キャンプ場

  

**いつも私の写真に♡を下さり有難うございます。

私は町役場の地域振興課に勤務しています。42才の独身です。

私の家は古くからの山農家で、お金にならない山林を所有していまして、そこが私の写真撮影のフィールドです。

もちろんモデルは山野草と昆虫達です(笑)

今後ともよろしくお願いいたします。

***


インスタグラムのフォロワーから私の事をもっと知りたいとダイレクトメッセージがあり、私が返信をしたのだ。私の住む地域では40代や50代の嫁不足が恒常化しており、地域振興課の私もその一人なのだ。そんな分けで女性からのメッセージはとても嬉しかった。


**山林を所有してらっしゃるんですか?! 私もそこに行ってみたいです♡


**荒た山ですし、道も有りませんから・・


**あの、私とラインを繋いで戴けませんか?ダイレクトメッセージは何かと不便なので・・



ラインから送られて来た最初のメッセージは彼女の写真だった。

松田涼子と申します。35才です。と添えられていた。

切れ長の目が印象的な人だ。

私も写真を送るのが礼儀だと思い直近の写真を送り、山城真治42才と書いた。


〇=写真ありがとうございます。私のタイプかも知れません(笑)==


==自然好きで趣味も合いますし、いちどお会い出来たら良いですね!==


〇=ぜひ、真治さんの写真撮影に連れてってください!誘ってくださったら直ぐにでも行けるんですが♡♡♡==




涼子さんの熱意に押されて私の撮影に同行してもらう事になった。

私の住む県と涼子さんの住む県とは遠く、4時間も掛けて電車でやって来るのだそうだ。私は朝から車を洗い、車の中も綺麗に掃除した。この車に若い女性など乗せた無かったのだ。


そうしている内に電車の到着時刻が迫ったので、駅まで涼子さんを迎えに行った。

この地域は田舎のローカル線で2両編成だ。客も少なく直ぐに彼女が分かった。


「こんにちは! 真治さんですね、写真よりお若いですね・・」


「こんにちは。こんな田舎まで来ていただいて、遠かったでしょう?」


私は彼女の荷物を積むと彼女を助手席に乗せて自宅へ向かった。

私の家は駅より山に向かって30分ほど走った所の、40戸ほどの小さな山村に有る。


「想像より田舎でしょう!」


「私、こういう所が好きなんです・・緑がいっぱいで素敵・・」


「あの、この町にはホテルが無いんですよ。僕の家でも良いですか? と言っても他に泊る所も無いのですが・・」


「真治さんがよろしければ私は大丈夫ですよ。でも私七日ほどの予定で来たので・・ 泊めてもらえますか?」


「七日ですか?! いや、大丈夫です、部屋は有りますから・・ でも私、平日は勤めが有りますから・・」


「真治さんのお仕事が終わるまで、自然を楽しみながら待ってますから・・」




家に着くと父が農作業からトラクターで帰ってきたところだった。父は73才で母は3年前に他界している。私は父と2人暮らしをしているのだ。


「あなたが涼子さんですか。こんな田舎の家まで良くいらっしゃいましたねえ・・」


「初めまして、涼子です。お邪魔します。」


そう言いって彼女は父に何かの手土産を渡す。


「これはどうも・・ 気を使って頂きまして・・」と父は恐縮している。



田舎の農家では部屋だけは多い。1人にひと部屋どころか使ってない部屋も有るのだ。

私は彼女を客用の8畳間に案内した。


「この部屋を使ってください。気にしないで、自分の部屋のように使ってくださればいいですから。」


「こんなに広いお家にお父様と2人なんですか? 私もここに住みたいなあ・・」


嘘か本当か、涼子さんは私をどんどん押してくる。


「涼子さん、お風呂に入ってください。その間に真治と私で晩飯を作りますので・・」


父に促されて涼子さんがバックの中から着替えなどを出している。



「涼子さんが来るんでな、街で色々買っておいたんだ。俺は刺身を作るからお前は味噌汁と煮物を作ってくれ・・」


「うん・・」


「で、涼子さんとはどうなんだ? もうやってるのか?」


「いや、そんなんじゃ無いよ。」


「何もたもたやってるんだよ。」


「だから、今日初めて会ったんだから・・」


「今日会って、泊めるのか?」


「頼むから、余計な事を言わないでくれよな。」


「ああ、分かってるって・・」



父は晩飯の時に晩酌をするのだが、最初は笑い上戸で後に泣き上戸になる。涼子さんに馬鹿な事でも言わないのか、そこの所が心配だ。


「私は3年前に家内を亡くしましてね・・ それ以来真治と2人で飯を食うのですが・・ 男2人で飯を食ってもねえ・・ 詰まらんのです。 今日は涼子さんが来てくれて、パーっと部屋が明るくなりましたよ。」


困ったものだ、父が涼子さんを口説きに掛かった。これから泣き落としに入るのだ。


「涼子さん・・ 私も年ですから・・ もし私に何かあったらですよ・・ こんな田舎で真治はどうなるかと思ってね・・ あんたのような美しい人が真治の嫁になってくれたら・・ 私も安心して死ねるんですがね・・」


「お父様はまだ全然元気じゃあないですか。まだまだ亡くなったりしませんって。」


「すみませんね、酔うと父はこんな調子になるんですよ・・」



◇   ◇



次の日は3日連休の最初の日なので涼子さんを連れて私の撮影フィールドへ行った。

農道の行き止まりに広場ばのようになっている所が有る。ここは以前は畑だったのだが今は放置して草が生えている。そこに車を止めて山の斜面を登るのだ。


「ふみ跡がついていますね・・道なのかなあ・・」


「これは獣道なんですよ。山の動物が下の沢に水を飲みに行くときに通るのです。」


「これが獣道なんですか! 私は初めて見ました。凄-い!」


「此処から谷の方に降りるんですけど・・ その辺りが湿度が高くて、この時期はいろいろな植物が花を咲かせていますよ。」


「その辺があなたの所有になるんですか?」


「いやいや、さっき車を止めた辺りからずーっと・・  この辺は全部うちの山なんです。」


「全部?」


「ええ、まだこの先の谷の向こうも全部ですよ。あ、この辺で水飲み休憩にしましょうか、ほら!あそこに湧水が有りますから・・」


「これ、飲めるんですか?」


「もちろんです。」


湧水の有る場所は空気がヒンヤリとしていて心地よい。涼子さんは設置してあるコップで水を飲む。


「わーー冷たくて美味しい! これもあなたの物?」


「湧水は誰のものでも無いですから・・コップを設置したのは私ですけど。」


「凄い・・これって凄い財産ですよ!」


「いや、木材が自由化してから日本の山は価値を失ったんですよ。何の価値も無い財産です。」


「それは違います! だってこの自然は財産ですよ。獣道とか湧水とか花や昆虫も・・ほら!鳥も鳴いているし・・それって財産でしょう?」


「そういう見方をすればですけどね・・」


涼子さんの言いたいことは分かるのだが、誰がそれを分かるのだろうか・・ 世間から見れば山は危険な場所に過ぎないのだから。


写真を撮りながら元の車の場所に戻ると涼子さんが言った・


「ここも真治さんの所有なのですよね。」


「ええ、ここからあの沢の所までですけどね。」


「ここをキャンプ場にしたら素敵ですよね、水場も有るし・・」


「いや、こんな所には誰も来ませんよ。」


「だから良いんですよ。私と真治さん専用のキャンプ場にするんです。木陰も有るし、水辺も有って、夜は星も見えるでしょう。 素敵だわあ・・」


涼子さんが周りを見渡しながら夢見るように言う。

そんな見方で見たことのなかった私は、改めて周りを見渡してみる。


あの辺りに水場に下りる小道を作って・・あの辺りにテントを張る・・あの木にブランコを吊るそう。そしてここで焚火をたくんだ・・ 

そこには私と涼子さんと・・子供たちが・・


見えた・・ 見えて来た・・ 涼子さんの見ているものが・・

言わなきゃあ・・

今、言わなきゃあ・・


「涼子さん、突然ですが・・  ちょっと早すぎるかも知れませんが・・あの・・・・」

そこまで言って、その後をどう言えば良いのか迷った。


「言って! 続きを聞きたいです・・」


「キャンプ場を作りましょうよ。僕と涼子さんのキャンプ場を・・ 僕たちの家族のキャンプ場を・・」


涼子さんが私に寄って来て言った。

「真治さんって素敵・・」

そう言って私にキスをした。

顔を離すと涼子さんの目が潤んでいた。

愛しさが沸き上がり私は彼女を強く抱きしめた。


・・涼子さんは荒れた山の価値を知っていた・・

・・そして僕の価値さえも・・





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