10節 合同稽古②

 模擬戦に応じるという私の返答に、シエラさんは静かに頷いた。次いで彼女は、同行していたもう一人に確認を取る。


「エカルも、構いませんよね?」


「……まぁ、あいつには借りがあるからな。頼みごとの一つくらいは、聞いてやるさ」


「素直に「やる」って言えばいいじゃないですか」


「うるせぇ」


 少し恥ずかしそうにして、エカルさんが悪態をつく。そのやり取りを目にした私は、密かに抱いていた疑問を口にすることにした。


「あの……そういえば気になってたんですけど……槍を扱うシエラさんが相手なのは分かるんですが、魔術師のエカルラートさんも、お相手を?」


「エカルでいいぜ。あー……もう色々バレちまってるからあんたにも言うが……オレは、暗殺のための格闘術を教え込まれている。どちらかと言えば魔術よりこっちのほうが得意なくらいでな。あんたの相手も務まると思うぜ」


 なるほど……そういえば以前、彼が勇者さまを殺そうとした際の得物は素手だったと聞いた気がする。


「先輩がエカルにも声を掛けたのは、そのためみたいですよ。長物の私と、接近戦のエカル、両方と手を合わせる機会だから、と。それに、私たちにとっても貴重な機会ですからね。かの〈聖拳〉の弟子と手合わせできるなんて」


〈聖拳〉クラルテ・ウィスタリア。十年前、魔王討伐に赴いた守護者の一人であり、私の武術の師でもある。彼女らにそれを話した憶えはないので、おそらくアニエスさんに聞いたのだろう。


「それは……ご期待に応えられるかは分かりませんが、精一杯やらせて頂きます」


 私は二人から少し距離を空け、腰を落とし、構えを取る。


「それでは、最初は私から行きますね。模擬戦ですから、こちらでお相手させてもらいます」


 シエラさんは言葉と共に槍を回し、穂先とは反対の側――石突きの部分を前方に向ける。槍ではなく、棍として扱うらしい。


 互いに構えを取ったことを確認し、一呼吸置く。そして……


 ダンっ!


 私は地面を強く蹴り、シエラさんに向かって駆け出しながら、祈りを唱える。


「《守の章、第一節。護りの盾……プロテクション!》」


 左右の手にそれぞれ光の盾を備え、そのまま前方に突進する。

 先手必勝だ。長物相手に距離を取るのは愚策でしかない。特に私は、ただでさえリーチの短い格闘術なのだから、とにかく接近しなくては始まらない。


「ふっ――!」


 シエラさんが呼気と共に迎撃の突きを繰り出す。駆けるこちらに向けて正確に、最短距離を突いてくる石突き。その側面に左手の光の盾を押し当て、わずかに逸らす。そして、そのまま槍を道標にするように接近していく。


 近づいてしまえば、リーチの差は関係ない。どころか、長い得物はむしろ取り回しづらくなるはず。あと少しでこちらの間合いに入る。そう思ったところで……シエラさんの身体が鋭く時計回りに回転し、武器を横一閃に振り抜いてきた。


「っ!」


 寸前で頭を下げ、その一撃をかいくぐる、が……次は、上方からの振り下ろしが私を待っていた。


「うぐっ……!」


 回避が間に合わず、交差させた両手の盾で受け止める。『気』を込められた棍は法術の盾を強烈に打ち付け、その表面にひびを入れる。そこへ……


「しっ!」


 いつの間にか引き戻されていた槍の石突きが、再びこちらへ突き出されていた。


「くぅ……!?」


 反射的に腕を組み、急所を守る。石突きが盾を穿ち、カシャーンと音を立てて砕いてしまう。盾を構成していた光の粒子越しに、シエラさんが再び槍を引き戻すのが見えた。が……


「(ここ!)」


「《プロテクション!》」


 今度は腕ではなく、前方の空間に光の盾を張る。シエラさんが突き出そうとする槍を、力が乗る前に押さえ込むような形で。


「く……!?」


 突きを中途で止められたシエラさんが、わずかに呻くのが聞こえた。その声に向かって駆け出し、一足飛びに距離を詰めた私は、全力で拳を打ち出し……しかし、彼女が構えた槍の柄に防がれる。そのまま彼女は後方に飛び退き、距離を取る。


「はぁ……はぁ……」


 長柄武器と戦うのはこれで二度目だが、やはりまだ慣れない。普段とは違う緊張と疲労が私をさいなんでくる。


「……流石は、〈聖拳〉の弟子ですね……初見でこうまで見事に防がれるとは、思っていませんでした」


 そう語るシエラさんもわずかに呼吸が乱れていたが、私よりはまだ余裕がありそうだった。それこそ経験の差かもしれないし、長物と拳の差かもしれない。


「さて、一旦仕切り直したことですし、ここで一度エカルと交代しましょうか」


 シエラさんはそう言い残すと、すぐにその場を退いてしまう。次いで私の前に立ったのは……


「オレの番か」


 エカルラートさん。暗殺のための格闘術を扱うという,異色の魔術師。


 シエラさんの槍とは違い、今度はどちらも接近しての殴り合いになると思われる。私にとっては慣れ親しんだ距離と言えるのだけど……暗殺拳というのがどんなものか、正直私は全く知らない。油断はできない。


「……よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。……それじゃ、早速いくぞ」


 緊張する私とは違い、簡素に受け答えした彼は、すぐに構えを取り、仕合う準備を整える。そして――


 フっ――


 ほとんど物音を立てずに踏み込み、こちらに向けて拳の一撃を繰り出してくる。


「っ!」


 左手で受け止め、反撃に右拳を打ち出す。しかし今度は相手にかわされ、反対側の拳を打ち込まれる。それを今度は私がかわし……


 先ほどのシエラさん相手とは正反対の、接近した距離。打ってはかわされ、打たれては防いでの繰り返し。膠着こうちゃくした争いは一瞬のようにもいつまでも続くかのようにも思えたが……やがて、変化が訪れる。


「ふっ!」


 何度目かのエカルさんの拳が、私の顔目掛け飛んでくる。ただ、ここまでの交錯で互いのリーチは把握した。この距離ならこちらまで届かないと判断した私は……しかしかすかな違和感を感じ、ほんの少し顔を傾ける。すると――


 ビっ――!


「……!?」


 届くはずのないエカルさんの一撃が、私の顔を寸前で掠めていった。


 ちらりと目をやれば、彼の手の形はいつの間にか拳から貫き手に変化していた。距離に慣れさせたところで相手を仕留めるための技法――人間相手の、暗殺の技だろう。顔を傾けていなければ貫かれていたかもしれない。模擬戦だし、手加減はしてくれていると思いたいけれど……


 私はかわした勢いでわずかに後退し、同時に祈りを唱える。


「《プロテクション!》」


 そして両腕に光の盾を纏わせ、即座に前進する。


 戦いの最中に距離感を狂わせられるのは、何も彼だけじゃない。こうして腕の先に盾を纏わせれば、その分だけわずかにリーチも伸びる。そしてその感覚のズレは、実戦では命取りになりかねない。


「はっ!」


「ちぃ……!?」


 彼もそれに気づいたのか、厄介そうに舌打ちしながらこちらの攻撃を迎え撃つ。先ほどまでよりわずかに大きくかわしながら、反撃の機会を窺っている。


「(このまま押し切る……!)」


 真っ直ぐ打ち込んだ右の拳をかわされ、続けて繰り出した左拳は交差させた両腕で受け止められるが……衝撃でエカルさんの身体がわずかに後退する。


 チャンスだ。私はこれまでより半歩強く踏み込み、彼の胴体に全力で拳を打ち込む。しかし――


 ギュルっ!


 エカルさんは私の拳を受け流しながら身体ごと回転し、こちらの懐に潜入すると同時に肘打ちを顔面に打ち込んでくる!


「っ!」


 私は咄嗟に反対側の拳を――その手が纏った盾を掲げ、肘打ちを防ぐ。攻撃を弾かれたエカルさんがわずかによろめくのが見えた。その隙に、再度拳を全力で打ち込む。


「ふっ――!」


 後ろ足で踏ん張り、すぐに態勢を整えたエカルさんは、弾かれた肘でそのままこちらの拳をガードする。攻撃を防ぎつつ、こちらの拳にダメージを負わせる、攻防一体の防ぎ方。けれど私の拳には、法術によって生み出された光の盾が備わっていた。


 バチィ!


「ぐっ!?」


 光の盾と尖った肘が激突する。予想外の衝撃にエカルさんが呻くのが聞こえた。しかしこちらも無理な態勢で打ったため、その後の攻撃が続かず足が止まる。


 息を整えながら様子を見るが、向こうもすぐに攻めてくる気配はなさそうだった。代わりに彼は、声を届かせる。


「なるほどな……その盾、全力で突いても拳を痛めないよう保護する目的もあるのか。面白い流派だな」


「……ありがとうございます」


 流派を良く言われるとクラルテ司祭自身のことを褒められているように聞こえて嬉しくなってしまう。


「いいな、あんた。本気で面白くなってきた。それなら、こっちも魔術込みで全力で……!」


「はい、ストップ」


 熱くなった様子のエカルさんを遮るように、シエラさんの槍が突き出された。

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