幕間6 ある勇者と魔族の脅威
ぼくら冒険者の集団は、帝国軍と魔物が対峙する戦場を中央側面から見ている状態だった。
だから分かる。おそらく、帝国軍の陣が完成する前に、魔物たちが
ぼくやシエラのような戦士では、目の前の魔物を一体ずつ相手取ることしかできない。こういう時頼りになるのは……
「アニエス! エカル! なんとかならないかな!?」
焦りと期待が入り混じる視線で二人の仲間を見ると、彼女らは厳しい表情を見せながらも強く頷いてみせた。
「少しの間、時間を稼ぐことならできると思います。その間に陣形が完成すれば……」
「ならオレは、一発デカいのをぶちかます役だな。敵の数も減らせるし、注意をこっちに引くこともできるだろ」
二人の意見に頷く。方針が定まれば、その後の行動は早かった。
そして二人は、詠唱を開始する。
「《私は呼び降ろします、アスタリア。義者にして万物の創造者である御身を。私は呼び降ろします、輝く
「《集え、炎と風の精。炎は風に煽られその勢いを増し、風は炎を呑み込み天を
先に術が発動したのはアニエスだった。
「《守の章、第七節。極光障壁……ディバインシェルター!》」
祈りが届き、法術が発動する。
アニエスの前方から光の障壁がガシャンガシャンと音を鳴らしながら降り立っていき、やがて戦場を二分するように遮って停止する。ぼくらのいる位置からは、障壁を挟んで右側に帝国軍、左側に魔物の群れが見える状態だ。
魔物は目の前に現れた光の障壁に己の武器を、あるいは拳や爪牙をぶつける。そうしなければ奥にいる帝国兵に届かないからだが、そんなものでは法術の壁はびくともしない。
侵攻を妨げられた魔物たちは、一部はそのまま障壁を攻撃し続け、一部は壁の端から攻めるべく迂回を始める。そこへ……
「《暴風炎熱! ファイアストーム!》」
詠唱を遅らせていたエカルの魔術が完成し、壁の端に向かっていた――つまりこちらに迫っていた魔物たちへ向けて、炎の竜巻が放たれる。
ゴオォォォオ!
竜巻は多数の魔物を呑み込みながら、渦を巻いて燃え上がる。全身を火で舐め尽くされた魔物たちが、苦悶の悲鳴を上げながら息絶えてゆく。
やがて火の暴風は治まり、広がった煙が辺りの視界を奪う。しかし……
次の瞬間には、後続の魔物たちが煙を突き抜け、仲間の屍を踏み越えながら、こちらに向けて殺到してくる。
「ふっ!」
「ガっ!?」
それに対して一番槍を務めたのはシエラだ。先頭を走っていたゴブリンが、彼女の一突きで
彼女に続くように、エカルが両手に炎を纏わせ、近づいてきた魔物に接近戦を挑む。ぼくらに同行していた冒険者たちもそれぞれ武器を振るい、術を行使し、魔物を撃退していく。
それに負けじと、ぼくも応戦する。巨体を揺らして迫る豚頭の魔物――オークの棍棒を、神剣で正面から受け止める。〈
「はぁっ!」
「ブギャ!?」
神剣の切れ味に胴を易々と両断されたオークが後方に倒れ、動かなくなる。そして通常なら死体から煙のように立ち昇る穢れが、即座に浄化され、風に散っていった。
これは、魔を払うと言われる神剣の為せる業だ。魔物に対する物質的な威力はもちろんのこと、さらにはその身が宿す穢れを浄化し、払う力も持っているためだ。
と――
「う……! はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
「アニエス!?」
ここで、今まで術を維持していたアニエスが、疲労に息を荒くしながらその場で膝をついた。それに同期して、魔物の侵攻を食い止めていた光の障壁が、宙に解けるように消えていく。
戦場を二分するような法術を発動させ、一人で維持していたのだ。無理が出て当然だったのだろう。ぼくは軽率に彼女の力をあてにしたことを後悔した。
「大、丈夫です……それより、勇者さま……前を……」
「え? あ……!」
アニエスの警告で前を向く。前方から、新たな魔物の集団が武器を振り上げ、こちらに迫ってくる!
「っ――!」
すぐに武器を構え迎撃しようとしたところで――
「――突撃!」
掛け声と共に、馬上の騎士たちが横合いから魔物を強襲し、次々と槍の餌食にしていった。
それをポカンと見ていたぼくの目の前に、一人の騎士が馬を歩かせ近づいてくる。
「怪我はありませんかな、勇者殿」
「ゲオルグさん……」
「貴女がたのおかげで無事に陣は完成し、兵たちも士気を取り戻しました。感謝します」
「そんな……ぼくは、ほとんど何もしてません。アニエスとエカルのおかげで……」
「もちろん、彼女らにも感謝を。後のことは、お任せいただきたい。これは、我ら帝国が招いた問題。我らの手で片をつけてみせます」
そう言うと彼は、両翼を遊撃する騎士たちに合流し、戦に戻っていく。
「……」
戦況は、帝国軍が優勢のように見えた。
中央では盾を持った兵士たちがガッチリと守りを固め、その後方から槍を持った兵士が殺到する魔物たちを突き刺していく。
そうして足止めをしている間に、陣の奥から魔術や法術、あるいは弓矢が飛ぶ。これらは特に空を飛ぶ魔物に対しても効果を発揮している。
さらに、両翼の騎士団が機動力を活かして外側から攻撃を加えていく。左右から魔物の軍勢を包囲する形だ。
個々の力では魔物に負けるが、それを数と戦術で圧倒している。このままいけば、人類側の勝利は揺らがないように思えた。が……
「ちぃ! 何をやっている魔物共! オレに恥をかかせる気か!」
ここまでずっとジャイールさんと戦い続けていた魔族の指揮官が、苛立たしげに戦場に視線を送る。この魔族を抑え込めていたことも、こちらが有利に事を進められた要因の一つだろう。そこへ――
「よそ見してんじゃねぇよおらぁ!」
目を離した隙をついて、ジャイールさんの鋭い一撃が振るわれる。
「ガっ!?」
角度の浅い袈裟懸けに振るわれた大剣は、魔族の身体を易々と切り裂き、上下に分断する。その身から
これだけの傷を負えばもう勝負はついたと誰もが思うだろう。ジャイールさんも勝利を確信したのか、かすかにその顔に笑みを浮かべる。魔族の返り血が飛び散り、彼の身体に付着しようかというところで――
「ク……クク……!」
上半身をこぼれ落としながら、魔族が笑った。
同時に、飛び散った鮮血が形を変え、鋭い無数の
「んな――ぐぁっ!?」
「ちっ……!」
悔しそうに舌打ちし、ジャイールさんがガクリと膝をついた。すぐに大剣を支えにして立ち上がろうとするものの、傷は浅くない。
「クク……ハハ、ハ……!」
魔族が、笑う。とうに落ちているはずの上半身から、笑い声を響かせる。
果たしてその身体は、いまだ崩れ落ちていなかった。下半身から噴き出した血液が生き物のように
「人間風情が、やるではないか……まさか、ここまで手傷を負うとは思わなかったぞ……」
間を埋めている血液がグニャリと歪み、落ちかけていた上半身を直立させる。身体の上下を分断させたまま、魔族は苦しそうに声を漏らす。
「だが、それもここまでだ。こう見えてオレは忙しい。貴様とこれ以上遊んでいる暇はないのでな」
そう言うと、魔族は前方に右手を掲げる。その手の先に血液が集まり、凝縮され、形を変え、一本の禍々しい槍が形成され――
ビュン――!
――ジャイールさんに向かって撃ち出される。
ガキィン――!
「ぐ、おおおぉぉぉお!?」
大剣の腹で血槍を受け止めたジャイールさんは、しかし勢いに押され、後方に追いやられる。力を込めたせいか、先ほどできたばかりの傷口から血が漏れ出していた。
続けて、魔族が右手を頭上に掲げると、その手の先に周囲の血液が集まってゆく。
傷口から。死体から。地面から。
戦場に流されたあらゆる血という血が、宙に浮かび、蠢き流れ、一つの箇所に集約されていく。
集まった赤黒い液体は次に分裂していく。一つが二つに。二つが四つに。次々と数を増していき、やがてわずか数秒で数え切れないほどに広がってしまう。
そしてそれらが、一斉に形を変えていく。先刻ジャイールさんが受けたのと同じ形状の血の槍に。その矛先は――
「! ダメ!?」
魔族の狙いに気づいたものの、それを止めるにはぼくの行動は遅すぎた。無数の血の槍は眼下の獲物に無慈悲に降り注ぐ。――魔物の侵攻を食い止めている最中の、帝国兵たちの頭上に。
ヒュ――ドドドドドドド!
「ぐ、あ……!」「がっ!?」「あが!?」
風切り音から、地面を打ちつけ揺らす音、そして兵たちの悲鳴が響く。
高度から高速での槍の射出。地上からの魔物の攻めには高い効果を発揮していた盾も、頭上からの攻撃には無力だった。咄嗟に盾を掲げて防いだ兵もいたが、全体の一割にも満たない。ある者は貫かれ即死し、ある者は切り刻まれ深手を負う。――陣形が、崩壊する。
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