第17話 柘榴石のペンダント4


  ◇


 クリスは応接室の革張りのソファに横になっていた。

 天井を見上げると花の形になるよう金細工で縁取りがなされた石膏装飾とその中心からはクリスタルのシャンデリアが伸びている。

 視界に入った天井の花の数を数えながら、ここ数日を振り返る。


 強引なハリーのせいで始まったエオノラの屋敷通いだが、思っていたほど悪いものではなかった。伯爵令嬢なのに料理ができて、温かいものを出してくれる。まだ冷え込む日もある早春、温かい料理は非常にありがたく心と身体に染みた。

 エオノラ曰く、ここに通っていることは秘密にしていて、ゆっくりと散歩していると使用人に言って出てきているらしい。

 だから食事を作ってお茶を用意する頃には時間になり、少しだけ話をして帰っていく。

 そして彼女はルビーローズへ近づこうとしたり、気にしたりといった素振りはあの日以来一切なかった。

 ハリーとの約束が効いているようだ。もしも本当にルビーローズを盗む算段でいるのなら、食事に眠り薬をいくらでも盛ることができたはずだ。


 毎日観察して出た答えはエオノラがただの世話好きということ。

 軽食を届けに来てくれていたのも、食事を作りに通ってくれているのも、放っておけない質だからなのだろう。

 最初は冷たい態度で接して突き放しても、微笑んで言葉を返してくる姿が何を考えているのか分からず、薄気味悪いとすら思っていた。だが、よくよく考えてみれば彼女はクリス本当の姿が見えている。すなわち、彼女にとってクリスは他の人たちと同じのように恐れるべき対象ではないということだ。


 毎日、微塵も怖がらず平気そうにしている顔を見ていると信憑性が増してくる。

 それが分かった途端、長年心の中にあった蟠りがスーッと消えていった。

 ずっとこの悍ましい姿と噂が誰かを傷つけるのではないか。誰かに罵詈雑言を浴びせられて傷つけられるのではないかと怯えていた。

 好きで呪われてこんな姿になったわけではないのに否応なしに拒絶されるのが辛かった。


(だが、エオノラ嬢は恐れずに私の目を見て話してくれる。愚直なまでに誠実な言葉を掛けてくれる)

 普通の人からすれば些細なことなのかもしれない。だが、今のクリスにはそれがとても嬉しく幸せだった。

 自然と笑みが零れたところで、クリスはハッと我に返って起き上がる。

「……って、あの女に絆されてどうするんだ」

 クリスは後ろ首に手を当てて苦笑した。

「まあ? 王族以外の者と面と向かって話をするなんて五年ぶりだから。私の顔を見ても平常心を保てる者も初めてなわけだし……」

 どうして自分に弁解しているのかクリス自身も分からない。

 変に心がむず痒い気持ちになったのでぶんぶんと頭を振る。

 やがて、クリスは真顔になった。


 ハリーが仕事に追われて動けない、夏が終わるまではエオノラが屋敷に来てくれる。

 それはありがたいが気がかりなことが一つだけある。

「……いくらハリーの薬で呪いの進行を抑えることができているとはいえ、そう長くは持たない。日に日に薬の効き目が弱くなっている。呪いが完全になる日も近い」

 エオノラに狼のクゥであることを教えていないし、たった数ヶ月だけの関係なので言うつもりもない。


 人間は異質なものに対して敏感で、恐怖や拒絶を心に抱きやすい。

 現状の関係を保つことが最善だとクリスは判断している。自分がクゥであることを告げてその先どうなるのか、彼女の心境の変化が何よりも怖い。

(それに今更自分がクゥだなんて小恥ずかしくて打ち明けられない)

 それもあってクリスはエオノラとの関わり方について今後どうするか考えあぐねている。

 呪いは確実に進行している。いずれ薬が効かなくなって、呪いが完全となったらその先に待っているのは――。

「……果たして夏終わりまで身体は持つだろうか」


 先月ハリーが出した予測では、呪いが完全になるのはあと半年だった。だが、今月に入って薬がさらに効きにくくなってきていることから、もっと早まる可能性が出てきている。

 ハリーは第二王子という身分であることもあり、万が一に備えてこちらを訪問する際はしっかりと影で護衛騎士を付けている。

 しかし、屋敷へ通っているのを秘密にしているエオノラには護衛がいない。一層不安になる原因はそれだ。


 もしもエオノラと過ごしている間に呪いが完全な形になってしまったら……。

 クリスは頭を抱えた。

 無残な幕引きにならないよう、エオノラが通っている間はなんとかしてしなければ。

 追い詰められたようにクリスは目を閉じ、眉間を揉むと深い溜め息を吐いた。

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