3節 一対多の決闘

「アレニエさん……」


 リュイスちゃんが心配そうな声をあげるが、わたしは彼女の肩にぽんと手を乗せてから、少し離れた位置まで下がってもらった。


 さて。大きい口を叩いたからには、リュイスちゃんに心配かけないような勝ち方をしないといけない。わたしはさりげなく気合いを入れて、目の前の四人を見据える。


 向こうは、前衛に勇者ちゃんとシエラちゃん。後衛に神官ちゃんと魔術師くん。

 その前衛のシエラちゃんは、緊張した面持ちで隣の勇者に注意を促していたが……


「気をつけてください、アルム。素手とはいえ、彼女はこの場の全員でかかっても勝てるかわかりません。連携して――」


 ダっ!


 シエラちゃんの言葉の途中で、勇者が単身、突撃してくる。


「はああぁぁぁっ!」


 気合いと共に剣を大上段から振るう勇者。小柄な体に似つかわしくない長大な剣を、彼女は軽々と振るう。

 大振りのその剣は、かわす前から狙いが丸わかりのものだったけれど……その後の剣撃は思った以上に鋭く、地面を強く打ち付けながら土砂を広範に撒き散らす。


「――っ!」


 力が強いのは先刻の握手で予想できていたが、それをさらに上回る破壊力に少なからず驚愕し、飛び散る土に顔をしかめる。


 リュイスちゃんより小柄なのに、どこからこんな力を発揮しているのだろう。下手をすれば、あの大男くんといい勝負かもしれない。彼があの時、「面白い」と評していた理由は……


 続けて、二撃、三撃と剣を振り回す勇者だったが、わたしはその全てを余裕をもってかわしていく。膂力りょりょくには驚いたけど、それ以外は事前に感じた通りだ。技も経験も圧倒的に足りない。


 いくら剣を振れど全く当たる気配がないことに業を煮やしたのか、彼女は今までよりも大きく前方に踏み込み、横薙ぎの一閃を繰り出してくる。が――

 わたしは力を抜き、重力に預けた体を沈み込ませ剣閃をかい潜りながら、勇者の足元を蹴り払った。


 スパンっ!


「――……!?」


 宙を半回転して倒れ込む勇者。おそらく一瞬のことで、本人はなにをされたかも分かっていないだろう。

 そうして倒れる勇者の陰から獣のように這い出し、わたしは次なる相手――シエラちゃんに向かって駆け出す。


 元から警戒していたのだろう、こちらの動きに合わせて彼女は即座に槍を突いてくる。

 跳躍してその一撃をかわし、彼女の頭上をとる。が、こちらの動きを予測していたのか、彼女は槍を即座に引き戻し、背後に背負い投げるように振り回して自身の頭上を、そこにいるわたしを薙ぎ払おうとする。

 自分を追いかけてくるその槍をわたしは……穂先の下、柄の部分を靴底で蹴って防ぎ、それを足場代わりにしてさらに跳躍した。


「なっ……!」


 シエラちゃんが漏らす驚きの声を背に、前方へ跳ぶ。

 向かう先には、魔術を詠唱中の魔術師くん。わたしは空中で姿勢を制御し、そのまま無防備なところを蹴り飛ばそうとする。が――


「くっ!?」


 彼は自分が狙われていることに気づくとすぐさま詠唱を破棄。腕を十字に組み、わたしの蹴りを受け止めてみせる。


「(……防がれた?)」


 接近戦に不得手な魔術師なら、防ぐどころか反応もできないと思ってたんだけど……武術の心得でもあるんだろうか、この魔術師くん。

 ともあれ、今度は彼の腕を足場にして態勢を整えたわたしは、反対の足で彼の顔面を蹴りつけて跳躍する。


「がっ!?」


 そして神官ちゃんの目の前に着地し、最後に彼女の額に指を突き付けた。


「うっ……」


「はい、おしまい」


「きゃっ!?」


 たじろぐ少女の額を指で弾くと、彼女はその場に倒れ、尻もちをつく。

 周囲を見回せば、まともに立っているのはシエラちゃんだけだった。わたしは彼女に短く問いかける。


「続ける?」


「……いいえ、降参です」


 そう告げると彼女は緊張を解き、疲れたようにその場に座り込むのだった。



  ***



「これで分かったでしょ? どれだけ実力が足りないか。ただの一冒険者のわたしに勝てないようじゃ、魔王どころか魔将も倒せないよ?」


 戦いを終えたわたしは、うなだれる彼女らに言葉で追い打ちを加えていた。


「今の実力じゃ無駄死にするだけだと思うし、修行してから出直したほうがいいんじゃない?」


 察しのいい人はとっくに気づいてるだろうけど、これがわたしが思いついた方法だった。

 彼女らに実力を自覚させ、腕を磨くよう促せば、しばらく足止めできるうえ、死ぬ可能性も下げられるんじゃないかという浅知恵だ。

 勇者の旅の邪魔をしたら極刑の可能性もある、というのを思い出したのは戦い終わってからだった。なにせ急に思いついたので。最悪の場合は逃げよう。


「……でも、ぼくは勇者だから。困ってる人を助けに行かなきゃ……魔王を、倒さなきゃいけなくて……」


 ……この子は、とても真面目な子なのだろう。与えられた務めを果たそうと、必死に勇者になろうとしている。その姿勢は、あの絵本の勇者を想起させて好ましく思えたけれど。


「あなたが死んだら、それこそ魔王を倒す手がなくなっちゃうでしょ?」


「う……」


 魔王を倒す唯一の手段、神剣。それを扱える勇者が命を落とした場合、新たな使い手を見つけ出すまでの間、人類は対抗手段を失ってしまう。だからこそ魔物の側は、常に勇者の命を狙っている。


 彼女は悔しさからか両手を握りしめ、俯いたままで口を開く。


「……あなたの言いたいことは分かります。先に進むためには、もっと実力が必要だと」


 良かった、分かってくれたみたいだ。表には出さないが、内心で安堵する。


「でもぼくは、やっぱり困っている人たちを助けたいし、一刻も早く魔王を倒しに行きたいです。だから……」


 そう言うと彼女は顔を上げ、なにやら覚悟を決めたような表情でこちらを見つめる。そして、懇願する。


「だから、ぼくに戦い方を教えてください、アレニエさん……――いえ、師匠!」


「…………はい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る