7節 帝都にて①

 荷物を部屋に置いた私たちは宿を出て、デーゲンシュタットの街を散策することにした。


 時刻は夕刻に差し掛かりそうだが、変わらず人の数は多い。先ほどのアレニエさんではないが、私も慣れない人込みに酔いそうな錯覚を覚える。耐えられないほどではないけれど。

 人の波を縫うように歩き、目についた露店で足を止め、屋台で食事を楽しむ。そうして帝都観光を満喫していた私たちだったが、その背に向けて……


「あ!」


 という声が聞こえた時には、声の主はもう駆け出していた。


「師匠―!」


 そう呼び掛けながら、一人の少女がアレニエさんに突進するように抱きつこうとし……


「わっ、と」


 寸前でかわされバランスを失ったところを、当のアレニエさんに支えられ、引き留められる。


「アルムちゃん?」


「師匠~……なんで避けるんですか」


「いや、アルムちゃんの力でぶつかられたら怪我しちゃうでしょ」


「大丈夫ですよ、師匠なら」


 なんだろう、この信頼感。前回の一件だけでずいぶん懐かれてるなぁ、アレニエさん。


 彼女の名はアルメリナ・アスターシア。通称、アルム。魔王を討つための武具、神剣を所持することを許された、当代の勇者だ。

 私より小柄な身体を、軽装の鎧が包んでいる。オレンジ色の髪は長く伸び、頭の上でポニーテールに束ねられている。背には体躯に見合わない長剣を二本背負っている。一本は武骨な造りの通常の長剣。もう一本が、神に選ばれた証ともされる剣、神剣だ。


 以前出会った際、アレニエさんは彼女と決闘をし、打ち負かした。それは、未熟な勇者が先を急ぎすぎることを危惧し、自身の力量を自覚してもらうためのものだったのだけど……決闘に敗れたアルムさんは、なぜかその場でアレニエさんに弟子入りを志願し、以来、彼女を師匠と呼ぶようになった。アレニエさんも満更でもなさそうである。


 ちなみに彼女は〈超腕ちょうわん〉という全身の力を増強させる神の加護を授かっている。小柄な身体に似合わない強靭な筋力を常に発揮しているらしく、大の大人が力比べをしても彼女には到底敵わないのだとか。アレニエさんが彼女の突進を避けたのもそれが理由だ。他に、〈久身きゅうしん〉、〈聖眼せいがん〉という加護も持っているらしいが、どんな効果かは不明だ。


「しばらくぶりです、先輩」


「シエラちゃん、久しぶり。元気そうだね」


 そう言って現れた、細長い槍を背負った戦士風の女性は、昔アレニエさんに冒険者の手解きを受けたというシエラさんだ。彼女は守護者――勇者の護衛の一人でもある。そして彼女の傍には、残り二人の守護者の姿もあった。


「リュイスさん。貴女も健勝そうで何よりです」


「アニエスさん……はい、アニエスさんも、お変わりなく」


 私に対して挨拶をするのは、アニエス・フィエリエさん。私と同じ意匠の聖服を纏った神官の少女だ。それもそのはずで、彼女と私は同じ総本山に勤めている、いわば同僚の間柄、なのだけど……


「……」


「……」


 総本山ではあまり接点がなく、あったとしても私の至らぬ点を彼女が叱責するという構図ばかりの関係なため、会話が続かない。

 そのあたりの話をアレニエさんにしたところ、嫌われてるわけではないのではないか、と言われたのだけど……それが本当かどうか、確かめる術が私にはない。


「魔術師くんも無事だったんだね。守護者も続けてるみたいだし」


「……お陰様でな」


 アレニエさんが声をかけた最後の一人は、とんがり帽子にマントを羽織った、いかにも魔術師然とした姿の青年。確か、エカルラートという名前だったと思う。


 彼の正体は、勇者暗殺を目論む貴族が送り込んだ、暗殺者だ。

 素性を隠して守護者として潜り込んだ彼は、一度はアルムさんを裏切り、殺そうとした。それをアレニエさんが食い止め、処遇を勇者一行に任せたところで私たちは別れたため、その後どうなったのか気になっていたのだけど……こうしてまだ一緒に旅をしているということは……


「一応、礼は言っとくよ。あそこであんたに止められてなけりゃ、オレはアルムを手にかけていたし、今こうして生きていることもなかったはずだ」


「どういたしまして。一緒にいるってことは、アニエスちゃんには許してもらえたの?」


「いや、全く。今もオレを処罰する気満々だぞこの女」


「当然です。あれだけのことをしでかしたのですから。勇者さまが許しても、私は決して許しは――」


「――あの」


 私は話を途中で遮って声を上げる。実はずっと気になっていたのだけど……


「……場所を、変えませんか? 私たち、さっきから注目の的みたいなので……」


 私たちの周りには道行く通行人が立ち止まり、いぶかしげな視線を送り続けていた。まぁ、私たち、というよりは……


「そうだね。ただでさえ勇者一行ってことで人目を惹くし、どこかに移動してからのほうがいいかもね」


 アレニエさんが私の言葉を補足する。ありがとうございます。でも人目を惹くのはアレニエさんもなんですよ。容姿は整っているし、鎧と篭手の色はちぐはぐだし。自覚はないだろうけど。


「それでしたら――」


 今まで黙っていたシエラさんが、ここで口を開いた。


「私たちが泊まっている宿に来ませんか? 大部屋を取っているので、この人数でも問題ありませんよ」


「ほんと? それじゃあ――」


 その提案に素直に乗った私たちは、彼女たちの部屋にお邪魔することにした。



  ***



 勇者一行が泊まっているという宿は、私たちが泊まる場所を探していた際に、一軒目に訪れた冒険者の宿だった。満室とのことで私たちは断られたのだが、そのうちの一室を埋めていたのが彼女らだったらしい。


「おー……広いね、この部屋」


 招かれたのは、ベッドが五つも並ぶ大きな部屋。調度品も揃えられ、綺麗に掃除も行き届いた大部屋だった。


「この宿で一番いい部屋らしいですよ。見晴らしも良くて、ぼくも気に入ってるんです」


「魔術師くんも一緒の部屋なの?」


「いえ、エカルだけ別に個室を取っていて……ぼくは別に一緒でも構わなかったんですけど、シエラやアニエスが男女で部屋は分けるべきだ、って」


「当たり前です。あの男は一度勇者さまを裏切っているのですよ。同じ部屋になど入れられるはずがありません」


「えー……ぼくはもうエカルのこと許してるし、みんなで泊まったほうが楽しいと思うのに」


「ダメです」


「私も、男女が同じ部屋で過ごすのは少し抵抗が……」


「シエラまで。そんなに心配しなくても、エカルはもう襲ってきたりしないと思うよ」


「いえ、それはそうかもしれませんが……別の意味で襲ってくるかもしれないというか、間違いが起こったら大変というか」


 その発言に、この場で唯一の男性からすかさず抗議が飛ぶ。


「ちょっと待て。誰がお前らなんか襲うかよ」


「アルムなら襲うんですか?」


「お……襲うわけ、ねぇだろ」


 からかうようなシエラさんの言葉に、エカルラートさんが少し顔を赤くする。ただ、目の前でそれらのやり取りを見ていた勇者さまは……


「別の意味……? 間違い……って、何が?」


「え……」


 アルムさんの純粋な瞳に、周囲が一様に困った顔を浮かべる。どうやら勇者さまは、こういう方面にはかなり疎いらしい。

 その状況を見かねたのか(あるいはたまたまか)、アレニエさんが別の話題を提供する。


「そういえばアルムちゃんたちも、目当ては闘技大会?」


「はい! ぼくとシエラは出場もしようと思ってるんです」


「腕試しで?」


「それもあるんですけど、実は、旅先でぼくたち宛てに招待状を貰いまして」


「招待状? 闘技場の?」


「はい。大会を盛り上げるために観覧に来てほしい。良ければ出場も、と書かれていたので、思い切って挑戦してみようと思ったんです」


 ここで、シエラさんが少し悪戯っぽく口を出す。


「アルムは先輩に教わった成果を披露したくて張り切っているんですよ」


「シ、シエラ! 何も師匠の前で言わなくても……!」


「そうなの? それはちょっと嬉しいなぁ」


「……えう……そ、そういえば、師匠も大会に出るんですか!?」


「わたし? わたしは――」


 アルムさんが恥ずかしそうに顔を赤くして黙り込み、それからすぐに無理やり話題を変える。その様子を、周りは微笑ましそうに見ている。話が盛り上がっているようだ。

 私はこういう時、上手く話に混ざり込めないため、少しの居心地の悪さを覚えながら立ちすくしていたのだけど……


「――リュイスさん」


 いつの間にかこちらに近づいてきていたアニエスさんに、不意に呼び掛けられた。

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