第26話会いたくない


「良かったわ。ヘスティアがヴィランの誕生日パーティーを取りやめてくれて。あのまま誕生日パーティーを執り行って貴女が倒れるんじゃないかと心配していたのよ」


 ほっとした顔のお母様。


「申し訳ありません」


「謝らないで頂戴。私もお父様も貴女が一番なんだから」


「はい」


「ヴィランも久しぶりのに喜んでいるはずよ」


 それはどうでしょう?


「ヘスティアの心遣いにヤルコポル伯爵夫妻も恐縮していたわよ」 

 

 楽しそうに笑うお母様に対してアルカイックスマイルで頷きます。

 こういう時も淑女としての教育が生かされていて良かったと心から思います。そうでなければ表情に出していた事でしょう。ヴィランの誕生日パーティー中止を伝えた後に再び寝込んでしまったので両親や屋敷の者達に大変心配をかけてしまいました。このような状態で誕生日を迎えさせるのは忍びないと、私は両親に涙ながらに訴えてヴィランを伯爵家に帰したのです。

 両親を始めとした屋敷の者達は「病に伏しても婚約者を気遣う優しい娘(お嬢様)」といった感じになっていますが、本音はそうではありません。私はヴィランに会いたくなかったのです。自分を殺した相手に会いたい人間などいません。なので、私の要望がすんなり通った時は心の底から安堵しました。


 両親も特に不審に思っていない様子です。



「お母様、この機にヴィランをヤルコポル伯爵家に戻してはどうでしょう」


「あら? まだ体調が悪いの?」


「いいえ、そうではありません。ただ、来年からヴィランは学園に通う事になりますから色々と準備や話し合いが必要なのではないかと思うんです」


「確かに、ヘスティアの言う通りね。早速、伯爵夫妻に伝えておくわ」


「はい、お願いします」



 これで当分の間、ヴィランに会わずに済みそうです。

 熱が下がってから確認したところ、今は十二歳の夏でした。つまり六年前に遡っていたのです。

 

 両親も屋敷の者達とも出来る限り話をあわせて様子を探っていましたが、時間を遡ってきたのは私だけのようでした。

 これを幸いと思うのか不幸と思うのか意見が分かれますが、私としてはあのような出来事を皆が覚えていなかった事は幸運だと考えています。未来の出来事を話す事は決して出来ませんが。


 お母様が退出なさった後で、用意された薬を口の中に入れ水で流し込みました。



「あんな未来、認められないわ」


 私達親子が亡くなった後、国自体がヴィランによって壊滅したのは想像できます。

 多くの者が無惨な最後を遂げた事でしょう。


「なんとしても婚約を解消しなければ」


 婚約者は何もヴィランでなければならない理由はありません。

 

「公爵家の婿に相応しい殿方は他にもいるわ」



 この時、それが如何に難しい問題であるのか知る由もありませんでした。

 

 


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