17節 街を護る依頼

「――本当に、どうなっている?」


〈盾のり人亭〉を退店した私たちは、宿の裏手の人気のない路地裏に場所を移し、何が起きているのかを話し合っていた。そこで開口一番、ヴィドさんが疑問を呈する。


「帝国軍と魔物が協調して動いていただと? 本能で無作為に人を襲うはずの魔物がか? なんのためにそんな行動を取る? 指揮する者が存在するのか?」


 あごに手を当て、うつむいて考え込む仕種を見せていた彼は、次に私とアレニエさんに視線を向ける。


「アレニエ嬢、リュイス嬢。君たちは、我々に比べて幾分冷静だったな。まさかこの事実を事前に知っていたのか?」


「さすがにそんなとこまでは知らないよ。魔物が大群で来るって聞いて言葉が出なかっただけ。これでも結構驚いてるんだよ」


 いつもの笑顔の仮面を被り、アレニエさんは嘘をつき続ける。私の『目』を秘匿ひとくするために彼女にそうさせているのだ。申し訳なく思う。


「……ふむ。まあいい。今重要なのは現状の把握と、今後どうするべきか、だ」


 アレニエさんの言に納得したかは分からないが、彼はそれ以上追及してこなかった。


「整理しよう。今ある問題は主に三つ。皇帝が発したパルティールへの宣戦布告。 帝国軍と行動を共にする魔物の大群。そして捕縛された勇者一行だ。ああ、その勇者の引き渡しを要求する何者かも存在するんだったな、アレニエ嬢」


「うん。場所と相手を突き止めてなんとかしないと、アルムちゃんたちが殺されるかもしれないからね」


「あてがあると言っていたな。そちらは君たちに任せよう。その何者かを始末すれば、おのずと勇者を救うことにも繋がる……いや、帝国側が処刑する可能性もあるか? やはり勇者一行も事前に救出するべきかもしれんな……」


「そうだね。そのほうがいいと思う。そっちは、あなたたちにお願いしていいかな」


「それは構わないが、いいのか? 勇者の窮地を救うという大役を奪って。あるいは、歴史に名を残せる偉業かもしれんぞ」


「そういうのは興味ないからいいよ。わたしもリュイスちゃんも目立つの好きじゃないし。陰から助けるくらいでちょうどいいんだ」


「フっ……相変わらず欲のないことだ」


 呆れたように、あるいは逆に感心したように、ヴィドさんが声を漏らす。


「それでは次の問題だ。ルーナ、及びパルティールに侵攻する、帝国と魔物の混成軍。思えばこれが、皇帝の言う秘策とやらだったわけだ。パルティールも攻められるとなれば、我々にとっても他人事ではいられない。なんとしても止める必要がある。そのためにするべきことは――」


「どうにかして布告を撤回させる」


 アレニエさんの返答に、ヴィドさんが一つ頷く。


「同時に、魔物の対処もしなければならない。布告の撤回で帝国軍が止められたとしても、その後、魔物がどう動くかまでは読めないからな。とはいえ、我々だけでどうするべきか……」


「魔物に関しては、多分いるだろう指揮官を倒しちゃえば、組織的には動けなくなるんじゃないかな」


「そうだな。おそらく指揮する者は存在する。でなければこの街を襲わず、さらには帝国軍と足並みを揃える、などという真似は、本能で暴れるだけの魔物たちには到底できん芸当だろうからな。……ん? いや、待て。つまり、そういうことか?」


「どうかした?」


 アレニエさんの問いに、彼は少し躊躇うように口を開く。


「……確証などない、ただの憶測に過ぎんが……帝国は、魔物側と密約を取り交わしたのではないか?」


「密約……取引ってこと? 魔物と?」


「そうだ。つまり必然、人語を介し、魔物に命令できる立場の魔族が関わっていることになる。それがどの程度の相手かは不明だが、魔物を指揮しているのはそいつか、それに近しい者と推測できる。皇帝と取引したのもおそらくは……」


「魔族と取引……ん? じゃあ、もしかして、アルムちゃんを引き渡すように要求してる相手って……」


「考えてみれば、勇者の命を欲する最たるものは、魔物の側だ。自らの王を殺す可能性のある存在だからな。もっと早く気付くべきだったかもしれん」


「勇者を引き渡す見返りに、魔物の大群を借りて、パルティールに侵攻しようとしてる?」


「そう考えれば、一応の辻褄は合う。このタイミングで起こった一連の出来事が、全く関係のないただの偶然というのは考えづらい。まぁ、もしそうだった場合はお手上げなわけだが」


 彼は自身の発言に苦笑を漏らす。


「とにかく、魔物の大群を率いているだろう指揮官と、取引場所に現れる者――おそらくどちらも魔族だが――それらを討つのは必須条件だろう。統率を失った魔物を処理する問題は出てくるだろうが……」


「そこは、この国の冒険者になんとかしてもらうとか?」


「如何せん数が多いからな……それだけでは手に余る公算が高い。もう少し戦力が欲しいところだ。そうだな……闘技場に囚われている他国の冒険者の手も借りられるなら、対抗できるかもしれん」


「分かった。じゃあアルムちゃんたちを助けるついでに、闘技場のほうもなんとかしておいてね」


「無茶を言ってくれる。……まぁ、やってはみるが」


 ヴィドさんは苦笑しつつも、否やとは言わなかった。


「さて、残った一つ、皇帝の宣戦布告に関してだが……」


「めんどくせぇなぁ……一発、皇帝をブチのめして言うこと聞かせりゃいいんじゃねえか?」


 ジャイールさんの台詞に、ヴィドさんが呆れたように言葉を返す。


「相変わらず物騒だな、お前は。仮にも一国の皇帝相手に、暴力で意見を通そうなどと……。……いや、案外悪くもない、か?」


 え?


「力で他者をくだそうとする者は、自身が力で降された場合、応じることが多い。考えてもみれば、先に暴力で我を通そうとしているのは皇帝のほうだ。ならば、自身が同じように暴力に訴えられても文句は言えんだろう。つまり、クーデターだ」


 革命とまでは言わんが、と、ヴィドさんは不敵に笑う。


「現在、帝国の軍は戦力の大半を街の外に展開させている。残りは闘技場と街の封鎖に割かれているのがほとんどだろう。つまり今、皇帝の身を護る人員は、限りなく少ないと言える」


「そこを襲撃して力尽くで脅して、布告を撤回させる」


 アレニエさんの言葉に、ヴィドさんが頷く。


「素直に応じればよし。応じなければ投獄し、代わりの者を臨時の政権として立て、軍を止めるよう掛け合ってもらう。こんなところか。……我ながら、荒唐無稽な気もしているが……現状では、これくらいしか思いつかなくてな。あとは、皇帝の代わりに布告する人員を事前に見つけておきたいところだが……」


「ちょっと難しいかな……さすがに誰も、この国の偉い人に知り合いなんていないだろうし……」


 アレニエさんとヴィドさんがうーんと唸る。それを見ながら私はおずおずと手を上げた。


「あの、それでしたら……」


 三者の視線が、こちらに向けられる。思わず気後れしてしまうが、なんとか続きを口にする。


「確か、ここのご主人さんが――」


 言いながら、目の前の〈盾の守り人亭〉を手振りで示す。


「この街の噂を聞いた時に言っていましたよね、アレニエさん。軍備の拡張に反対した騎士や文官が、投獄された、と。もしかしたら、その人たちなら話を聞いてくれるし、布告の撤回にも協力してくれるんじゃないでしょうか――」


「「――それだ!」」


「わっ!?」


 アレニエさんとヴィドさんの賛同の勢いに驚き、思わず仰け反ってしまう。二人はそのまま若干興奮したように言葉を交わし、作戦をさらに煮詰めていく。


「軍拡に反対していた立場なら、リュイス嬢が言ったようにこちらの話にも耳を傾けるだろう。しかもそれが騎士なら、脱獄させれば即戦力になってくれるかもしれん。ああ、いやしかし、投獄された場所も突き止める必要があるし、そこまで手を回すにはやはり人手が足りんか?」


「それなら、それこそこの街の冒険者を頼ろうよ。戦争に賛成する人ばかりじゃないだろうし、店主のおじさんに聞けば手伝ってくれる人、紹介してもらえるんじゃないかな」


「先刻の反応を見るに、宿の店主も戦争に戸惑っているようだったな。確かに彼ならば話が通じるかもしれん。首尾よく人員が増えれば情報収集も広く行えるし、捕縛された者の解放も捗る」


「それどころか話の持っていき方次第では、ギルドから報酬貰えるかもしれないよ。このまま戦争になれば、帝国は魔物と共謀した裏切り者って汚名を着せられて、後世まで語り継がれることになる。そのあたりをくすぐれば……」


「素晴らしい。やはり悪知恵が働くな、アレニエ嬢」


「命懸けの仕事なら、その分の報酬は貰うべきでしょ。特に今回あなたたちの負担が大きいだろうし、見返りは多いほうがいいと思って」


「ますます素晴らしい。金はいくらあっても困らんからな。そして善行も積み上げて困ることはない。つまり――善は急げだ」


「うん、急ごう」


 そう言うと二人は、揃って宿の表側へと駆け出していく。


「やっと方針決まったか。そうなりゃ、あとは暴れるだけだな」


 物騒なことを呟きながらジャイールさんも足を踏み出し、二人に追随する。それを追いかけて、私も慌てて後に続いた。


「おじさん!」


 アレニエさんが〈盾の守り人亭〉の扉を開くと同時に、店主に向かって声を上げる。


「なんだ、お前さんたち。また来たのか――」


「街を護る依頼を出す気はない!?」


「……はぁ?」



   ***



「……なるほど。事情は分かった」


 ここまでの経緯を聞かされて動揺するかと思われた宿の店主だが、彼は存外落ち着いた態度で口を開いた。


「さっきの物見からの報告もある。皇帝が魔物と密約を交わしているのは、まず間違いないだろう。確かにこのままじゃ、帝国は世界の裏切り者になっちまう。ああ、くそ。やってくれたな、あの皇帝……!」


 やっぱりちょっと動揺はしてるみたいだ。店主は怒りを吐き出すように毒づく。


「……取り乱してすまない。とにかく、この戦争はなんとしても事前に食い止める必要がある。わしにできることなら、協力させてもらうよ。ちゃんと依頼として報酬も出そう」


「それはありがたい。ただで人助けをするほど、善良ではないのでな」


 ヴィドさんの台詞に苦笑しつつ、店主が今度はアレニエさんに目を向ける。


「しかし、お前さんはここでこうしてていいのかい? 他に依頼があったんだろう?」


「どうもこの件、こっちが受けた依頼とも絡んでるみたいだからね。少しぐらいは協力するつもり」


「そうか。まぁ、なんにせよありがたい」


 店主は一度カウンターの奥に引っ込むと、次には何か丸めた筒状の紙を手にして戻ってくる。彼はそれを、こちらに見えるようにカウンターの上に広げる。


「こいつはこの街の地図だ。まずはここを見てくれ」


 地図上で特に目立つのは、やはり皇城と闘技場だ。店主が指し示したのはその闘技場のすぐそばにある、一つの建物だった。 


「闘技場の周辺にはいくつも施設があるが、その中の一つにこの収容所がある。主に軽犯罪者を拘束しておく施設なんだが、刑が確定する前の容疑者を一時的に収容する場所でもある。さっき拘束されたばかりなら、勇者一行はひとまずここに囚われていると見るべきだ」


「捕まったっていう騎士や文官も、そこ?」


「情報を精査する必要はあるが、おそらくそうだろう。つまりわしらは、まずこの収容所を制圧し、捕まった要人を解放させる。次に闘技場へ向かい、警備が手薄なうちに皇帝を襲撃し、布告を撤回させる。皇帝はまだ闘技場から動いていないんだろう?」


「ああ。そういった噂は聞いていない」


 ヴィドさんの返答に、店主が満足げに頷く。


「そして皇帝に、あるいは皇帝の代理人に布告を撤回させ、軍を止める。最後に、残った魔物の大群をなんとかせにゃならんわけだ。……改めて整理すると途方もない気がしてくるな」


 店主は天を仰ぎ、短く息をついた。 


「とにかく人手が必要だ。わしのほうでも信頼できる冒険者に掛け合ってみる。なにぶん急なことだから難しくはあるが、なんとか人数を集めてみせるさ。そうしたら……」


「我々と共に収容所、及び闘技場の襲撃に参加してもらう。そしてアレニエ嬢とリュイス嬢には……」


「予定通り、取引場所に向かうよ。皇帝と取引してた魔族が現れるなら、こっちも無視できないからね」


 アレニエさんの言葉に、皆が頷く。続けて発された彼女の言葉で、全員が動き出す。


「それじゃ、作戦開始だね」

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