砂時計の王子 2

まこちー

序章

「お嬢さん、傘を」

黒髪の男が道行く女二人に声をかける。

「あら、必要ないわ。うふふ」

「私たち、傘は持っているの。ありがとう」

「おっと……それは失礼しました」

男はヒラヒラと手を振り、一歩後ろに下がる。

「ふふふ、あの喋り方」

「酷いシャフマ訛り。この辺は高級住宅地だっていうのに」

「怖いわ。私たちに近づくなんて、窃盗目的だったのかしらね」

遠ざかっていく女の声に、ふぅとため息をつく。

(あー……)

女二人はフリルのついた真っ白な傘を差し、同じ色の長いスカートを揺らしている。

(ストワードの女ってのは……)

それを赤い瞳で見つめる男は、真っ黒な傘を畳んで、同じ色の服についた雨を手で払った。

「なんて色っぽいんだ……」




〜数日前 シャフマ地区のとある酒場〜


「ストワードへ旅に出たい!?」

「あぁ。2週間程度でいい。俺はシャフマから出たことがないからね。いいだろう?母さん」

「ザック……そうは言っても、行きの旅費くらいしか出せないわよ」

ザックの母親……ルイスが机についた油を拭きながら言った。

「構わないよ。向こうで働けばいい」

「女と寝るの間違いだろう、ザック」

煙草を銜えてそう言うのは、ザックの父親……アレスだ。

「父さんと一緒にしないでくれ」

「酷いねェ。俺は相棒と結婚してから、他の女と寝たことなんて一度も」

「アレス」

「……なんだよ?本当のことだぜ」

「はぁ……50にもなってまだ色恋の話を子どもにするなんて、恥ずかしくないの?」

「ふふふ。俺の人生は愛で出来ているからね。いくら語ったって語り尽くせないのさ」

アレスがルイスの腰に腕を回す。

20代の頃の彼よりもいくらか艶は失われたが、代わりに貫禄が出た体は、今は亡き父ヴァンスに似ていた。

「父さん!気色悪いからやめて!」

「わかったよ……全く、色気づいちまったのはどっちなのかねェ」

「スーザ。帰ったのね」

スーザがルイスに抱きつく。黒く短い髪と、彼女にとっての祖父ヴァンスから受け継いだ金色の瞳が印象的な14歳の女の子だ。

「あれ、ザック兄ちゃんどうしたの?いつもは夜家になんていないのに」

「今夜は母さんに相談があってね」

「相談ー?……分かった!ストワードに行きたいんでしょ」

「えっ」

「ザック兄ちゃんも20歳だもんね。一度都会に出たいよね。私もー……」

「うん、まぁ、そういうことだ。だからさ、母さん」

「はぁ……分かったわよ。でも、全部自己責任よ?危ないと思ったら走って帰ってくるのよ」

「はははっ、相棒。いくら俺たちの息子でもそれは無茶だろう」



〜現在 ストワード地区 高級住宅地〜


「……腹が減ったな」

ストワード地区に着いた初日から、ザックは躓いていた。

「俺の話し方がシャフマすぎて警戒されちまう。うーん……もう少し発音を練習してこれば良かったかもな」

そう。この男、ストワードで女の家を渡り歩いてなんとかするつもりだったのだ。

(高級住宅地に来れば、物好きにでも拾われるかと思ったが……)

目の前には高層住宅。入れそうもない。

「しかし、魔法を使わずにこんな建物を作れるなんて」


「信じられないぜ」


ザックは頭の中で呪文を唱え、ゆっくりと立ち上がる。

彼の手のひらから白い光が漏れた。

「雨が降って寒かったが、これで少しは暖を取れそうだ」

柔らかく笑う。

「あ、そうだ。マジックでもやろうかな。ストワードでは魔法だと気づかれないだろう。くくくっ」

ザックは道端にどっかりと座り、道行く人に見えるように簡単な魔法を披露し始めた。

「なんだなんだ」

「すごいのやってるよ」

「マジックだってー」

紙で作った小さな箱に金が投げ込まれて行く。

(んふふふっ、チョロいもんだぜ!)

ザックは様々な魔法を次々に手のひらから出して見せる。観客のボルテージが上がっていく。

「次は大技だぜ!よーく見ておけよ!」

バッと立ち上がり、大きく腕を広げる。そして、大声で呪文を唱えると……。


バリバリバリッ!!!!!


突然空に現れた真っ黒な雲から、雷が落ちた。

(ヤバッ!や、やりすぎた!)

慌てて音のした方を振り返ると、高層住宅が、焼け落ちていた。

「あっ……」

途端に真っ青になるザック。観客もパニックになり、走って逃げて行く。

「し、しまった!こんなはずじゃあ……」

放心して立ち尽くしていると、警棒を持って警察官に囲まれた。

「大統領の家に雷を落としたのはお前か!」

「へっ、大統領……!?」

「おい!その顔はシャフマ人だな!魔法を使うなよ!」

「大人しく捕まれ!」


(と、父さん、母さん)


(俺もうダメかもだ……!)

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