034 作戦会議をする

「行っちまいやがった……」

 便利屋が呆けた顔でつぶやいた。

 聞きたいことは他にもあった。しかし、これ以上は頭が混乱して受け付けないだろう。

「………」

 気がつけば、日暮れ間近だ。

 否応なく緊張感が高まってくる。


「仕方ねえ……。作戦会議だ」

 便利屋が切り替えた。

「確実なのは、やはり飛ぶ事だ。今日の相手、少なくとも一組は飛ぶことができねえ。コウモリ姉ちゃん、お前、何メートルくらい飛べる?」

「わ、わかりません。あとコウモリは……」

「わかったよ、コウモリ女。

 で、今日のゲーム終了まで、ずっと飛んでられそうか?」

「む、無理無理無理! 無理です!

 ……あと、コウモリ姉ちゃんで、もういいです」

 昨日、飛べたと言っても、ほんの数メートル。落ちるのが少しだけ先延ばしされたという程度だ。

 実際に「飛ぼう」と意識して飛んだことは、未だに無い。

「だろうな。じゃあ、200メートルくらいは飛べねえか?」

「……200メートル? って、どれくらいなんですか?」

 数字で言われても、見当がつかない。

「簡単だ。このD突堤から、あっちのBC突堤までが大体200メートルだ」

 便利屋が指差した方を見る。

 指の先、かなり離れたところに隣の突堤が見えている。

「ええっ……!? あそこまで!?」

 泳いでいく自信は間違いなく、ない。走るだけでも結構、キツい距離だ。

「この本牧の突堤の間隔はどれも200メートルくらいだ。ヤツらは陸路。突堤から突堤までの移動は、大きくコの字に迂回しないとならない。

 お前はこの突堤の間を、往復してりゃいい。相手が迂回してくる間は休憩できるだろ」

 便利屋は、ドヤ顔で胸を張った。

「…………船で来たら?」

「ふ、船か……」

 便利屋のアゴがガクンと落ちたような気がした。

 どうやら、対処法を考えてなかったらしい。

「そ、そうだな……。船と言っても迂回はしなくちゃなんねえだろ。

 突堤は、ベイブリッジのあるA突堤と、その向こうの山下ふ頭まであわせて4本ある。そっちまで使って逃げ回れば、ま、なんとかなるだろ」

 結局のところ穴だらけの作戦だ。

 昨日の三人に加えて、今日から参加するもう一人が来たらどうしたらいいのだろうか。

 聞くのが怖い。


 山手の崖に夕日が沈む。どのみち時間切れだ。

 今日はこの作戦に乗るしか無い。

(200メートル……)


 はるか先、対岸の突堤。何も持たずにこの距離を飛ぶのだ。

 ただの高校生が。

 考えただけでも、気が遠くなってくる。


 傾いた日差しに代わって、ガントリークレーンの灯りが映えている。

 よく考えてみれば、今朝、目を覚ましたのはあの場所だ。自分はもう既に現実離れした所まで来てしまっているのだ。


 ビルの谷間に最後の光の弧が消える。

「……」

 目を閉じて瞬間を待つ。

 真鍮色の光が満ち、黒い花弁が花開く。

 佳穂は変身した。

 変身は三度目だ。

 目を閉じた状態でも感じる、漆黒の翼、リボンのような耳。

 だんだん慣れて来てしまっている自分に落ち込んでしまう。


 残光の中で佳穂は目を開けた。


 …

 ……

 ………

 …………


「な、ななななにこのカッコ!!!」

 佳穂は驚きの声を上げた。

 目の前の便利屋が、「ほう!」と言った表情でこちらを見ている。


 佳穂は噴火した。顔が真っ赤だ。


 わざわざ自宅まで取りに帰った服が。

 コウモリにふさわしい、無彩色の服が……。

 パンク・ロックっぽいものに変わっている。

 色こそ白黒のモノトーンだが、袖のないトップスに、短いスカート、オーバーニーソ。ジャラジャラとしたチェーンがたくさん付いている。

 そう、昼間犬上の屋敷で見たクローゼットの衣装に似ている。

「えええええ! なんで?

 もしかして、このリング?」

 原因はさっき少年に嵌められたリングだとしか思えない。

「どれ……」

 変身のドサクサで地面に落としていた仕様書を便利屋が拾い上げた。

「はは! コスチュームチェンジ機能だとさ。そのリング。

 変身のエネルギーの余った分を利用して、あのど派手野郎のコーディネートが日替わりで楽しめるそうな」

「ええ……?!!」

──全然、楽しくない。

 こんなに短いスカートもオーバーニーソも穿いたのは生まれて初めてじゃないだろうか。

「恥ずかしい……」

 思わず翼で体をくるんで隠してしまう。

「今日のはゴスパンクだそうな。

 残念だったな! 昨日のは……魔法少女風だと。当日限定でしか発動しないそうな。」

「コ、コスプレじゃないですか!」

「いいじゃねえか。意外と似合うぞ」

 罰ゲームだ。

 本当に勘弁願いたい。

「ちょっとその仕様書、貸してください!」

「やなこった! 面白れぇから、俺が預かっといてやるよ。

 それに、お前が普段着ねえような格好なら、かえって都合良いんじゃねえの?」

「そういう問題じゃ…………。!?」

 困惑する佳穂の視界に緋色の光が走った。

 けたたましい音が沖合からしてくる。

 遥か彼方にジェットスキーがこちらに向かってくるのが見える。


「ほら、来たぜ! 頑張れよ!」

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