17 お茶会の終わり(3)~エピローグ
「ご苦労様でした、先生。
如何でしたか?」
「いやあ、まああれはあれで普通の離婚案件だからね。
相手も判っているし、何をしたかも旦那の方には知れましたしね。
まずは実家にお引き取りを、ということでもう連絡済みだったのが大きかったですね。
まとまりましたが、夜になってしまったので、お帰りは明日になるということで」
「我が家からの慰謝料とかも発生致しましたのでしょうか?」
「いや、慰謝料はあくまでティムス君にのみ発生するんだが、……それ以前に、両家とも、さすがに夫人だったり娘だったりが、複数人で…… という辺りはもう、無かったことにしてくれ、という感じだったらしいね。
それにティムス君は伯爵からこの先しっかり立て直しという名の制裁を受けることになるし」
「軍隊になんて、あの子、大丈夫なのかしら」
「それがいけなかったんだよお前。
裏社会が怖かったなら、立ち向かう力を我々がつけさせるべきだったんだ」
義父は肩を落とす。
「ともかく、あちらの仕事に関しては、あちらの顧問弁護士に対する書類を私が作ることで合意致しました。
その後の手続きは、向こうでやっていただきます。
で、こちらですが、タメリクス侯爵夫人の件が、おそらくは長引きそうになりそうです」
「そうなんですか」
ルージュは身を乗り出す。
そして弁護士夫妻にも飲み物を、とまたメイドに命じる。
「何というか、タメリクス夫人の持っていた香りのついた毒、裏で精製されているものではないそうで、あくまであの家の花からできていた模様です」
「あの、えーとエンジェルトランペット?」
義兄の一人が問いかける。
「はい。それでこの件は侯爵家の親族をまず招集した上で、下手に広がるのはどうだろうという話し合いもあります。
あの花は美しい上に、育てやすいことから結構広がっていますからね。
そこから幻覚剤を作ろうとする輩が下手に増えるのも宜しくない。
ルージュ様は人身売買組織を夫人が利用していることまではお掴みになった様ですが、一体その子達がどうなったか、で死んだ夫人に対する法的措置等々、色々ありますからなあ……
それにしても」
「はい?」
「黄色の薔薇、なんですね」
ルージュは苦笑する。
「友情と嫉妬。それは私自身も彼女に対して持っていたものですから」
*
一年弱過ぎて。
執務をしているルージュの元に、ワイター家から転職してきたメイドのアガタがノックをして入ってきた。
「奥様、ナイティア伯爵家から、お嬢様が無事出産したとのお知らせが」
「そう、ではうちの名でお祝いを贈っておいて頂戴。
ところでその父親はどうしているか聞いていて?」
「現在は国境近くの駐屯地で、体力不足から経理課の一兵士として日夜数字と取り組んでいるということです。
知らせは向こうにも行ったということで」
「そうありがとう。
ああ、もうそんなに経つのね」
「私もあちらから借金ごと引き抜いていただいてありがとうございます。
今は本当に何の心配も無く勤めることができますことを非常にありがたく思っております」
「そこまでかしこまらないでいいわ」
「いいえ、それに私自身、以前の奥様への憤りの元が、侯爵様への気持ちだと気付いてしまいましたので……」
「ああ、もう、男女の仲ってどうしてこうも面倒なのかしら!」
ルージュは思わず大きく伸びをして、持っていた羽根ペンを放り出した。
慌ててアガタが拾い上げ、ペン先が大丈夫か確かめ、再び手渡す。
「失礼ですが、奥様は再婚のご予定は」
「無し無し!
いずれにせよ跡取りは親戚から取ることにしているし、しばらくはそういったことは勘弁して欲しいわ。
事業の方も忙しいしね!」
苦笑しながら、ルージュはアガタに答えた。
「お茶を持ってきてくれないかしら?」
「はい」
そう言ってアガタが引き上げると共に、引き出しを開く。
中には薔薇の香料の瓶が入っている。
それはあのまがまがしいものとは違い、学校時代によく友人がこれと決めて購入していたものだ。
「ウェル……」
あの頃に戻れたら、と思っても仕方ないのかもしれない。
だがどうしても、時々ルージュの中にはその思いがよぎるのだった。
貴方、不倫も一つならまだ見逃しましたが、さすがにこれでは離婚もやむを得ません。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo
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