃっ!?」


  天子が後ろを向いた時屋上の網にぶつかってしまった。その時だった、ぶつかったフェンスがぐらつき柱が折れて外側へ倒れる。もちろんぶつかった天子もそのままフェンスと共に身体が倒れる。


「天子!!!!!」


  柱が折れた網のフェンスはそのまま倒れ、地上30mもの高さから落下していった。金属が打ち付けられる落下音の後、気がつくと俺は天子の身体を全身で抱きしめて守っていた。ぎりぎり間に合ったみたいだ。どうやら、フェンスは一部分が風化していたらしく学校側の点検不備だと考えられる。


「大丈夫か天子!?」


  身体から天子の身体を離し、少女の顔を見る。そこには、恐怖して怯えている顔は一切なく、一言で言い表すなら『天使』と言える無垢な笑みを浮かべていた。そして、少女は俺を優しく抱きしめる。


「やっと……捕まえてくれたね。ありがと」


  俺は高校生でありながらドキッとしてしまう。少し顔が赤くなって来そうだったがなぜか俺はなぜか冷静で入れた。抱きしめた時、抱きしめられた時、妙に懐かしい感じがしたのだ。この子とは初対面な筈なのにどこか懐かしく、何か忘れている感覚がした。そして、少女身体を離し、また天子の様な微笑みを俺に向けて向ける。


「捕まえられたご褒美に、今度は永遠の話を聞いてあげる!! 教えて、永遠の事!!」


「聞いてあげるって……」


「えへへ♪」


  天子は舌をペロッと出した。こいつは悪魔の様な天使なのかもしれない。


 ……ん? ちょっと待って……





 何でこいつ俺の名前を知ってるんだ?




 20XX年〇〇月△△日午後16時20分ーー


 俺と天子は改めてベンチに座りなおし、天子は俺の顔をじっと見つめている。


「な……なんだよ?」


「私が質問していい?」


「別にいいがお前に話す様なことなんて無いぞ……それに、関係ないやつにこんな事言え……」


「永遠はーーどうしてフェンスの向こうになんて居たの?? 危ないじゃん!!」


  俺の言葉が遮られ、彼女の透き通ったその水晶体がこちらに向けられる。俺は少し俯向き、ふぅ……と1つ空気を吐いてから顔を挙げる。


「自殺……しようかなって……」


「ええぇーー!! じっじさつぅぅぅ!?!?!?」

 

 俺の一言で彼女は少し眼を見開いた様子で驚いた。どうやら、この子は自殺の意味を理解しているのだろう。だとすると、話さなければよかったかな……でも、まぁどうせ俺は後少しでこの世から消えるからどうでもいいんだけど。


「ダメダメダメーー!! 早まっちゃ!!」


  天子は俺の身体に抱きつき、ぎゅっと弱々しくも必死にしがみついてくる。

 いや、君がいるから死ねないんだけどね……


「どうしてそんな事するの!?」


「どうしてって……それは……」


  そう、もちろんしっかりとした理由があった。それは学校でのいじめ、いや、学校にとっては普通のことなのかもしれない。俺には父と母の2人の家族がいた。父はサラリーマンとして働き、母は専業主婦として家を守っていた。俺はそんな真っ当な親の背中を見ながら平凡に暮らす予定だった。

 しかし、悲劇は突然に起こったのだ。父親の電車通勤中に痴漢の冤罪に巻き込まれた。もちろん、真面目な父親はそんなことはしていないと強く否定し、俺たち家族もそれを訴えた。しかし、話など通る訳がなく、父親はそのまま逮捕、懲役十数年の刑罰を与えられた。そして、俺の父親の噂は瞬く間に広がり、俺は冷たい目で見られる様になった。だが、本当の悲劇ここからである。懲役中だった父親が刑務所で自殺してしまった。死因は食事中にフォークで自分の首の動脈を切断したことによる出血ショックである。理由は気が狂っていたと言う警察の話ではあったが、冤罪という理不尽な状況に耐えられなくなったと俺は推測している。それを聞いた母も大きなショックを受けてしまい、精神的病に陥ってしまい病院生活を余儀無くされてしまった。そして、俺は……高校では犯罪者の息子としてクラス内のグループからは仲間外れにされ、挙げ句の果てには暴力的な虐めも受けるようになった。真面目な面を被った糞教師も俺に嫌味を言うようになり、俺の学校生活はお先真っ暗なわけだ……


「……永遠、そんなに苦労かけてたんだ……」


「……まぁな……ん? 何でお前がそんな事、俺に言える?」


「え? だって永遠が独り言のようにお話ししてくれたから?」


  しまった、どうやら心の声がそのまま口に出てたみたいだ。……てことは一から十までこの子に自分の事話してしまったってことか……まぁいいや、子供には事の重大さも俺の気持ちも分からないと思うから。


「でもさ……何でやってもいない事なのに……永遠のお父さん捕まっちゃったの?」


  天子は下を向きながら、足をパタパタさせて軽くそう聞いてくる。子供だし、他人だからしょうがないが俺は少しずつその態度に苛立ちが出てくる。


「さあね、俺も知りたいよ。何故? 如何して? ……誰も分からないさ」


「ふーん……」


  天子は納得のいかないのか俺の冷たい態度に起こってしまったのか、体育座りの姿勢をとって少し不機嫌な顔をしてしまった。

 ……子供の前で大人気ない態度を取ってしまった自分に少し反省しつつ俺は話を続ける。


「でも、分かったことはあったよ」


「?」


「俺は最初から不幸になる運命を持った人間なんだって……分かったのさ」


「……永遠?」


  不思議と目頭が熱くなり俺の視界がぼやけてくる。そして目から涙が溢れた。

 一度溢れた涙は堰き止めようにも止まる様子がない。


「俺はなぁ……生きてたら良くないことばっかりな人生なんだよ……冤罪で父さんが死んで、母さんも普通じゃあいられなくなって……俺も今こんなだ……ちくしょう」


「……よ」


「俺の人生はもう滅茶苦茶になるようできてるんだよ!! これから先も……生きていたってしょうがないんだ……」


「……がうよ」


「お前には分からないだろう!! この運命を背負わされた人の気持ちが!! 子供の時だって……!!!!」


「ちがうよぉぉーー!!!!!!!」


  天子が大声で叫んだ時、俺はふと我に返ったように落ち着きを取り戻した。制服が汗でびっしょりと濡れているのを感じると自分が我を忘れて自虐の演説をしていた事を察っすると、俺は静かに天子の方を見た。天子は目に涙を溜めて、頰を膨らませて俺の方を見ていた。


「 ちがうよちがうよちがうよ!!! 永遠には不幸の運命なんてない!!」


「……何を根拠に言って……」


「その性格昔っから変わってない!! すぐ弱虫になる!! 弱虫弱虫!!」


「なっ……何だと!? お前……このやろう!!」


 この言い争い……何か懐かしく、暖かい感じがする。やっぱり何度も抱く少女への懐かしい感情。けど……思い出すことができない。とても大切なことかもしれない……俺のトラウマかもしれない……はたまたそれ以外の可能性もある……思い出せ……思い出せ……!


 


 20XX年〇〇月△△日午後16時30分ーー


 その時、ふと昔の記憶が蘇ってくる。昔、ここに住む前に田舎の村で暮らしていた幼少期の記憶。それは決して忘れてはいけない記憶……そのはずだった。でも、どうしても思い出したくなくて自分の中に隠していた記憶。


 俺がまだ小学生くらいだった頃、となりの家の同じ歳の少女とよく遊んでいた。その子は太陽のように明るくてポジティブで俺を見かけてはまるで飼い犬のように後ろに付いてくる程俺に懐いていた。


「なぁ! ついてくんなよ!」


「えぇーーいいじゃん♪」


「良くない! 女子と歩いてると友達から誤解されるんだよ!」


「ごかい? ごかいってなーーに?」


「うーーん……」


 駄菓子屋さんに行くとき、そいつが付いてくるのが恥ずかしくてそんな事も言ったっけ。でも、俺は子供ながら付いてきてくれることに嬉しいとは思っていたんだけど年頃の小学生だったから羞恥心に負けて突き返そうとした。


 俺に嫌なことがあったときも一緒に居てくれて、話も聞いてくれたっけ……確か、俺が母親と喧嘩して家でしてきたときも公園で……


「う……ううぅ……」


「永遠! 絶対大丈夫! 永遠のお母さんは絶対許してくれるから! 素直に謝りに行こ?」


「やだ……どうせお母さん、俺の事なんて……嫌いなんだよ……」


「違うーー!! 違うよぉおおおおおーーーー!!」


 急に隣で大声で叫び始め、思わずこぼれかけた涙が引っ込んでしまう。


「そんな事無い! 絶対大丈夫! 永遠のお母さんは永遠のこと大好きだから!!」


「な……何を理由に……」


「怖いの? 弱虫弱虫!!」


「だ、誰が弱虫だ!! わ……分かったよ、母さんなんて怖くねぇし……ぐすっ」


 そう言って、その子と一緒に謝りに言ったんだ。その時、母さんが優しく俺たちを撫でてくれたんだっけ……あの子の言葉通り、本当に大丈夫だったんだ。あの子は俺が楽しんでいるとき、悲しんでいるとき、いつも俺のそばに居たんだ。そうだそうだ、こんなこともあった。


 2人で山には行って、そこで花が沢山咲いたところを見つけて、そこで遊んだときの事だ。


「はい永遠!」


 そう言って女の子が渡したのは白い花弁の花を集めた花束だった。


「……あり……がと」


「うん!」


 俺はそれを彼女の笑顔と一緒に受け取るとまた少し照れくさくなった。心の中がドキドキして胸が熱くなっているのが分かる。俺は手先が器用だったため、その花束の花を使って、この気を紛らわす為にある物を作った。


「なぁ、これやるよ」


 そう言って、俺は彼女の頭に優しくある物を乗せた。それは、白い花を輪のようにつなげて作った花冠。その花冠を彼女に乗せてやるとその子の顔が少し赤くなったように見えた。


「その……いつも、ありがとな。俺なんかと一緒に居てくれて」


 照れくさくて彼女の横を見ながらだったが正直な気持ちを伝えることが出来た。そして、彼女はその言葉に応えるかのように言う。


「永遠、大好き!」


 その言葉を聞いて彼女の方を咄嗟に見たとき、彼女は頬を赤くし、優しく微笑んでいた。その時の彼女はいつもよりも乙女で愛おしくて、俺は心奪われてしまった。彼女がまるで天から降りてきて笑顔でたたずんでいる天使のように見えたのだ。そして俺はその子が好きになってしまった。




 しかし……数日後悲劇が訪れる。




 俺の隣の家で大規模な大火事が発生してしまったのだ。その火は一瞬で燃え広がり、俺の家まで巻き込まれるほどだった。勿論その家はあの子が住んでいる家。俺が家の外で避難をし、隣の家の様子を見る。しかし、家の人は出てこない。勿論あの子も……


 それに気がついて当時の俺はその火の中へ飛び込もうとして家族に押さえつけられた。その時、俺は一心不乱に彼女の名前を呼んだ。涙を流し、手をその家へと伸ばす。しかし、俺の思いが届くことはなく、彼女がその家から出てくることはなかった。

 その後、消防員達が来て懸命な消火活動が始まったが結局1時間という長い時間をかけて見事鎮火には成功した。俺の家も半分は燃えた。でも、そんなことよりも全壊した家の下に埋まった彼女の事だけしか俺は考えることが出来なかった。


 ずっと一緒にいてくれた彼女はもういない。初恋の大切な人はもう戻ってこない。もう俺は……大丈夫という言葉が信用できなくなったんだ。


 そして、家が燃えた事でこれを機に俺たち家族は引っ越しをして都会までやってきたのだ。


 あの時の少女……俺が最後の最後まで声を枯らしながら叫んだ少女の名は……







 遠見天子(おんみあまこ)






 20XX年〇〇月△△日午後17時00分ーー


 俺は改めて天子(てんこ)の顔を見た。

 そうだ、確かに似ている。髪は黒髪、顔つきは思い出してよく見ると昔と変わっていないことが分かる。

 まさか、俺の目の前に居るのは……


「なぁ……天子……」


「何! 弱虫永遠!」


「お前は……本当は遠見天子(とおみてんこ)じゃなくて、遠見天子(おんみあまこ)何だろ?」


 俺のその言葉を聞くと少し驚いた顔を見せる。そして、ゆっくりとベンチへと座ると俺の方を見て笑い始めた。


「えへへ……ばれちゃった?」


 俺の目の前に居るのは、やはり昔火事で亡くなった俺の大切だった人、遠見天子(おんみあまこ)だった。


「ど……どうして、お前がここに?」


「……だって、永遠が最近悲しい顔ばっかりしてたから」


 天子は俺に向けて真剣なまなざしでそう告げる。


「最近って……お前はあの時死んだはずじゃ」


 俺がそう言うと天子は少し悲しそうな顔つきになり、自分の服をぎゅっと掴みながら口を開いた。


「うん、私はあの時死んじゃったよ。でも、その後、ずっと永遠のこと後ろで見てたの。幽霊になっちゃったみたいでね、姿も変わらないんだけど中身は17歳。本当は姿を見せちゃいけない約束だったんだけど最近の永遠が凄く悲しそうで私がそばに居たいって強く願ったら永遠の隣りに立ってたの。正体がばれちゃいけないように名前隠してたんだけどばれちゃった。あ、因みにお空から来たのも嘘でした。さすが永遠♪」


 そう言ってぺろっと舌を出して見せる天子とは裏腹に俺は急に入ってきた情報を整理するのに精一杯だった。聞きたいことは山ほどある。しかし、そんな事は二の次で気がつくと俺は泣きながら天子に抱きついていた。


「天子……会えて良かった……」


「もう、永遠ったら」


 そう言いながら天子は優しく俺を包み込み、頭を撫でてくれた。


「永遠はさ、ずっと頑張ってたよね。偉い偉い。今まで辛かったよね。大変だったね。酷いことが多くてもう疲れちゃったんだよね。本当に永遠は昔と何も変わらず優しくて、偉くて素敵。でも聞いて永遠? 永遠なら大丈夫だから……今は辛いかも知れないけど大丈夫」


「な……なに……を根拠に……」


「だって、永遠は素敵だから、必ずその素敵な人には素敵な事がやってくるの。それは根拠とか理由なんか説明することはできない不思議なこと。でも、私を信じて? 大丈夫、まだ間に合う。人っていつでもやり直せるって本に書いてあった。だから……命だけは捨てないで?」


 天子が俺の涙を手で拭ってくれた。擦れた瞳の先に居る天子は優しく微笑んでいた。あの時と同じ、俺が花冠をあげた時のように尊く、愛おしい顔……まさに天使だった。


「わ……わかった……」


「うん」


 俺が目を擦っていると、天子の様子がおかしく見えた。どんどん身体が透き通り、消え抵抗としている。


「天子!! 身体が!!」


「うん、もうそろそろみたい……正体がばれちゃうとまた消えちゃうの」


「そんな……天子!!」


 そう言ってまた天子を抱きしめる。


「待って! 行かないでくれ!」


 いやだ、あの時のように手放したくない……もう、失いたくない……俺は……

 まるで子供のように必死に誰にも取られぬよう、強く、強く抱いた。

 しかし、天子はそれを全て受け入れてくれた。そして、頭を優しくなで続ける。


「大丈夫、私はいつでも永遠のそばで永遠のことを見守ってるから。永遠なら絶対大丈夫……永遠、こっち見て?」


 そう言うと俺は天子の顔を見る。すると、永遠が俺の唇に優しく一度キスをした。

 それはほんの数秒の出来事で驚くことも出来ぬまま口と口が交わり、離れると天子が笑顔で涙を流していた。


「永遠、生きて……大好き」


 そして、天子はその涙と共に消えていった。


「あま……こ……あまこぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 俺は目の前の夕日に向かって叫んだ。居たんだ。確かに天子はそこに居たんだ……本当に……本当に……


 俺はうなだれて、その場に座り込む。もはや涙すら出てこない悲しみが襲いかかり、心にぽっかりと穴が開いた感じだった。


「俺は……俺は……」


 そうしていると、心の中で誰かが呟き掛ける。


(大丈夫……私は見てるから)


「天子!?」


 しかし、周りを見るが天子の姿などあるはずがない。俺は天子の言葉を思い出す。『私は私はいつでも永遠のそばで永遠のことを見守ってるから』、その言葉通り今でも見てくれているのだろう。俺はゆっくりと立ち上がり、目の前の夕日二照らされた町並みを眺める。


「大丈夫か……生きなきゃな……」


 俺が外を眺めていると後ろから屋上の出入り口が開く音が聞こえ、俺は慌てて振り向いた。

 入ってきたのは長い黒髪でどこか天子に顔つきが似た女の子が入ってきた。服装がうちの高校の制服だったので生徒なのだろう。


「あの! 青空くん、大丈夫ですか!? ふらふらとしてたので心配してたんですよ!」


「君は?」


「同じクラスの近見白花ちかみきよかですよ!」


 そうか、俺そんなにクラスの奴とも話してなかったから申し訳ない。


「ごめんごめん、ちょっと風に当たりたくて」


「そうだったんですか、てっきり自殺なんてするのかと……あ! 違いますからね! 変なことなんて考えてませんから!」


 そう言って彼女は両手を横に激しく振る。なんだか、面白い子だなと遂思ってしまった。


「あの……えっと、青空くんのことは大体友達から聞いてるんです。なんかご家族のこともあっていじめられてるって……でも、私は青空くんのお父さんがそんな事する人だとは思ってません! だって……その、青空くんは優しくて、素敵でごにょごにょ……そんな人のお父さんがそんなことなんてしないと思ってるんです!!」


 途中良く聞こえないところはあったけど、俺は初めて味方になってくれる人がここに現れたのだ。

 俺はまた天子の言葉を思い出す。『永遠は素敵だから、必ずその素敵な人には素敵な事がやってくるの』、全部当たってるじゃないか……


 俺は思わず吹き出してしまい白花の前で大きく笑って見せた。


「青空くん!?」


「ごめんごめん、でもありがとう」


 俺はその時、久しぶりに心から笑った。そして、その近くで天子も笑ってるような気がした。


「ここに長居していると見回りにばれるからそろそろ出るか」


 そうして、俺が屋上から出ようとしたとき、白花が声をかける。


「あの!」


「ん?」


 白花は俺を見て、少し頬が赤くなっていた。そして、深呼吸を1度行うと覚悟を決めたかのような顔で俺に手を差し出す。


「あの、私……青空くんの事が気になってました! 良かったら私と……付き合ってください!!」


 その時、遠くから一陣の風が吹き、屋上を駆け巡る。


 天子聞こえるか? 俺は当分……生きなきゃいけないみたいだ。


 俺と白花を照らす西日の光が眩しいほどに光輝いていた。











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