11 タメリクス侯爵夫人サムウェラ(1)

「サムウェラ様?」


 ふとそうつぶやき、首を傾げたのはヘヴリナだった。


「ティムス様とサムウェラ様…… あ! 思い出しましたわ!」


 唐突に声を上げる彼女に、周囲の視線が一斉に集まった。


「確かそう、お手紙!」


 そう言ってヘヴリナはタメリクス侯爵夫人サムウェラの方を向いた。


「確かに、あの時――そう、私達が三人で居た時に、ティムス様の服のポケットからひらりと落ちた手紙!」

「何のことでしょう?」


 サムウェラはゆらりと視線を投げると、扇を開いてひらひらと揺らす。


「ティムス様に私、何処の女からのものですの? と訊ねましたのよ。

 そうしたら、内緒、と言いながらも、酷く嬉しそうで、少年の様にはにかんで…… 

 苛っとしたから、私、ある時、眠っているティムス様の服を探って見てみたのよ」

「あらまあ、何ってはしたない。

 それで? それが私からの手紙だったと?」

「……イニシャルが、貴女のものと同じでしたわ」

「それだけでは証拠にならないのではなくって?」

「いいや今となっては俺ももう言ってやる。

 そもそも最初に俺を誘ったのは、貴女じゃないか!」


 ティムスはここぞとばかりにいきり立った。


「そう? そうかもしれないわね。でも乗ったのは貴方でしょう?」

「……いや、それだけじゃない。

 貴女は最初、俺に薬を盛ったろう」

「ええ。

 それがどうして? 

 ただの媚薬ではないですの?」

「タメリウス侯爵! 

 俺が言うのは何だが、貴方はどう思っているんだ!」


 黄色の薔薇と、やはり黄色のカーネーション、そしてクレマチスという賑やかな花を一気に同じ高さのかすみ草で勢いでまとめた様な花の向こう、気配を隠していた様なタメリウス侯爵はゆっくりと口を開いた。


「私――は、どうでも、良い」


 その口調はひどく鈍重なものだった。


「何もできない。故に、これに全て任せてある」


 その声を聞くと、さっ、とライドナ男爵はタメリウス侯爵の元に近寄った。

 そして胸から携帯式の拡大鏡を取り出すと、失礼、と一声かけて侯爵の下瞼を下げた。


「院長!」


 男爵は声を上げる。

 メイド達にエンドローズ嬢を任せ、院長もまた、侯爵の元に向かった。


「アルカロイド系を常用していると診ていいな」

「アルカロイド系ですって?」


 ヘヴリナも声を立てた。


「まさか、サムウェラ様」

「まさか貴女は」


 ヘヴリナとティムスの声が揃う。


「アルカロイド系とか何とか、そういうのは私は知らないわ。

 医者でも看護人でもなし」


 そして自分のテーブルの上の黄色の薔薇を引き抜き、ルージュに向かって突きつけた。


「確かにまあ、良く集めたものね、ルージュ。

 私のテーブルの花は『策略』のクレマチス、それに『侮蔑』の黄色のカーネーション、とどめが、『嫉妬』と『友情』を共に持つこれときたわ」

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