11節 合同稽古③

 水を差されたエカルさんは、槍の持ち主にすかさず文句を言う。


「なんだよ、シエラ。邪魔すんじゃ――」


「しますよ。貴方の魔術、殺傷力の高いものばかりじゃないですか。模擬戦で相手を殺す気ですか?」


「模擬戦だからこそ、実戦に近い形式のほうが身になるだろうが」


「それも一理あるとは思いますが、今回はダメです。今日は彼女に経験を積んでもらうのが目的なんですよ? いきなり殺し合いに発展してどうするんですか」


「……それもそうだな」


 納得したエカルさんが拳を引く。それを見た私も、張り詰めていた意識を弛緩しかんさせていく。良かった、落ち着いてくれて……


「悪かったな。あんたがいい腕してるもんだから、少し熱くなっちまった」


「いえ、そんな……」


 私自身の腕を褒められることはあまりないので、ちょっと嬉しい。


「さて、リュイスさんは連戦でしたし、ここで少し休憩にしましょうか。あまり根を詰め過ぎてもいけませんから」


「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 礼を述べてから、私はその場に腰を落として休憩に入る。

 シエラさん優しいな……気遣いは細やかだし、テキパキしてるし、アレニエさんとはまたタイプの違う大人の女性という感じがする。


「そういえば、先輩とアルムのほうはどうなって……」


「お? そっちはもう終わったの?」


 こちらの様子に気づいたアレニエさんが、声を掛けてくる。

 彼女の傍には、疲労と負傷で地面に手をつくアルムさんと、その彼女を懸命に治癒するアニエスさんの姿が……


「終わったというか、ひと段落ついたので休憩しているところです。先輩のほうは……どうやら、相当にしごいたようですね」


「なかなか型が定まらないみたいでね。苦戦してる。こっちも少し休憩したほうがいいかも」


 と、そこへ――


「ま、まだ……」


 這いつくばっていたアルムさんが、立ち上がりながら声を震わせる。


「まだ、やれます……まだ、動けます。だから、もう少し――」


「勇者さま、まだ動かれては……」


「大丈夫、だよ、アニエス。ぼくには〈久身きゅうしん〉の加護もあるし、少し休めばまたすぐ動けるようになる。それに、これくらいで倒れてたら、胸を張って勇者だなんて名乗れないよ」


「勇者さま……」


〈久身〉というのは、体力に関係する加護なのだろうか。それがあってもここまで疲労するぐらい、稽古が激しかったのかもしれない。

 そうして体をふらつかせながらも木剣を構えようとするアルムさんに、アレニエさんが向き直る。


「無理に続けるのは、逆効果かもしれないよ」


 それに対するアルムさんの返答は、けれどまるで関係のない言葉だった。


「……その通りだと、思ったんです」


「うん?」


 唐突な言葉に、アレニエさんが疑問符を浮かべる。


「以前、「いつか魔王を倒せるほど強くなる」と言ったぼくに、師匠は言いましたよね。「いつか、って、いつ」だ、と。「今この場に魔将が現れて襲ってきても、同じ台詞を口に出せるのか」、って」


「あー……うん。言ったね」


 アレニエさんがほんの少し気まずそうに頷く。その場にいなかった私は概要だけしか聞いてないのだけど、そんなこと言ってたんですか?


「もし今その通りのことが起こったら、ぼくは多分、何もできずに魔将に殺されてしまうと思います。そうならないための一番の近道は、きっと師匠に剣を教えてもらうことなんです。それに……このまま続ければ、もう少しで、何かが掴めそうな気がしていて……」


「……そっか」


 彼女の言葉を受けたアレニエさんは、少し嬉しそうに見えた。


「アルムちゃんがそう言うなら、このまま続けようか。でも、これ以上は無理だと思ったら、こっちで勝手に止めるからね」


「……はい! お願いします!」


 そうして二人は、すぐに稽古を再開してしまう。アレニエさんの無数の打ち込みを、アルムさんが手にする木剣で必死にさばいていく。


 先ほどまで傍で治療をしていたアニエスさんも、始めは止めるべきかとオロオロしていたものの、結局はアルムさんの意思を尊重することにしたらしい。離れた場所まで下がってアルムさんを見守っている。彼女が新しく傷を負うようなら、すぐにでも駆け付けるのだろう。


 彼女たちの様子をしばらく眺めてから、シエラさんがぽつりと呟く。


「私たちも、もう少ししたら再開しましょうか」


「……そうですね。お願いします」


 私はアルムさんに視線を向けたまま、その場で立ち上がった。

 彼女は疲労を感じさせながらもただただ真っ直ぐ、実直に、教えられた技を会得しようと苦心し続けている。

 その熱意にあてられたように、この後の私たちの手合わせにも力が入るのだった。



   ***



「……ありがとう、ございました……」


「うん、お疲れさま」


 稽古を終え、アルムさんが頭を下げる。彼女の上半身には至る所に生傷ができており、傍ではやはりアニエスさんが治療につきっきりだった。

 早朝から続けていたこの稽古だったが、少しづつ街に人が増えてきたこと、いい加減アルムさんが疲労の限界だったことから、午前の早い時間に切り上げることになった。


「なんとか、形にはできたね」


「はい……なんとなく、自分の中でやり方を掴めた気がします。後は、感覚を忘れないうちに体に覚え込ませて……」


「それも大事だけど、疲労を取ることも同じくらい大事だからね? 明後日の闘技大会に間に合わせるなら、なおさら……。……」


「? 師匠?」


 言葉の途中で、不意にアレニエさんが押し黙る。


「……大会、ほんとに出る? 今ならまだ辞退する手もあるよ?」


「え、なんでですか?」


「いや、ほら、毎年事故で死者も出るって書いてたし、危ないかな、って」


「あぁ、あのパンフレットの? 大丈夫ですよ。死にそうになる前に審判が止めてくれるし、神官さんも治療してくれるんですよね? 外で魔物と戦うよりよっぽど安全なはずですよ」


「そう、なんだけどねー……」


 アレニエさんが珍しく言い淀んで悶えている。それは昨日、彼女自身が私に言ったばかりの台詞でもある。

 確かにアルムさんが言う通り、ルールで守られた試合のほうが、冒険の旅に出るより遥かに安全だろう。そう、通常なら、そのはずなのだけど……


「……ありがとうございます、心配してくれて。でもぼく、試してみたいんです。この大会で、自分がどれだけ上に行けるのか。これだって、今より強くなるために必要な経験だと思いますし。それに――」


「それに?」


「ぼくには、師匠に教わったこの剣がありますから。どんな相手が来たって、なんとかなりますよ」


 そう言ってアルムさんは、疲れを見せずに快活に笑う。

 自身の努力と、師への信頼感。それらが花開いたようなその笑顔を目にしたアレニエさんは、仕方がないという風に息を吐き、自身も笑み――ただし、少し困ったような――を浮かべる。


「……分かった。もう止めないよ。弟子を信じるのも師匠の務めだろうしね」


「……はい。信じていてください。誰が来たって負けませんから。当日は観に来てくださいね!」


 そう言って彼女は、少しふらつきながら、けれど仲間に支えられながら、この場を去っていく。それを見送ってから、私は隣に立つ彼女に声を掛けた。


「……止められませんでしたね」


 私の言葉に、彼女もため息をつきながら応じる。


「あんな風に言われたら、送り出すしかできなくてね。……ごめんね。もっと上手く引き留められればよかったんだけど」


「謝らないでください。あれ以上無理に引き留めていたら怪しまれていたでしょうし、そうなれば〈流視〉についても言及しなければいけなかったかもしれません。それよりは……。……」


「? リュイスちゃん?」


「……すみません。そもそも、この『目』を秘密にしているから、強く引き留められないんですよね……いっそのこと、今からでも全部打ち明ければ――」


 思いつめる私に、彼女は首を小さく横に振る。


「それこそ謝らないでよ。アルムちゃんの命を護ることも大事だけど、リュイスちゃんの生活を護ることだって同じくらい大事だよ。少なくとも私にとってはね」


「アレニエさん……」


 さすがに勇者さまの命と同列というのは言い過ぎだと思うけど……でも、嬉しい。


「それに、問題の相手は、リュイスちゃんが『見た』長髪の男って分かってるんでしょ?」


「はい……場所は闘技場でしたし、出場者の一人だと思うんですけど……」


「うん。要はその長髪男の挙動に気を付けてればいいんだし、最悪わたしが闘技場に乱入すれば助けられるんじゃないかな。さすがに魔将より強いってことはないだろうし」


「……まさか、また一人で罪を被るつもりですか?」


「ほら、わたしは元々下層の住人だし、あそこに逃げ込めばなんとかなるからさ」


 パルティール王国の王都下層は、王国から切り捨てられた歴史があり、そのため強い自治意識が根付いている。他国はおろか、王国も手を出せない独立した土地になっており、逃亡者や犯罪者が逃げ込む先にもなっている。アレニエさんにとっては十年暮らした第二の故郷でもあり、何かが起きた際の避難先でもあるのだろう。でも……


「申し出はありがたいですが、捕まるような事態にならないのが一番ですからね?」


「分かってるよ。だからそれは最後の手段。とりあえずは、今日の成果が実を結んでくれるのを、願うばかりだね」


 アレニエさんがアルムさんに授けた防御の技。それがあれば、長髪の男と相対しても彼女自身で対処できるだろうか。私は今日の稽古を思い返し、ぽつりと声を上げる。


「……これで、流れは変わるでしょうか」


「そう願いたいね。今日教えた成果をアルムちゃんが発揮してくれれば、大抵の危険は対処できると思う。ただ、まぁ、こればっかりは、実際に事が起きてみないと分からないよね」


「はい……」


「それか、いっそもう一回その『目』が勝手に開いてくれれば、すぐに分かるんだろうけど」


「さすがにそんな都合のいいことは……」


 コオォォォ――……


「「あ」」


 右の視界が青く染まる。次々に情景が流れ込んでくる。

 私は、青く揺らめく光を放つ右目を人に見られないよう、そっと手で覆った。

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