15節 選んだのは③

「敵が出てこない。なら……わたしが敵になればいいんじゃない?」


「……はい?」


 リュイスちゃんが「何言ってるのこの人」という顔でこっちを見てくる。


「いや、ほら。どっちみちアルムちゃんには強くなってもらわなきゃいけないわけでしょ?」


「それは、はい」


「で、そのためには地道に稽古つけるか、きっつい模擬戦するかなわけじゃない?」


「……はい」


「じゃあいっそ、わたしが敵になって本気でやり合えばいいかな、って」


「そこが分からないんですけど」


 リュイスちゃんが困った顔を見せる。本気で理解できないみたいだ。


「や、どうせ死にそうな訓練させるなら、より実戦に近い形式のほうが身になるかと思って」


「まず死にそうな訓練を遠慮していただきたいんですけど……」


 たしなめるものの、対案は思いつけないようだった。彼女は仕方なくそのまま、感じた疑問を口に上らせる。


「大体、敵になるって簡単に言いますけど、今さらどうやってアルムさんたちと敵対するんですか? あんなに懐いてくれてるんですよ?」


「そこはほら、魔物の側に誘われて引き受けた、とか言えば、簡単に釣られてくれそうな子が向こうにいるじゃない」


「あぁ……アニエスさん……」


 その様子が容易に想像できたのか、リュイスちゃんがため息をつく。


「実際わたしは、ついさっき、魔将にならないかって誘われたばかりの女だしね。完全な嘘でもないでしょ?」


「……でも、それで食いつくのはアニエスさんだけなんじゃないですか?」


「そうかもね。だから、この子にも手伝ってもらう」


 わたしは左手の篭手――〈クルィーク〉に、ポンと手を置く。


「〈クルィーク〉を起こして半魔の姿になってみせれば、アルムちゃんたちも剣を向けてくるんじゃないかな。……先代の勇者みたいに」


「え……」


 リュイスちゃんが、短く息を呑んだ。


「そんな……そんなことをしたら、アレニエさんが半魔だって、知られて……」


「魔将に力を貰ったとかなんとか言って、適当に誤魔化すよ。実際そういう話も聞いたことあるしね」


「でも……」


 まだ何か言いたそうな彼女を身振りで制し、わたしは続きを口にした。


「そして、あの子たちに本気を出させる最後のダメ押し。――リュイスちゃんに、死んでもらいます」


 …………


「……私、殺されるんですか?」


「わたしがリュイスちゃんを殺すわけないでしょ。フリだよ、フリ」


 若干釈然としない顔を見せながら、リュイスちゃんが問う。


「殺されるフリって、どうやって……」


「アルムちゃんたちは、山を越えるルートで魔物の領土に入るんだよね?」


「え? ええ。そのはずです」


「山ってことは崖とかあるよね。なら、アルムちゃんたちの進路の適当な場所で待ち構えて、あの子たちの目の前でリュイスちゃんを突き落とせば、殺したわたしに敵意が向くんじゃないかな」


「……えーと……その場合、わたしはどうやって助かれば……」


「リュイスちゃんなら、法術を駆使すれば自力で対処できると思ったんだけど……ダメかな?」


 期待を込めた目で見つめると、最初は「うっ」と怯んでいたリュイスちゃんも、次には諦めたようにため息をつく。


「……やっぱり、アレニエさんはずるいです。そんな聞き方されたら…………分かりました。やってみますよ」


「うん」


 彼女の返答に申し訳なさと満足感を同時に覚えつつ、説明を続ける。


「で、十分にあの子たちを鍛えられたと判断したら……最後に、わたしがアルムちゃんに斬られます」


「は!?」


「斬られた後は、リュイスちゃんと同じようにわたしも崖から落ちる。これなら、半魔だってバレても死んだと思わせられるから、まぁ、大体は誤魔化せるかな、と」


「……」


 絶句し、呆然とこちらを見るリュイスちゃん。ややあってその口から漏れたのは、どこか呆れたような一言だった。


「……滅茶苦茶な作戦ですね」


「やっぱり?」


 例の如く思い付きで立てたものなので、冷静に見れば穴だらけだろう。


「それに、アレニエさんの負担が大きすぎます。成長した勇者一行と一人で戦って、しかも最後はわざと斬られるだなんて。下手をすれば、それこそ死んでしまうかもしれないんですよ? アルムさんだって、アレニエさんが死んだと思えば、きっと悲しみます」


「そうだね。悲しんでくれると思う」


「……でも、私にはすぐに他の方法は考えつかないし、なによりアレニエさんはもうやる気になってるんですよね?」


「うん。今は、これしかないかな、って思ってる」


「でしたら、私も覚悟を決めます。……その代わり、約束してください、アレニエさん。決して無茶はしないと。無事に生きて、帰ってくると」


「うん。約束する。必ずリュイスちゃんのところに帰ってくるよ――」



   ***



 以上、回想終了。そんなことがあったのでした。


 その後は、ここまで見てきた通りだ。

 ハイラントを出国したわたしたちは、次に向かったアライアンスの街で神官殺人事件を解決した後、勇者一行が通る予定のレベス山に登り、彼女らを待ち伏せた。


 山道に人の気配を感じ、それが目当てのアルムちゃんたちだと確認した段階で、わたしたちの荷物はロープで吊るして崖の下に落としておいた。死を偽装した後も使う予定だったからだ。


 そして現れた勇者一行。わたしは、事前に決めていた合言葉、「アルムちゃんたちを待ってた」という台詞を合図に、リュイスちゃんを崖から突き落とし、それを皮切りに戦いは始まり……今に至る。


「……」


 わたしは地面に身体を横たえながら、こちらの傷を法術で治癒してくれているリュイスちゃんを眺めた。視線が合うと、彼女のほうから声を掛けてくるが……


「……アルムさんたちは、無事に鍛えられましたか?」


「うん。神剣も使いこなしてたみたいだし、腕も大分上がったんじゃないかな。他の三人も思った以上に強くなってたしね」


「そう、ですか」


「「……」」


 現状の確認をしただけで、すぐに話が途切れてしまう。


 彼女とはここ数日ずっとこんな感じだった。必要時以外はあまり会話をしていない。

 アライアンスの街で、わたしがリーリエちゃんを殺して止めたこと。それが確執となり、二人の間の溝になっている。


 わたしにとってあれは必要なことだったし、説得が通じる相手でもなかったと思っている。同族であり、共感もできた彼女だったが、神官への恨みの炎はわたしの大事な人をも焼き尽くすほどに強かった。だから――わたしは彼女を斬った。


 けれどリュイスちゃんにとっては、過去の経験から忌避していた目の前での死者、しかも見知った相手の最期だ。わたしが手をかけた理由を頭では理解していたとしても、感情のほうが納得できなかったのだろう。


 ……いや。わたしだって、一緒かもしれない。彼女がなぜそういった感情を抱くのか理解はできても、心の内では分かってくれないことに不満を抱いている……


「アレニエさん……私、決めました」


 そうして胸の内にモヤモヤしたものを抱え込んでいたところで、唐突にリュイスちゃんが口を開く。


「私、強くなります。もっと自分を鍛えて、アレニエさんの隣に本当の意味で並び立てるくらい、強くなってみせます」


「……どうしたの? 急に」


 それは、今の状況には関わりない宣言のように思えたが……


「だって、そうすれば……アレニエさんは、もう、リーリエさんを斬らなくて、済むでしょう……?」


「……リュイスちゃん……」


 心臓が、締め付けられる。彼女も同じように悩んでいたのだろうか。


「分かっていたんです。アレニエさんがどうしてリーリエさんを斬ったのか。私やライエさんを護るためだった、って。同族を手にかけて、何も感じていないわけがない、って。でも私は、自分の内から湧き上がる気持ちに振り回されて、傷ついていた貴女に、なんの言葉もかけられなかった」


「……」


「だから、決めたんです。身も心も強くなるって。次に同じようなことがあっても、貴女に言葉を届けられるように。――貴女が、手を汚さなくて済むように」


 自分が強ければ――護る必要がなければ、わたしが無理に相手を斬ることもないでしょう。彼女は言外にそう言っている。でも……


「……命を助けたからって、全員が改心するわけじゃないよ」


「……理想論なのは、分かっています」


「それにリーリエちゃんみたいな半魔は、捕縛できたとしても、そのあと処刑されるだけだったと思うよ」


「……そうかもしれません」


「なら、その後の凶行を止める意味でも、『橋』への手向けの意味でも、その場で斬ってしまうほうがいいかもよ?」


「……それでも、私は諦めたくありません。だって、ジャイールさんたちのように、斬らなかったからこそ繋がった縁も、あると思うから」


「……それを言われると弱いなー。……でも」


 一拍置いてから、わたしはリュイスちゃんと目を合わせて、改めて宣言する。


「わたしは、わたしやリュイスちゃんの命を護るために必要だと思ったら、これからも、誰が相手でも、躊躇ためらわずに斬るよ」


「私は、やっぱり目の前で死者が出るのは、嫌です。アレニエさんにもできれば手を汚してほしくありません。だから、なるべく誰も死なせないように努力を続けます」


 二人で、どちらからともなく笑みを浮かべる。


「噛み合わないね、わたしたち」


「はい。でも、意見が違うのは当たり前なんですよね。私とアレニエさんは違う人間なんですから」


「うん。けど、違うからこそ惹かれ合うんだし……一緒にいたいって気持ちは、嘘じゃない」


 リュイスちゃんと一緒に、笑顔で頷き合う。彼女が治癒のために掲げていた手に、自分の手を絡める。

 気まずかった数日間を取り戻すように、わたしたちは言葉を交わし合った。



  ***



 治療を終えた後、リュイスちゃんはいつものように〈クルィーク〉も鎮めてくれた。そして剣と荷物を回収したわたしたちは、黄昏の森を北上し始めた。

 以前訪れた時より、やはり魔物の数は増加しているようだ。魔王復活の影響が如実にょじつに表れている。

 できるだけ隠れてやり過ごし、そうできない場合は撃退し、数日をかけて森を突破していく。

 そうして、やがて見えた出口で待ち構えていたのは――


「――お待ちしておりました、アレニエ様、リュイス様」

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