第5話 黒瀬日葵
歓迎パーティーが終わった翌日。
日曜日の午前。壮馬はとある病室に来ていた。
コンコン、と扉をノックすると、中から「どうぞ」と返事がする。
扉を開くとそこには黒髪の長髪にくりっとした黒目の美少女——
「あ、お兄ちゃん!」
「日葵、元気だったか?」
「うん! おかげさまでいつも元気です!」
「俺は大したことしてないけどなぁ」
「いつも見舞いに来てくれるでしょ。おかげで暇しないんだよ?」
日葵は楽し気にふわりと笑った。
とろけるような笑顔を見て、壮馬の顔が少しだけだらしないものになる。
この笑顔を守り切った。そのことが壮馬に自信と幸福感を与えていた。
「お兄ちゃん。なんか今日は嬉しそう?……ハッ⁉ まさか彼女でも出来たの⁉」
「なんでそうなるんだよ。俺に彼女ができるわけないだろ?」
「ですよねー。……なんかごめんね? たぶん私のせいだよね」
「いや、謝るなって。俺自身の問題もあるし、俺はお前がいればそれでいいよ」
「お兄ちゃん……」
「日葵……」
病室に甘い空気が醸し出される。ただし、本人たちには自覚がない。
病室の前をたまたま通りがかった看護婦が「うぉっほん」と咳ばらいをすると、二人は現実に戻ってきて、恥ずかしさから互いに顔を背けた。
「お兄ちゃん。私を気にかけてくれるのは嬉しいけど、そろそろシスコンを卒業した方がいいよ? 婚期のがしちゃう」
「そうだな。まあ、うん。そろそろ彼女の方も頑張るよ」
「出来たら紹介してよね! ……お兄ちゃんは悪い女に引っかかりそうだから私がちゃんとしないと!」
「日葵は俺の母ちゃんかよ」
家族の楽しい団欒が続く。
壮馬は持ってきたお土産を渡したり、奏斗の話をしたりと、日頃の出来事を日葵に語っていった。
あまり外出する機会のない日葵にとってそれらの話は聞いているだけで楽しくなるものであった。
二人の幸せな会話が続く。
「あはは! 奏斗君ってば、いっつも桜ちゃんに怒られてるんだね!」
「そうなんだよ。あいつっていつも適当だからさ、大体なんかしくじって、桜が文句を言いながらフォローするんだ」
「お兄ちゃんはその間何してるの?」
「奏斗の失敗をネタにしていじり倒す」
「あははは! お兄ちゃんひどーい!」
日葵はよく笑う明るい少女だ。
難病を抱えていることをおくびにも感じさせないほどに、ポジティブな性格をしている。
壮馬は今までその明るさに助けられてきた。壮馬にとって日葵は、まさに太陽のような存在なのだ。
「お兄ちゃん達、ほんと仲いいよね」
「まあな。母さんが生きてた頃からの付き合いだからな」
「お母さんかぁ……」
母親の名前が出たことで、二人の間にしんみりとした空気が流れた。
壮馬達の母親は、壮馬が12歳の時に事故死した。
母親が妾であるせいで第一夫人の子供達からいじめられていた壮馬だが、そのことで母親を恨んだことは一度もなかった。
壮馬が精神的に大人であったというわけではなく、単純に母親の優しく愛情ある性格を心から愛していたからだった。
人徳と愛嬌にあふれた母親を、壮馬はどうしても憎めなかったのである。
「いつも思うけど、お兄ちゃんってお母さんに似てるよね。ほら、笑ったときの顔とか」
「そうか? 日葵の方が似てると思うぞ。性格とか」
「えーそうかなぁ? お母さんはもうちょっと落ち着いた美人だったよ?」
「じゃあ、日葵もいつかそうなるかもな」
「そうかなぁ? そうなったら私も彼氏できるかな?」
「……出来たら報告しろよ? いいな? 絶対だぞ?」
「ちょっと、お兄ちゃんなんか怖いよ?」
壮馬の真顔を見て、日葵の笑顔が少しヒクついた。
そんなことはお構いなしの壮馬だが、日葵が頷くのを見て満足したのか、元の柔和な表情に戻っていった。
壮馬がここまで妹に執着する理由の一つには、日葵がたった一人の家族だからというのがある。
壮馬は元々、黒須家の庶子だったため、血縁者は他にもいる。
しかし、元々黒須家の使用人であった千早に気まぐれで手を出して出来てしまった子供である壮馬は、その経緯ゆえに家族から疎まれ、いじめられてきたため、壮馬自身は彼らを家族だと思ったことは一度もなかった。
その後、母親が事故死したことで、壮馬は本格的に家庭内で居場所を失う。
しかしそれでも、第一夫人の子供の中で、唯一壮馬に優しかった長女の姉が壮馬を家族から守ってくれていた。
だが、なぜかその姉も母親の後を追うように事故死してしまった。
その結果、壮馬達を守る者はいなくなり、ついに壮馬達は黒須家からの追放を宣言された。
母親共々、家族関係を法的に解消させられ、旧名の黒瀬を名乗ることになったのである。
母親が死んだ後、壮馬達を支援したのが壮馬の武術の師匠、
彼は陰ながらに壮馬達を支援した。だたし、黒瀬家は黒須家の分家であり、従属関係にあるため、勝彦は表立って壮馬達を支援することはできなかった。
それでも勝彦は壮馬達に同情し、可能な限りの支援をし続けた。
そのおかげで今の壮馬達がある。壮馬自身は勝彦に感謝しているが、彼の厳しすぎる訓練のせいで、壮馬は彼のことを「父親」とか「叔父さん」というよりも、「師匠」という目で見るようになっていた。
そんなわけで、壮馬にとっては、日葵が唯一家族と呼べる存在だった。
たった二人となってしまった家族の結束が強くなるのはある意味自然な流れであったといえるだろう。
壮馬の表情が戻ったことに安堵した日葵は、そういえば、と壮馬への用件を思い出した。
「あ、そうだ。お兄ちゃん、実はプレゼントがあるんだ」
—————
【あとがき】
本作をここまでお読みいただきありがとうございます。
もし本作を気に入っていただけた方は、フォロー、評価、応援等をよろしくお願いします。作者の執筆の励みになりますので。
今後も話の最後にこのような応援を求める内容の【あとがき】を挿入することがあるかと思います。ご容赦ください。
【豆知識】
~一夫多妻制~
この世界には一夫多妻制が根付いていて、上級市民に属する者は多数の妻を抱えることが許されている。
なぜそのような制度が認められたのかというと、適性値が遺伝する性質を持っているからである。
この制度には、上級市民の優秀な適性値を多くの子供に遺伝させ、国民全体の質を向上させるという意図があるのだ。
また、もう一つの理由として、国内の男性不足が挙げられる。
迷宮探索を行う探索者は、体力的な問題もあって圧倒的に男性が多いのが現状であり、男性は死亡率が高い。
その結果、女性が余るという現象が起きてしまい、生活に困る女性が多く現れるようになった。女性が働く環境自体は普通に存在するのだが、独身では収入制限の問題もあって、子供を養えないなどの問題が生じるようになったのだ。
そんな状況を改善するという目的もあって、一夫多妻制は導入されることになった。
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