神殺しの奇傑姫は奴隷の子を連れ終末をお届けに参ります

雨咲

第X話 籠崩の日

籠崩ろうほうの日


 星の数ほどの命は明日が来ることを疑っていなかった。一握りだけが未来がどれ程、か細い柱に支えられていたのかを知っていた。天井が崩れ、これまで小さな太陽と月しか昇らなかった空の向こう、満点の星々が輝くのを知った。これほどに美しい光景なのに、それが終末の証なんてと人々は涙を流した。


 かつて地上を守った天井は、ボロボロに砕け落ちた。空いた大穴から、こちらを覗く巨大な影に小さな命達は恐慌した。星を覆う天井に巻き付く巨大な龍に言葉も出ず、災いが過ぎ去るのを消え去った神に祈り続けた。


 立派な二対の角と夜を溶かしこんだ漆塗りの鱗をまとう龍は、地上を眺める。黄金の瞳孔が命を、ウジ虫を見るかのように細められる。その様子に、誰もが彼の龍の怒りが己に向いてると確信した。同時に、魂に至るまでことごとくをほうむるのだろうとも、覚悟した。それほどの怒りも最もだと、傍観者は思った。たまの箱庭に、身の程知らずの寄生虫が蔓延はびこり、あろうことか、家主を食いつぶそうとしたのだから。


 ある少年がこの崩壊に進む世界の中で、ただ立ちつくしていた。本当なら、この有様に恐慌するのが適当であるが、人生二度目の絶望を味わったためか、そんな気も起きない。バカげた話だと自分でも思う。世界の滅亡よりも、心を揺さぶられるものがあるのかと。だが、実際のところ、そうなのだから仕方がない。人によって、見えている世界は違う。それはつまり、いる世界が違うと言うもの。幼い子供にとって母親が世界の全てであるように、俺にとっては、彼奴あいつが世界の中心になっていた。


「ここに、あんたが身をていして救う価値がある奴なんて一人も、一つも無い!」


 俺にとって、世界なんてどうでもいい。無くなっても構わない。だけど、彼奴が居なくなるのは、嫌だった。彼奴のこれまでも、あって欲しかったこれからも、無くなるのが嫌だった。


「違う。それは、間違いだ。救う価値が有るか無いか、君が決めることじゃない。命を使う側が、決めること。私がお前たちに生きて欲しいと、思うか否かだ」


 本当に、酷い奴だ。こんなに、こんなに、人の心に入り込むくせに、ずっとここに居て欲しいのに、彼奴自身が取り上げる。誰の心にも自分を残さない。


「あんたが居なくなって空いた心の穴は、どうやって埋めろって言うんだよ! いつもいつも! 勝手に決めて、振り回されるこっちの身になってみろよ!」


 親に捨てられそうな子供のように泣きわめく。忘れないため、目に焼き付けたいのに前が滲んで、もうよく見えない。

 すると、暖かい手に顔を包まれる。目の前にしゃがんで目線を合わせているのだろう。かすかに、滲んだ視界の向こうから笑みを浮かべていることだけは分かった。


「大丈夫———くん。君は、白昼夢はくちゅうむの中に居たんだ。それも飛び切り酷い夢さ。でも、目覚めてしまえば、全て無かったことになる。良いかい? 私は、初めから居なかったんだよ」


 思い出にすら、残ってくれない彼奴が、悲しいくらいに憎かった。

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