###ELK feat. Haruka - Deejay EP
鹿路けりま
##Track 1. Come & Get It (Intro Edit)
私は、島本遥。
ごくごく普通の、社会人。
某大手家電量販店に新卒で入社して、二年目になる。
配属されたのはとある支店の二階にある、テレビ・オーディオエリア。
総合職での採用だけれど、現場での経験を積むため、販売職からのスタートだ。
一年目の研修もひと段落し、少しずつ任される仕事も増えてきて、OLとしての生きざまってやつが身に染みつつあるように思う今日この頃。
順調だった。
だから、少し手を抜いていた。
私にこの始末書を作らせたのは。
一人のやばいお客さんだった。
「島本さん、ヘルプいいですか」
ある春の日の夕ごろ、バイトの子からインカムで連絡が入った。
「すぐ行ける。場所は?」
「DJ機器売り場です」
「DJ?」
耳を疑った。DJコーナーに応援要請が入るなんてはじめてじゃん。
「すみません、自分にはよくわからなくて……」
それはいい。わからないことをわからないと素直に報告できるのは有能な証だ。
かくいう私もわからない。なんて有能なんだろう。
とはいえ、私は正社員。
二の足を踏んでいられる立場ではない!
持ち場のカウンターを離れ、すぐさま現場へ急行した。
すると、DJ機材の前ですっかり困り果ててしまった様子のバイトくんのとなりで、女子高生ぐらいの歳の女の子がぼんやり立ちつくしている姿を目視。バイトくんは私の顔を見るなりほっと安堵したような表情に変わって、
「では、専門のスタッフに代わりますので」
と女の子に言い残し、ぺこりと私に会釈をして去っていく。
……いやー、ははは。「専門のスタッフ」か。まいったな。
女の子のお客さんと目が合った。
なんというか、「いかにも」な感じ。
髪は黒のショートヘア。なのだが、デコデコとしたワッペン付きのキャップを、頭の上からのせるようにかぶっている。さらにパーカーといいデニムのショートパンツといい、まるで全身をヴィレッジヴァンガードの商品で固めたような風貌をしていて、こじらせちゃったみたいな感じがすんごい。
「あの、」
と、そんな第一印象だった彼女が、私になにかを言おうとする。
「これにCDを入れてみたいんですが……CDを入れるところが見つからなくて……」
よく見ると、真っ白なフィルムの貼られたCD-Rを胸の前で挟むようにして掲げている。
自分で焼いてきたのだろうか?
私は彼女の傍らのスペースを占めている大きなデッキに目を向けた。
「これは……」
知っている。XXDJ-RX2。パイオニア製の一体型DJシステム。テーブル大の長方形の中に、エフェクターやオーディオインターフェースが統合されて備わっている。廉価だが、かなり本格的なものだ。
「ええと……」
だから何だという話。今の情報は、研修で覚えさせられた雑学。つまり何かの役に立つものではない。私はこの商品がここに置いてあることを販売員として知っている。けれど実用的なことは何もわからない。わかるはずない。たかが量販店のいち店員にそこまでのソリューションがどうして求められようか?
だが、今。
私はこの機械の実用的な「使い方」を聞かれている。
……「専門のスタッフ」として。
仕方ない。
あらためて目の前のモンスター的な機材を見据えた。
イメージする。一般的なDJのやり方を。知っている。そう、ディスクを回す。回して、止めたり、反回転させたりするのだ。逆に言えば、回すところがディスクの場所。つまりCDを挿入するなら――ここだ。この両側にひとつずつある、最も目立つ「円盤」の部分。UFOみたいにぐぐっと盛り上がっているところが最もあやしい。これが実は蓋になっていて、パカっと開けたら中に光学ドライブが入っている。
そう思い、見るからに回りそうなCDサイズの丸いパーツに手を伸ばす。
が?
「…………」
開かない。
完全に接着されていて、上下方向にはパカリともしそうにない。
そ、それならば。
回してみる。
なんとなく、回転式キャップみたいに開くような気がして……。
くるくる。くるくる。
よく回った。
なんで!? ここはスクラッチをする場所ではないの!? こんな思わせぶりなインターフェースしておいてCDが入らないなんてそんな……だったらこれは何!?
ううん、きっとまだ、なにか開ける方法が……。
「あ、あの……」
と、固唾を飲んで見守っていた女の子のお客さんがおずおずと口を開く。
「あたしも試してみたんですけど……そこは違うかもっていうか……」
言われて、はっとした。そうじゃんか。もし回して開くような造りだったらついさっき想像したようなプレイ、できなくなるし。
DJのテーブルは回すことで成り立つ。なのにそこで開いてしまったら歌も踊りも止まってしまって、全員真顔で帰りだす。切なっっ。
「で、ですね……あははは」
というかそもそも直感的にわかるような場所にあるんだったら、見るからにデジタルネイティブ世代なこの子もわざわざ店員を呼びつけてまで探そうとはしなかったはず。
であれば。
ここは社会人の経験と情報活用力をフルに活かす!
まず探すのは規格概要欄。オーディオ機器なら値札のすぐそばに出力何ワットとか、何チャンネルに対応とかそういうマルバツ表みたいなのが必ずある。これが基本。多くの質問は大抵それだけで解決するし、私はそこに書いてあることが何を意味するかを説明するだけでいい。
……が、目の前の商品についてなんらかのロジカルな説明をしていると思われたのは、型番の書かれた値札と、「現品限り」という注釈だけ。
テキトーすぎ! 上司どやしてきていいか?
いやここは開き直ろう。そもそもうちは、あくまで広く浅くものを扱う総合家電量販店。本当にその分野への興味があるなら専門店に行くだろうし、行ってくれよと思うだろうし、XXDJ-RX2が目当てでこの店にやってくるなら、XXDJ-RX2についての知識はあって当たり前だろ? と。
実際、この商品が今まで買われたためしはないし、興味本位で立ち止まるお客さんだって、適当に少し触り終えるとそれだけで満足げに去っていく。要するにこのデッキがここに存在している理由は、こんなマイナージャンルの商品も置いていますよ、という戦略的ポーズでしかないのだ。「ヨドガワに来ればなんでも手に入る」という幻想を守るための税金対策。
そのようなもののために私のような下っ端社員がしばしば割りを食うことになる。やっぱり上司しばいてきていいか?
とにかくそういうことだから。
推理する。CDドライブがこの表面にないとするなら、考えられるのは側面だ。カーオーディオやPS4みたいに、内部へ差し込むための狭い隙間がどこかにある。あるいはPCみたいにボタン式でドライブが飛び出すレトロモダンなスタイルなのかも。
……違う。例の未来的なガジェットのどこを覗き込んでも、それらしいものは見つけられない。
となれば!
一縷の望みをかけて、背面を見てみる。
するとそこにはライフルで蜂の巣にされたみたいな夥しい数のジャックやポートが!!
所狭しと、並んで、おります。
あの、CDは? ねえ、CDCDCDCD。
「…………」
気まずい沈黙の中で、冷や汗がたらたらと流れ出す。女の子のお客さんは、期待と不安のこもったまなざしで私の不審な動きを見守っている。ヤバい。このままじゃお手上げってことがバレてしまうか。え?「専門のスタッフ」として呼ばれた私が? いやそんなことがあってはならない正社員の名がすたる。で実際どうする? お客さん相手にわかりませんとは言いたくない。かと言って、上司を呼んでこれ以上たらい回しにしたくもない。バイトくんだってきっと、「島本さんなら大丈夫だろう」と思って私を頼ってくれたんだ。それが「ヨドガワの店員は無能」とか「今度から別の店にしよう」とかそういう印象になったら私のキャリアはどうなる!?
社訓。一人ひとりのお客様に真摯で誠実な対応を。
「しょ、少々、お待ちくださいっ」
完全に目が点になっている女の子のお客さんを置き、私は野心に燃えながらバックヤードへ飛んだ。
事務用のPCで検索をする。XXDJ-RX2、CD、どこ。
検索結果がズラズラと出てきた。
目を通す。
完全に理解した。
「お待たせいたしましたっ」
営業スマイルで売り場に戻ると、ポツンとたたずんでいた女の子のお客さんも目を輝かせる。
「わかったんですか!?」
「はい! まず、一般的なDJのスタイルにはCDを使う『CDJ』とPCを使う『PCDJ』の二種類がございまして、こちらの機材はPCDJ用となっております」
女の子のお客さんは、ワンテンポ遅れてついてくるように、ふむふむとうなずく。
「な、なるほど……! それで、CDを入れるところは……」
「なので、CDドライブは内蔵しておりません」
「え」
彼女はそこで思考が停止したみたいだった。
「それって、え……?」
純真無垢な女の子に、極めて専門的な知識を授ける。
「CDを入れるところは、ありません!」
「ガーン……」
えーすごい。ガーンって顔でガーンって言ってる。ガーンって口に出して言う子に会ったの初めてかも。私もガーンって言いたい日々だよ。言えたら少しは楽になりそう。
「じ、じゃあ、この音楽はどうやって……どうやって再生したらいいんですかっ!?」
女の子のお客さんは二枚組の自作CDを私に見せながら泣き崩れた。それぞれ、白いフィルムの上から「ELK’S BEST1」「ELK’S BEST2」とマジックで書かれてある。前衛的な落書きと一緒に。
「ですから、ノートPCなどに取り込んで接続すると、こちらのモニターに楽曲リストが表示される仕組みですね」
すると彼女はさらにガックリした表情になり、
「ノーパソ……持ってない……」
とこぼした。
「このCDは?」
「部室のパソコンで……」
うーむ。確かに大体のことががスマホ一台で事足りる今の時代にあって、自前のPCを親世代から与えられている十代の子は少ないのかも。それはともかく、私はビジネスとして彼女の問題を分析する。いま、この子はXXDJ-RX2が自分の思ったように動かせないことを知って落ち込んでいるけれども、その様はどこか、自分にとって何が一番必要で、何が余計であるのかを完全には理解していない盲人の歩みを思わせるふしがある。本当に手に入れたいものが何かを知らないままここまで来て、当てずっぽうにそれを見つけようとしているふうに私には見える。だからXXDJ-RX2などというインテリアの中に無理やりCDをねじ込もうと試みていた。ならば私に求められる役割とは彼女に見つけたいものを見つけさせるということだろうか。
「CDプレイヤーをお探しでしたら、他の機器もご案内いたしましょうか」
得意な分野へ誘導しようとした。が女の子は意外にも持て余したエネルギーで大きく首をぶんぶんと振る。
「いいえ!」
ここは通しません! とでも続かんばかりの迫真ぶりに私が何も言えないでいると、女の子は少し耳を赤くしながらも同じ言葉を口にする。
「いいえ……」
「とおっしゃいましても……」
私はこの子の口から解決の糸口になる情報が聞き出せないことを歯がゆく感じる。同様に彼女もそれを理解してか、私よりさらに窮屈な表情になった。自分の考えを話すことがあまり得意ではないようだ。
「一目見たとき、あたしの目にはこの子が……この子だけが光り輝いて映ったんです」
そのように言われ、私は改めてヴィレヴァンガールとXXDJ-RX2のツーショを脳内でパシャパシャと撮るカメコと化した。その光景はまるで遠い世界の……なんだろう……とても健気な……そう……竜の子どもを大人の目から匿おうとする村娘……? 何それやば。私は私の状態が大丈夫なのか気がかりになるが、とにかくモンスターなマシンにはモンスターなお客さまが寄り付くというのは良い勉強になった。
「私の目にも七色に光り輝いて見えるようです」
実際にそれは正しい。
「……っ! そういう意味じゃなっ……ないんですけど!?」
他人からも飽き性だとよく言われる私の頭はこの困ったちゃんに対してもはや真面目に知恵を絞るのをやめ、どのようにしてお引き取りいただくかを考え始めていた。店員の仕事とはあらゆるお客さまにお引き取りいただくことだという信念を持った。あとから思えばこれは大変失礼な態度だっただろう。だがこちらも商売なので限られた体力はセールスの期待値が高い相手のために使いたい。
「お客さまはこの商品に大変強いこだわりをお持ちのようで」
「そうなんですっ。あたし、こう見えてもDJで……」
以下、島本遥の内心の叫び。
世迷言をおっしゃいますねえ!
ノートPCも買えない小童が!
DJだなんて、よくもまあ!
しかしながら、省エネモードに移行している私の顔は動じない。
「そうですね……。一応、こちらにUSB用の端子もあるにはあるので、フラッシュメモリに保存した曲を再生することなどはできるようですが……」
あまりスマートなやりかたではありませんね、と続けようとした矢先。
その表情が、ぱっと弾けた。
彼女の耳には私の言葉が、竜関係の古い何かしらに聞こえたのかもしれない。
「ゆーえすびー……!」
真剣な面差しでそうつぶやくと、礼を言いながら手にしていたCDをいそいそとリュックサックにしまいはじめた。あらゆるヨドガワのお客さまは任意のタイミングで店員との話を切り上げて退店する権利がある。この度はお帰りいただけるらしく、とても嬉しい。
すでに新しい関心事でしっぽりと満たされているように見える後ろ姿。それを笑顔で見送ることまでは私の仕事に入らない。どうせそこまでしたところで給料が上がるわけでもないのだから。それに今私はとてつもなく疲れているようだ。
「さよならだ、USBドラゴン……」
その日のお風呂には、いつもより熱いお湯を張った。そうしなければならない気がした。
「……それにしても」
湯船に身を横たえて目を閉じる。
『……っ! そういう意味じゃなっ……ないんですけど!?』
「あの怒った顔……ほんとに……うぷぷ」
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