【連載版始めました】脇役の公爵令嬢は回帰し、本物の悪女となり嗤い歩む

shiryu

第1話 脇役は回帰し、悪女となる



「アサリア・ジル・スペンサーに、斬首刑を執行いたします」


 なんで、こんなことになったのかしら……。

 私は腕を手錠で繋がれて罪人のように……いえ、まさしく罪人として、死刑執行への階段を登っていく。


 公爵の娘だからせめてもの情けなのか、見せしめのようにされるのではなく、帝国の皇室や四大公爵だけの前で行われる死刑執行。


 私の前には何人かいるが、その中に数年前までは私の婚約者だった、ルイス・リノ・アンティラ皇太子がいる。

 公爵家の娘として責務を果たすため、皇子と婚約してあの人のために尽くそうと頑張ったのに、ルイス皇太子は浮気をした。


 今、ルイス皇太子の隣にいる、男爵令嬢で聖女となったオリーネ・テル・ディアヌ。

 綺麗な銀髪で可愛らしい顔立ち、ただ愛想が良くて、治癒魔法が少し出来るくらいの女。


 皇太子なのに男爵令嬢と浮気をして、私はそれを諌めるためにいろいろとしたのに。


 ルイス皇太子は何も聞かず、ただ婚約を破棄して聖女オリーネと結ばれた。

 私は「捨てられた公爵家の娘」として馬鹿にされた。


 それだけだったらこうして斬首刑にされることもなかったのに……。


 私は自分で言うのもなんだけど、もともと性格がいいほうではない。

 だから使用人や他の令嬢達に疎まれるような行動を取っていた。


 特にルイス皇太子に婚約を破棄された後は荒れてしまった。

 今思うと、あんな皇太子と婚約破棄した方がよかったと思うくらいなのに。


 聖女オリーネにも嫌がらせをいろいろとした。

 しかしそれは全部幼稚なもので、私の評判を下げるだけだった。


 もっと上手く立ち回れれば、こんなことにはならなかったのに。


 帝国を支える四大公爵の一つ、スペンサー公爵家に生まれた私は、炎の魔法を扱えた。

 皇太子と婚約破棄してから、私はその力で南の砦を魔獣から守り、帝国に貢献していた。


 しかしつい先日、聖女オリーネが南の砦に怪我人を癒しに来た。

 治癒魔法は聖女しか使えないので、それはとてもありがたいことだったのだが……。


 私が魔獣を倒そうとした時に、なぜか聖女オリーネが私の魔法の範囲内にいたのだ。

 すぐさま魔法を操ってオリーネに当たらないようにしたが、避けきれずに足に掠った。


 それを皇室に報告され、今までの私のオリーネへの振る舞いもあって、わざと殺そうとしたと判断された。


 お父様だけが私の身の潔白を証明しようとし続けてくれたけど、ダメだった。

 私が下手に王子に婚約破棄された後に、オリーネに嫌がらせをしてしまったから。


 だけど私が処刑になる理由は、確実に……あの女、オリーネが皇太子に口出ししたからだ。


「っ……!」


 今もルイス皇太子の横で座っているが、私のことを見て嗤っている。


 あの女がわざと、私の魔法の範囲内に入ったんだ。

 それをあいつは、私が牢屋にいるときにわざわざ言いに来た。


『あなたが邪魔だから、ルイス皇太子に協力してもらって死刑にしてもらうわ。ルイス皇子もあなたのことを元婚約者で邪魔だと思ってたみたいだから……ふふっ、あなたの生首を見るの、楽しみにしてるわ』


 今でもあの時の表情、声が頭の中に思い浮かぶ……!


 私は処刑台に上がり、跪かされて、首を台の上に乗せるように身体を押さえられる。


 嫌だ、絶対に。

 このまま死ねない、あの女を、オリーネを、そしてルイス皇太子に――復讐を。


 私はまだ二十歳よ、まだまだ遊び足りない、ルイス皇太子ではなく、普通の恋愛がしたい。


 しかし私の燃えるような想いなど捨てられるように、無常にも刃は私の首へ。

 一瞬の熱くて叫びたくなるほどの痛み。


 ああ、痛い……嫌だ、死にたく、ない――。



   ◇ ◇ ◇



「アサリア様?」


 ――……えっ?


 なに、ここ……部屋? それに目の前にいるこの子は、使用人?

 さっきまで処刑台に上がって、首を落とされたはずなのに。


 思わず首を触るが、ちゃんと繋がっている……。


「アサリア様? 大丈夫ですか?」

「え、ええ……平気よ」


 この使用人は確か、スペンサー公爵家のメイド。

 どうやら今、私は社交界に出るような服に着替えている最中のようだ。


 だけど私はさっき、処刑台に上がって首を落とされたはず……。


 一体どういうこと?


「アサリア様、こちらの服で大丈夫ですか? 今一番流行りの服で、アサリア様へ特注で作っていただいたものです」

「……えっ」


 メイドの言葉と共に私は鏡を見ると、確かにとても綺麗なドレスを着飾った私がいた。


 だけどこのドレスの形とか刺繍は、確か二年前くらいに流行ったものよね?


 それに私の顔とか髪型も、少し幼くなった気がする。

 真っ赤な髪は少し短くなって背中の真ん中あたりまで流れている。


 私は顔立ちが可愛いよりも綺麗な感じなのだが、まだ少し幼い感じがする。


 私は二十歳のはずだけど、顔や髪型、服の流行を見るに十八歳の二年前かしら?


「ねえ、これから出る社交界はなにかしら?」

「えっ? その、第五十回の建国記念日パーティですが……」


 第五十回の建国記念日……やはり二年前のようね。

 本当にどういうことかしら? なんで二年前に……。


 今までのことが全て夢だった?

 いいえ、それならまだこれが夢だという方が現実的ね。


 だけど感覚的に、夢というには現実的すぎる。


 二年前に戻った……回帰したということ?


「アサリア様、その、やはり欠席いたしますか?」

「えっ?」

「あ、いえ、最近は体調が優れないなどの理由で、社交界に出てらっしゃらないようですので、本日もそうかと思いましたが……!」


 メイドが少しビクついた態度でそう言ってきた。

 そういえばこの頃はルイス皇子があの女と浮気をしているのを知って、特に荒れている頃だったかしら。


 自暴自棄になってパーティとかに出てもつまらないから、全然出てなかったはず。


 ん? 待って、それなら今回のパーティは……。

 ふふっ、面白くなってきたわね。


「いえ、今日は出るわ。準備してくれてありがとう、ドレスもとても綺麗だわ」

「は、はい!」

「名前はなんていうのかしら?」

「わ、私ですか? マイミです!」

「そう、マイミね。ありがとう、あなたのお陰で楽しいパーティになりそうだわ」

「お、お力になれたのなら光栄です!」


 マイミ、あまり見たことがないメイドだけど、新人かしら?


 というか私につくメイドって、結構何回も変わっていた気がする。

 おそらくやりたくないってメイドが多かったのでしょうね。


 まあそれはいいわ、今は目先のパーティが重要。

 ふふっ、楽しみだわ。



 パーティ会場に入ると、私は一気に注目を浴びる。

 私は四大公爵の一つ、スペンサー公爵家の一人娘のアサリア・ジル・スペンサー。


 どこに行っても注目を浴びるのは当たり前なのだけれど、これほど注目されているのは、私が誰もつけずに会場に入ってきたから。


 私がルイス皇太子の婚約者というのは社交界にいる人々が全員知っている。

 それでも私は笑みを絶やさず、余裕綽々の態度でいた。


 するとすぐに私に挨拶をするために、いろんな貴族の娘達が私に寄ってくる。


「アサリア様、ご機嫌よう。本日もお綺麗ですわ」

「体調を崩されていたとお聞きしましたが、大丈夫でしたか?」

「どうか無理をなさらないでくださいね」


 スペンサー公爵である私の権力のおこぼれを貰いたい、中級貴族の家門の娘達ね。

 私はこの前にも社交界とかで当たり散らしていたけど、それでもご機嫌取りに寄ってくるというのは感心するわ。


「ありがとう。お陰様で体調はもう大丈夫よ」

「えっ、あ、本当によかったですね!」


 私も笑みを浮かべて対応すると、少し驚いたような反応をする。

 やっぱりもうすでに私が癇癪持ちでワガママというのは広まっているようね。


 これから少しずつ改善していかないと。


 そういう噂があって、私を処刑する際の判決でマイナスに働いたから。


「あなたのドレス、とても美しいわね。どちらのブティックかしら?」

「あ、ありがとうございます! こちらのドレスは私の家が経営しているブティックでして……」

「あら、そうなのね。今度見に行きたいわ、お店を開けといてくれるかしら?」

「もちろんです! アサリア様のために貸切にさせていただきます!」

「ふふっ、ありがとう」


 この子達はこうやって、私の権力やお金のおこぼれを求めてやってくる。


 前までは上手くそれを利用出来なかったけど、今は違う。

 少しずつエサを与えてあげて、私のいい噂を流してもらおう。


 彼女達を利用するようで悪いけど、彼女達もある意味、私のことを利用しているのだから、全く問題はないわね。


 私の取り巻きの中級貴族の子達と話していると、近づいてくる人影があった。


 オリーネ・テル・ディアヌ、私を処刑に追い込んだ女だ。


「ご機嫌よう、アサリア様」

「あら、ご機嫌よう、オリーネ嬢」


 笑みを浮かべて挨拶をしてくるオリーネ。

 本当に顔だけはいいわね、この女。あとは愛想だけ。


 他に何も能力もないこの女に、婚約者を取られて、私は殺された。


『あなたが邪魔だから、ルイス皇太子に協力してもらって死刑にしてもらうわ。ルイス皇子もあなたのことを元婚約者で邪魔だと思ってたみたいだから……ふふっ、あなたの生首を見るの、楽しみにしてるわ』


 今でもその言葉を言い放った、この女の歪んだ笑みを鮮明に思い出せる。

 ここが現実なのか夢なのかはまだわからないけど、とてもいい機会だわ。


「なぜあなたがこのパーティ会場にいるのかしら?」

「えっ?」

「建国記念日のパーティは中級貴族の伯爵以上が招待される。下級貴族の男爵令嬢であるあなたが招待されるような場所ではないはずだけれど?」


 私の言葉に少し引き攣った笑いをするオリーネ。


 私の取り巻きにいるのは全員、伯爵家か侯爵家の娘。

 子爵と男爵の家門は招待されるはずもない、だからここにいるのは絶対におかしいのだ。


 もちろんこの女は、不法侵入をしてきたわけではない。


「ある優しい殿方に招待されましたので……」

「それは誰かしら? この高貴なパーティに男爵家の令嬢を招待出来るのなんて、よほど位が高い殿方なのでしょうね」

「それは……」


 この女を招待した殿方というのはルイス皇子だ。

 皇室のルイス皇子が招待したというのならば、もちろんこのパーティ会場いても問題はない。


 ただルイス皇子は私の婚約者というのは有名な話。

 まだ私とルイス皇子は正式に婚約を破棄していない。


 それなのに私の前で、この会場でルイス皇子に招待されたなんて、言えるわけがない。


 言ったとしたら……。


「ルイス・リノ・アンティラ皇太子に招待されました」

「……」


 まさか言うとは思わなかったわね。

 しかも自信満々に、胸を張って。


 この子、こんな馬鹿だったかしら?

 だけど好都合ね。


「ルイス皇太子に?」

「はい、ルイス皇太子は招待してくださいました。皇太子に招待されたのならば、問題はないはずですよね」

「そうね、だけどそれはルイス皇子が私の婚約者だと知っての狼藉かしら?」

「ろ、狼藉ですか?」

「ええ」


 私は笑みを浮かべたまま、一歩ずつゆっくりとオリーネに近づく。


「私の婚約者であるルイス皇子の招待を受けるということは、スペンサー公爵家の私に喧嘩を売っているということよね?」

「そ、そうではありません! ただ私は皇子から招待されただけで……!」

「あなたはルイス皇子に個人的に招待されたのよね? 皇族からではなく、ルイス皇子に直接招待されたのであれば、婚約者の私も黙ってはいられないわ。私が舐められては、公爵家の沽券にかかわるもの」

「そ、そんなつもりは……!」

「そんなつもりがないと言っても、実際にあなたはそういうことをしたのよ」


 青ざめていくオリーネの顔がとても愉快ね。


「公爵家に喧嘩を売るということは、どういうことかわかるわね? 男爵家を潰すのなんて……ふふ、とても簡単なことだわ」


 私はオリーネの首元に手を添えるように置く。

 ビクッとするオリーネの反応が、とても面白いわね。


「そ、それだけは、どうか……」

「あら、そう? なら決闘とかはどうかしら? 一対一でいいわよ、私とあなたの。聖女に選ばれたのだから、大丈夫よね?」

「い、いえ、それは……」


 聖女は強い魔法を使えるというのは有名だが、それは治癒魔法だけ。

 戦いに役立つ魔法など一つも使えない。


 対して私は帝国を支える四大公爵のスペンサー公爵家、炎の魔法を扱える。


 決闘をしたら、一方的なものになるでしょうね。


「さあ、どちらがいいかしら? もちろん決闘だから殺しはしないわ。ただ私、まだ未熟だから魔法を上手く操作出来なくて、不慮な事故を起こしてしまうかもだけれど」


 正直、二年前の私は本当に炎の魔法をほとんど使ったことがないから、上手く扱えない可能性が高い。

 だけどまだ聖女の魔法も使えない小娘を殺すには十分な火力だろう。


「ど、どうか、お許しください……!」


 涙目で許しを請うオリーネ。

 ああ、こんな顔を見たのは初めてね。


 前はいつも私が下手に当たり散らしていたから、上手く立ち回れなかった。

 だけど冷静に考えて、私とオリーネだと権力も力も、全部私の方が上。


 こんな女に殺されたのが本当に馬鹿みたい。


「ふふっ、私は寛大な心を持っているから、ここで謝罪をすれば許してあげるわ」

「し、謝罪……?」

「ええ、誠心誠意を込めて、私に謝罪を。どうすればいいかわかるわよね?」


 私がオリーネの耳元でそう囁いて、一歩だけ後ろに下がる。

 オリーネは青ざめた顔で身体を震わせながら、周囲を少し確認する。


 周りには私の取り巻き以外にも、いろんな貴族の方々がこちらを注目している。


「ほら、早くしてちょうだい。公爵家への侮辱行為として、動いてもいいのだけれど」

「っ……!」


 オリーネは身体を震わせながら、その場に両膝をついた。

 両手を床に置いて、そして――。


「そこで何をしている!?」


 この場にそんな声が響き、オリーネがさっきまでとは打って変わって嬉しそうな顔をして声のした方向を見る。


「ルイス皇太子……!」


 オリーネが男に媚びるような高い声でその名を呼んだ。


 金色の髪でサラサラとした髪を靡かせ、スラッとしたスタイルで誰もがカッコいいと思うような男。

 それが帝国の第一皇子にして皇位の第一継承者のルイス皇太子だ。


 はぁ、とてもいいところだったのに。

 まあいいわ、これでも鬱憤は結構晴れたし、まだやり返すチャンスはあるでしょう。


 それより今は……。


「あら、ルイス皇太子、ご機嫌よう」


 私はルイス皇子に何事もなかったかのように、笑みを浮かべて挨拶をした。


「またお前か、アサリア。久しぶりに顔を出したかと思えば、また問題を起こしたのか」


 ルイス皇太子は挨拶を返すこともなく、私に侮蔑の目を向けてきた。

 そして跪いていたオリーネの側に立ち、彼女の手を取って立ち上がらせる。


「大丈夫だったか、オリーネ」

「はい、私は大丈夫です、ルイス皇太子……」


 私のことを無視するように、二人は見つめ合う。

 回帰する前に何度も見た光景ね、もう飽き飽きだわ。


「ルイス皇子、私は問題なんか起こしてませんわ」

「じゃあなんだ今の騒ぎは。オリーネがなぜお前の前で膝をついていたのだ」

「オリーネ嬢が公爵家に対して無礼なことをしたから、彼女が自ら膝をついて謝ろうとしただけです。強制したわけじゃありません。そうですよね、オリーネ嬢?」

「っ……は、はい、そうです」


 オリーネ嬢は少し青ざめた顔で頷いた。


「なぜオリーネがアサリアに謝るようなことが起こったんだ」

「ルイス皇太子の愚行のせいでもありますわね」

「なんだと?」

「ルイス皇太子が私という婚約者がいるのにもかかわらず、オリーネ嬢を個人的にこのパーティに招待したからです」


 私のことを睨んでくるルイス皇太子。

 顔だけはいいのよね、この男も。


 まあもうこの顔も見ているだけで少し苛つくようになってしまったけど。


「オリーネ嬢も可哀想に。皇太子からの招待がなければ、公爵家を侮辱することもなかったでしょう」

「そんなことでオリーネにあんなことをさせようとしたのか」

「公爵家に侮辱する行為をして謝罪だけで許すと言ったのです。むしろ寛大では?」

「おこがましいにも程があるぞ、アサリア」

「公爵としての毅然な態度です」


 私は笑みを浮かべたまま、ルイス皇太子に対して一歩も引かない。

 おかしいのはあちらなのだから、私は当然のことを言っているだけだ。


「それとルイス皇太子、そろそろオリーネ男爵令嬢を離しては? 婚約者がいる身として他の女性とくっつくなど、とてもはしたない行為ですよ」


 パーティ会場でこんなに人目がある中で、よく婚約者がいるのにオリーネとくっついていられるわね。


「オリーネ嬢、あなたも離れては? その方はスペンサー公爵家の私の婚約者よ?」


 笑みを浮かべながらオリーネ嬢にそう言うと、彼女はビクッとして離れようとした。

 しかしルイス皇太子が、オリーネ嬢の腰に手を回し抱きしめた。


「オリーネ、あんな女の戯言に耳を貸すな。私がついている」

「ルイス皇太子……!」


 あらあら、また二人で見つめ合っちゃって。

 あの人達にとって私は脇役で、自分達の愛を深めるための道具ってところかしら。


 確かに死ぬ前、回帰する前はそんな立ち回りをずっとしてしまった。


 だけどもう私はそんな脇役にはならないわ。


「ルイス皇太子は私という婚約者がいるのに、オリーネ嬢を選ぶというわけですね」

「君は問題を起こしすぎている。公爵家の令嬢だとしても目に余るぞ」

「ふふっ、そうですか。では後日、正式に婚約を破棄しましょうか」

「なに……?」


 まさか私の方からその話が出るとは思わなかったのか、ルイス皇太子は驚いていた。

 ルイス皇太子は私のことを嫌っているようなので、婚約破棄をしたいという話はこの頃にはすでに出ていた。


 ルイス皇太子からしたら、婚約破棄したいから嬉しい、と思うのかもしれない。


 だけど……。


「ああ、だけど私と婚約破棄をしたら、皇太子と呼ぶことはもうなくなりますね」

「なんだと?」

「あら、知りませんでした? 四大公爵のスペンサー家の私と婚約をしたから、ルイス皇太子は第一継承者の皇太子になったのですよ?」

「なっ、そんな馬鹿な……!」

「嘘ではありませんわ。私と婚約破棄をしたら、皇太子ではなくなります」


 これは全部、本当のことだ。

 四大公爵家で婚約が出来る令嬢は私だけ、他の公爵家の令嬢はもうすでに他の殿方と婚約をしている。


 だから私と婚約破棄をして、違う公爵令嬢と婚約しようとしても出来ない。


 回帰する前になぜルイス皇太子が、私と婚約破棄をしても大丈夫だったか。

 それは私はルイス皇太子が別に好きではなかったけど、捨てられたくないとみっともない行動を繰り返した。


 その愚行が皇室や他の貴族に広まり、私の評判は落ちていった。


 だから婚約破棄をして当然だ、と皇室が納得してしまい、公爵家の令嬢と婚約破棄をしても第一継承者の皇太子のままだった。


 さらに男爵令嬢のオリーネと婚約をしても、彼女は数少ない聖女として有名だったから、問題はなかった。


 しかし今、私は特に大きな問題を起こしておらず、オリーネは聖女としてまだ何もしていない。

 このまま私と婚約を破棄したら、ルイス皇太子は第一継承者ではなくなる。


「私はどちらでも構いませんよ、ルイス皇太子。あなたがこのままオリーネ嬢を選ぶのであれば……ふふっ、どうしますか?」

「くっ……」

「ル、ルイス皇太子……」


 ルイス皇太子は第一皇子だが、第二皇子や第三皇子はとても優秀な方々だ。

 公爵家の力をなしに、ルイス皇太子が第一継承者になれることはないだろう。


 顔を歪めて、とても迷っているルイス皇太子。


 オリーネが不安そうに彼を見上げているが……。


「すまない、オリーネ……」

「あっ……」


 ルイス皇太子は彼女を離し、距離を取った。


 あはっ、やっぱりそんなものよね、ルイス皇太子がオリーネを想っている気持ちなんて。


 悲しそうに顔を歪めたオリーネ嬢は、キッと私を睨んでくる。


「アサリア様、公爵家の権力を盾にして、ルイス皇太子を脅すことは令嬢としてどうなのでしょうか。私は殿方をそのようにして脅したり行動を縛ったりすることはしません」


 あら、まだ反抗的な態度を取れるのね、この女。

 自分が私よりも優しくていい女、だと言いたいのかしら?


 だけど、笑えるわね。


「オリーネ嬢、あなたは勘違いしてるわ。『しません』じゃなくて、『出来ない』というのよ? あなたには権力も何もないんだから」

「っ……例え権力を持っていたとしても、そんなことはしません」


 ……はっ?

 この女は何を言ってるのかしら。


 二年後、ルイス皇太子の婚約者となったオリーネは、その権力を使って私を処刑に追い込んだというのに。


 もちろん今のオリーネ嬢には関係ないが、私からすればどの口が言っているんだという話だ。


「ふふっ、大丈夫よ、オリーネ嬢。あなたがそんな権力を持つことは永遠にないから、そんなことを考える必要はないわ」

「っ……」


 そう、もう持つことはない。

 私がそれを許さないから。


「それでオリーネ嬢。あなたはいつまでこの会場にいるのかしら?」

「えっ?」

「ルイス皇太子、私の婚約者のあなたは、オリーネ嬢をここに招待したのかしら?」


 私が笑顔でそう問いかけると、ルイス皇太子は目を伏せた。


「ほら、オリーネ嬢。誰も男爵令嬢のあなたをこの会場に招待してないわ」

「そ、そんな……!」

「お帰りはあちらよ、お気をつけて」


 オリーネ嬢は最後まで私を睨みながら、この会場を去っていった。


 はぁ、まあまあスッキリしたわね。


 そうこうしていたら、会場に曲が流れ始める。

 ダンスの曲のようだが……もう疲れたから帰ろうかしら。


 踊るとしたらルイス皇太子とだし、彼と踊る気にはならないわね。


「アサリア、踊らないのか。せっかく君を選んでやったというのに」


 はっ? なんでこの人、上から目線なの?

 さっきの出来事で「選んでやった」と言えるルイス皇太子の気概はすごいわね。


「申し訳ないですが、他の女性と触れ合ったルイス皇太子と踊る気はありませんので」

「なっ!? アサリア! 君はどこまで失礼な態度を取るのだ!?」

「婚約者がいるのに他の女性をパーティに招待する皇太子には言われたくありませんね」

「なんだと……! アサリア、いい加減にしろ!」


 ルイス皇太子は私の手首を乱暴に掴み、私の正面に立った。


「……離してください、ルイス皇太子」

「君が無礼な行動を取るからだ。舐めるのも大概にしろ」

「忠告です、ルイス皇太子。痛い目を見たくないのなら、離しなさい」

「痛い目だと? 君が何を出来るというのだ」


 全く離す気もない、女である私をか弱いものだと決めつけ、力で優っていることで優越感に浸って見下すような顔をしている。

 だけど、私がいつ弱い存在だと勘違いしているのだろうか。


「忠告はしました」


 私は魔法を発動し、自分の身体の周りに炎を発動させた。


「なっ!?」


 私の周りに炎が出たことで驚いたルイス皇太子。

 私の手首を掴んでるところにも小さな炎を出して、彼の手の表面を焼いた。


「いっ、ああぁ!?」


 ルイス皇太子は無様な悲鳴を上げながら後退した。

 周りに炎の球体を作りながら、私はルイス皇太子を睨む。


「私は帝国を支える四大公爵の一つ、スペンサー公爵家のアサリア・ジル・スペンサー。私のことを力で従わせようとするなど、無謀なことは考えないでください」


 周りにもいろんな貴族の方々がいるが、私の炎を見て反応は様々だ。


「あれが四大公爵で最も強いとされる、スペンサー公爵家の力か……!」

「魔獣を一撃で仕留めると言われているが、凄まじいな」

「アサリア様は十八歳であそこまでの力を持っているのか!?」


 スペンサー公爵家の力は有名だし完全に操っているのがわかるからか、恐怖で悲鳴を上げるような者はいない。


 しかし私もここまでしっかり操れるとは思わなかった。

 確かに二年後の回帰する直前は魔獣と戦うことが多かったから、ここまで魔法を操れるようになっていた。


 だけど二年前の十八歳の頃は、皇室に嫁ぐ予定だったので、魔法の練習はさほどしていなかったはず。


 回帰する前の魔法の力があるようだから、それはよかったわ。


「ルイス皇太子、私は帰りますわ。婚約の話、いろいろと考えさせてもらいますね」

「ま、待て、アサリア!」


 ルイス皇太子の痛みに我慢して叫ぶ声を聞きながら、私はパーティ会場を去った。



 私は回帰する前では、ルイス皇太子とオリーネを引き立てる脇役みたいな者だった。

 だけど回帰した今、そんな立ち回りは絶対にしない。


 オリーネが私を処刑まで追い込んだ時の嗤った顔は今も忘れない。

 もうあんな私を嘲笑った顔をさせるつもりはないわ。


 むしろ私がああやって嗤って、悪女のようにあの二人を陥れてやりたい。


 だけど回帰した今、復讐してやるのもいいけど、ちゃんと人生を楽しまないとね。

 前はルイス皇太子に婚約破棄されたのがショックで、自暴自棄になっていたから。


 もっと遊びたいし、ルイス皇太子には全く恋愛の感情を持ってなかったけど、今度はちゃんと恋をしたいわ。


 もう婚約破棄をされたところで痛くも痒くもないし、むしろいつ婚約破棄をしてやろうかと企んでいるくらいね。


 回帰した今、私は自分の生きたいように生きる。


 悪女上等、たとえ本物の悪女となろうと、私は嗤いながら生き抜いてやるわ。




――――――――――――――



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