第4話 デュエル

 壮馬達は中庭に移動して、互いに相対した。

 そこそこ広い中庭は、見世物気分で模擬戦を見に来た探索者達で埋め尽くされた。

 その群衆に呼び掛ける者が一人。


「えー、これより模擬戦を執り行います。立会人代表は私、《ホルスカンパニー》の清水遼生しみずりょうせいが務めさせていただきます。みんなよろしく!」

「清水くん⁉ え、嘘、本物⁉」

「生の清水かっけー‼」


 清水と呼ばれた茶髪に細い目をした男が手を上げると、観客から黄色い声が飛ぶ。

 しっかり注目を集めたことを確認した清水は、続きの言葉を発した。


「では、勝負の内容を確認させていただきます。勝負の内容は、こちらの対戦者、黒瀬壮馬君の妹さんである黒瀬日葵さんの結婚を賭けたものとなります。黒瀬君が負ければ、日葵さんともう一人の対戦者である宮崎啓介君との結婚を彼が手助けし、宮崎君が負ければ、日葵さんと永遠に結婚しないことを誓うという内容です。皆さんご理解いただけましたか?」

「ヒュー‼ 妹離れできない兄貴とその恋人ってわけか‼ ドラマみたいな展開だな‼」

「前評判だと、黒瀬はすごく適性値が低いらしいぞ。逆に宮崎は上級市民で適性値が高いらしい」

「じゃあ、俺は宮崎に賭けるわ」

「つまんねー奴だな。俺は大穴を狙って黒瀬に賭けるぜ」

 

 野次馬が盛り上がったところで、清水が再び話し出す。


「皆さんご理解いただけたようですね。では、皆さん、この勝負の立会人となることを了承していただけますね?」

「もちろんだ!」

「早く勝負を始めろ!」

「異議なし!」

 

 清水は満足そうに一つ頷くと、振り返って、壮馬達を見た。

 

「二人とも、準備はいいかい?」

「うっす!」

「お願いします」


 勝負の準備は整った。

 清水はそのことを確認すると、開始の合図を行った。


「それではこれより、黒瀬壮馬と宮崎啓介の勝負を始めます。それでは……はじめ!」


 開始の合図が送られた瞬間、両者は腰に差した剣を抜く。

 次の瞬間には、両者ともに赤い光を纏って駆けだした。

 互いの剣が交錯する。しかし、宮崎の剣の方が圧倒的に力強く、壮馬は押し返される。


(うっ、重い。さすがに加速の適性値が10あるだけあるな)


 2回、3回と剣が交差すると、それだけで壮馬は防戦一方となる。

 じりじりと後ろへ下がっていき、やがて剣速についていけなくなると、宮崎の剣が壮馬の肌を掠め始めた。

 壮馬の肌に切り傷が増えていく。


「オラオラァ‼ どうした⁉ 一撃くらい入れてみろよ‼ さっきまでの威勢はどこへ行ったんだぁ⁉」

「うぐっ‼」


 宮崎の蹴りが横腹に入る。壮馬は痛みをこらえて、少し後ろに下がって態勢を整える。

 ふと見ると、壮馬の剣は既に刃こぼれしていた。現代技術で作られた良質な剣とはいえ、金のない壮馬の剣は安物である。

 対して、宮崎の剣はかなり上質な物であり、刃こぼれした形跡は見受けられない。

 力も、装備の質も、圧倒的に宮崎が上。

 そんな状況で、壮馬は……諦めていなかった。


(上段右、中段左、正面突き、繰り返し……)


 壮馬は敵の攻撃を受け止めながら、その攻撃パターンを冷静に分析していた。

 

 この世界の《スキル》というのは、ファンタジーの世界に出てくるような自由度の高いものではない。

 人間が動作を一つ一つプログラムすることで、《オーラ》と呼ばれるエネルギーが発生し、《マナ》と呼ばれる不思議な粒子に力が加わる。

 それが大まかな《スキル》の仕組みである。

 

 そして、身体強化のスキルというのは、全身にマナを纏って、そのマナにエネルギーをかけて加速するという仕組みを採っている。

 要は、マナで出来たパワードスーツを着ているようなものだ。

 一つ一つの動作をいちいちプログラムしなければならないマナの性質上、マナで出来たスーツを着ている使用者の動きもある程度制限された物になってしまう。


 そのことを知っている壮馬は、その類まれなる瞬発力と洞察力をもって、スキルの分析をしていたのである。


(……スキル名は《ソードスラッシュ》。《リバース社》製の最新型のやつか。奴自身は上段右からの攻撃と正面突きが得意。調整プログラムのおかげでこの二つの動きだけやたら精度が高くなっているな。他の戦闘系スキルは特になし、と)


 そこまで分析して壮馬は防御に徹するのを止めた。

 そこへちょうど、宮崎の攻撃がやってくる。

 彼が最も得意とする攻撃の一つ、上段右からの攻撃だった。


(悪いが、動きさえ分かれば多少の力差なんてどうにでもなる。こんな風にね)


 壮馬はその攻撃を剣で受け流す。力を逃がすようにうまく剣を当て、攻撃をいなした。

 あるはずの手ごたえを失って、重心を崩した宮崎の腹に、壮馬の膝蹴りが炸裂する。

 その衝撃は宮崎の纏っているマナの壁を貫通し、宮崎の臓腑にまで届いた。


「うぐぅっ⁉」

「お望みの一撃だ。よーく味わいな。」


 たまらず宮崎が痛みに怯む。

 その瞬間を逃す壮馬ではない。すぐに剣で相手の剣を弾き飛ばし、無手になった宮崎の腕を掴んで、ひねり上げた。

 宮崎は地面に押し倒され、身動きが取れなくなる。


「よっと。ほい」

「ううっ‼ 離せ‼ くそ‼ なんで⁉」

「審判。これで勝ちってことで良いかな?」


 壮馬が清水の方を振り返る。

 その清水は今しがた起きた現象に驚いていて、判断を下すのが遅れていた。


「あ、ああ。えっと、……そこまで! 勝者、黒瀬壮馬!」


 勝負の終わりが宣言されたのを聞いた壮馬は、宮崎の手を離した。

 勝負が終わったというのに、観客席は静まり返っていた。

 野次を飛ばしていた探索者達も、驚いた表情をして固まっている。


(なんだ⁉ あの動き、何者だ⁉)


 彼らが固まっている理由は明らかだった。それくらい壮馬の動きは目を見張るものがあった。

 数年以上探索者をやっている者ならば誰もがこう思ったであろう。

 あの動き、鍛え方が違う。一体誰に師事を受けていたのかと。

 清水もそう思った。

 

(宮崎が油断していたとはいえ、あの圧倒的な力の差を物ともしない剣捌き……まるであの黒瀬勝彦くろせかつひこのような……黒瀬? そうか黒瀬ってあの人の類縁か⁉)


 清水はそこでようやく思い至った。

 壮馬が誰に師事を受けていたのかを。

 黒瀬勝彦。かつて《伝説の剣術師》と呼ばれた三好春信みよしはるのぶの唯一のライバルとされた男。

 その男に幼い頃から壮馬は鍛えられてきていた。


 そして、そのことに思い至ったのは清水だけではなかった。


(なるほどな。黒瀬壮馬、か。面白い新人が入って来たもんだ。適性値が低すぎることさえなければ、うちに欲しかったくらいだな)


 《天城探検事務所》の有名人、天城裕人あまぎゆうともそう思っていた。

 いや、彼だけではない。彼を筆頭に、トップクランの面々のほとんどが壮馬に対して似たような感想を抱いていた。


 しばらくして、周囲から拍手と賞賛が巻き起こる。

 それは壮馬の技量に対する、同じ探索者としての純粋な賞賛であった。

 

「お前何者だ⁉ 今のすげーカッコよかったぞ‼ 最高だ‼」

「もう一回見せてくれ‼」

「黒瀬壮馬‼ 名前覚えておいてやるよ‼ あんたの技、クールだからな‼」


 周囲からの賞賛の嵐を受けて、壮馬は……安堵していた。

 今の壮馬にとっては、妹を守り抜けたという事実こそが最も重要であり、賞賛されたことは嬉しく思うものの、それほど重要ではなかった。

 まあ、好意的に受け止められているなら、この模擬戦の重みも増すかな? と思うくらいである。


 一方の宮崎は、自分が負けた事実を飲み込めないでいた。

 圧倒的に格下だと思っていた相手に、完膚なきまでに敗北した。

 その事実を認識することを宮崎のプライドが邪魔していた。


(なんで今、俺は地面に這いつくばっているんだ? 何かの間違いだろ? なんでアイツが賞賛されているんだ? おかしいだろ? そこにいるべきは俺だ。俺だろ)


 やがて、そんな宮崎の内心のストレスは、怒りと憎しみに変わっていった。


(許せない‼ 認めない‼ 俺は……俺は負けてなんかいない‼ 俺は……俺の方が上なんだ‼)


 宮崎の瞳が徐々に濁っていく。

 そのことに会場の誰も……近くにいた壮馬ですらも、気付くことはなかった。





——————

【お知らせ】

 本作品をここまでお読みいただきありがとうございます。作者の日野いるかです。

 第3話の【お知らせ】で予告しました通り、今後の物語は定期更新に切り替えさせていただきます。

 投稿時間のほうですが、こちらは12時5分を予定しております。

 

 それから、過去話に若干の加筆と【豆知識】のコーナーを追加しました。

 説明不足になりがちな本作の設定面について説明していますが、必須知識ではないと思っていますので、読み飛ばしていただいても大丈夫です。あと、修正時に何度も更新して申し訳ないです。


 拙い小説ですが、もしも面白いと思っていただけましたら、ぜひフォローや評価、応援等をよろしくお願いします。皆さんの応援が作者の執筆の励みになりますので。

 それでは、これにて失礼させていただきます。

                         2022年4月30日 日野いるか

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