2節 新たな勇者
ダンっ!
木から木へと飛び渡り、目的の冒険者たちの元へ辿り着いたわたしは、あえて足音を殺さずに着地した。
突然現れたわたしという
全員が、わたしより年若い人間だった。
引き締まった体を鎧で覆い、自分の背丈以上の長さの槍を構える、赤髪の女戦士。
金髪碧眼の整った顔立ちに警戒感を滲ませている、聖服を纏った神官。
とんがり帽子にローブ姿、油断なくこちらを見ている、青年の魔術師。
そして最後の一人。小柄な体に軽装の鎧を纏い、長い髪をポニーテールに結わえた少女。その背には、体に不釣り合いな長剣を二本背負っている。
一本はありふれた見た目の普通の剣。けれど、もう一本の神秘的な意匠を施されたその剣は……先代の勇者がわたしに向けて振るったものと同じ――神剣。
それを手にする彼女は何者なのか?――答えは一つしかない。そもそも顔だけは上層に忍び込んで見てきたことがある。勇者の顔を――
と、その仲間の一人、槍を手にする女戦士が、こちらに向けて声を掛けてくる。
「……先輩?」
「……あれ? シエラちゃん?」
全員はじめましてかと思ったら、一人知り合いが混じっていたみたいだ。
「ああ、よかった。やはり先輩でしたか。賊かと思い警戒してしまいました」
かしこまって言いながら警戒を解くシエラちゃん。彼女は誰に対してもこういう喋り方をする。
「……シエラの知り合い?」
「はい。私の冒険者としての先輩です」
勇者の問いに、彼女は幾分か警戒を和らげた様子で答えていた。
わたしもシエラちゃんのことは憶えている。王都中層の店で依頼を受けた際、一緒に組んだことのある子だ。どうして組んだかといえば可愛かったからだ。
なんでも、実家が高名な戦士の家系とかで、彼女もそうなるべく厳しく鍛えられてきたとか。
その頃はまだ駆け出しだったけど、きちんと経験を積んで独り立ちしたらしい。まさか守護者になってるとは思わなかったけど。
「そっか、シエラの知り合いなんだ。じゃあ大丈夫だね」
……なにが大丈夫?
勇者の少女は警戒をすっかりと解き、自己紹介しながら右手を差し出す。
「ぼくは、アルメリナ・アスターシア。アルム、って呼んでください。一応、勇者をやってます」
「あ、うん……」
一方のわたしは、その手を取るのに躊躇していた。
だって相手は、わたしが会うのを切望していた勇者なのだ。
先代との出会い――というより遭遇――は、人生を変えるほどの衝撃だった。トラウマとも言う。
今の勇者がどんな人間なのか、わたしは期待と不安を抱きながらこの場に来たのだ。すんなり手を取れなくても仕方がないと思う。
というか、わたしが警戒しすぎなのを差し引いても、この子少し警戒心が足りなくない? 知り合いの知り合いだからって、すぐに心を開きすぎなのでは。
しばしの葛藤の末、わたしは彼女の手を握った。
「……わたしは、アレニエ・リエス。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
少女は屈託のない笑顔を浮かべながら、わたしの手を握り返す。と……
ギシ……
「(痛っ?)」
彼女の握る力が思ったより強く、胸中で声を漏らす。
何食わぬ顔で挑発してきているのかとも思ったが……
「? (にこっ)」
どうもこの表情からすると、喧嘩を売られているわけでもなさそうだ。生来の力が強いのかもしれない。
それに握手で探ってみた感じ、握力以外の印象は見た目通り、駆け出しを脱するか否かというところだろう。
「(それにしても……)」
握っていた手を離し、目の前の少女を改めて観察する。その表情は、先程から変わらず曇りがまるでなく、見れば見るほど〝あの〟勇者とは重ならない。
新しい勇者に会ったら、どんな人間か知りたいと思っていた。
先代のように魔を憎む戦闘狂なのか。わたしみたいな存在をどう思うのか。直接会って確かめたかった。
でも実際に会ってみたら、先代とはなにもかもが違いすぎて、正直困惑している。
どんな勇者なのか知りたかったのに、むしろどうなるのかまだ分からない状態、と言えばいいだろうか。
神剣を手に旅に出てしばらく経つはずなのに、この無垢な瞳はなんだろう。箱入りだったリュイスちゃんより経験が少ないように見える。肉体的にも精神的にも。
こんな子が魔将に命を狙われたら、それは為すすべもなく殺されてしまうことだろう。なんか急に心配になってきた。
「それで先輩は、どうしてここに? なにかの依頼の途中でしたか?」
「わたし? わたしは……」
わたしが受けたのは、あなたの隣でのほほんとしている勇者を助ける、って依頼なんだけどね。口にはしないけど。
さて、どうしよう。
思わず接触してしまったものの、その先はなにも考えていない。勇者らしき姿を見つけて思わず飛び出してしまっただけだ。そもそも先述の通り、見定めるには早いように思う。
それにわたしたちは、彼女たちより先に〈流視〉で見えた場所に向かわなきゃいけない。できればどこかで足止めしておきたいけれど。
頭の普段はあまり使わない部分をフル回転させ……そこで、不意に思いつく。彼女たちの足を止められる、かもしれない方法を。
「……わたしは、あなたたちを見にきたの。噂の勇者さまとその仲間たちがどんな子かと思ってね。でも、実際見てガッカリしたよ」
「え……」
「実力も経験も全然足りない。これじゃ魔王や魔将どころか、そこらの魔物にもうっかりやられちゃうんじゃない?」
「なっ……! 貴女、勇者さまに向かってなんて口を……!」
今まで黙って見ていた神官の少女が、怒気も露わに抗議してくる。
「先輩……急に、なにを……」
シエラちゃんも不安げにこちらを問い質してくる。が、それを努めて流しつつ、わたしはいつもの笑顔に不敵なものを浮かべてみせる。
次に不満を表してきたのは、魔術師の青年だった。
「急に出てきたやつに好き勝手言われるのは気に食わないな。オレたちがそんなに弱いってのか?」
「そう言ってるつもりだけど?」
こちらを睨みつけてくる魔術師くんにも笑顔で返答する。彼はそれに、こちらを睨む目をさらに鋭く細める。
「ぼくは……ぼくらは、絶対に世界を救ってみせます」
そして勇者の少女は静かに、けれど強い口調で反論する。
「今は、あなたの言う通り未熟かもしれません。でもいつか、この手で魔王を倒せるくらいに強くなって……!」
「いつか、って、いつ?」
「え……」
「今の通りに旅を続けるだけでも、もしかしたら本当に魔王を倒せるほど強くなれるかもしれない。その可能性は否定しない。けど、それまで魔物側が黙ってると思う?」
「……それは……」
「今ここに魔将が現れて襲ってきても、あなたはさっきと同じ台詞を口に出せるのかな」
「っ……」
と、
「――アレニエさん……! はぁ、はぁ、やっと、追いついた……」
「あ、リュイスちゃん」
置いてけぼりにしたリュイスちゃんが追いついてきたみたいだ。その背には、自分のと一緒にわたしの荷物も背負われている。
「急に飛び出してどうしたん、です、か…………って、ゆ、勇者さま……!?」
少ししてから勇者の存在に気づき、彼女は素っ頓狂な声をあげる。そして、彼女らがわたしのことを険悪な様子で睨んでいるのにも気がついたようだ。
「…………あの、聞くのが怖いんですが、これは、一体どういう状況なんですか……?」
「勇者に喧嘩を売ってました」
「なんで!?」
あっさりと答えるわたしにリュイスちゃんが小声で猛抗議する。
「(なに考えてるんですかアレニエさん!? 助ける相手に喧嘩売ってどうするんですか!)」
「(いや、色々理由があって。まぁ落ち着いて)」
「(落ち着いてられませんよ!)」
当たり前といえば当たり前だが、彼女は納得してくれない。なおも抗議しようという構えだが、その彼女を見て、向こうの神官の子が怪訝な声をあげる。
「……リュイス、さん? どうしてこんなところに、貴女が……」
「……アニエス、さん……」
どうやら、こっちも知り合いだったみたいだ。
リュイスちゃんは王都で〈総本山〉と呼ばれる最も権威のある神殿に務めており、着ている聖服も他とは違う特別に誂えられたものを纏っている。
よく見れば、あっちの神官の子も同じ総本山の聖服を着ている。リュイスちゃんとは同僚といったところなのだろう。
「ここでなにをしているのですか、貴女は。そこの無礼な冒険者の方とは、お知り合いなのですか」
「それは……、……」
しかし同僚の間柄にしては、リュイスちゃんの答えは歯切れが悪く、要領を得ない。依頼や〈流視〉については話せないのもあるだろうけど……どうも、彼女個人を苦手にしているようにも見える。
いや、そもそもリュイスちゃんは以前、「総本山に居場所がない」と言っていた。となれば彼女もただの同僚ではなく、居場所を狭める原因の一つ、なのかもしれない。
と、リュイスちゃんへの助け舟というわけでもないだろうが、勇者が彼女らを遮って声をあげる。
「……納得できません。実際に腕を見てもいないのに、そんな風に言われるなんて」
かかった。
わたしは心中で喝采をあげながら、努めて笑顔のまま勇者を挑発する。
「なら、実際に試してみようか?」
「……あなたと決闘でもしろと言うんですか?」
「ううん、わたし一人対あなたたち全員」
「は?」
「それに武器も使わない。そっちは全員使ってもいいけどね」
勇者は呆気にとられたあと、段々とその表情に不満を表していく。そして、後ろの二人の反応はそれ以上だった。
「要するに、あんたはオレらを馬鹿にしてるってことだよな……!」
「このような屈辱、生まれて初めてです……!」
魔術師と神官の二人はビキビキと青筋を立て、怒気も露わにこちらを睨みつつ、戦う準備を始める。どうやら沸点が低いらしい。
勇者も、背負っていた剣――神剣ではなく、もう一本の長剣のほう――を抜き、構えを取る。
シエラちゃんは一人おろおろしていたが、周りの様子を見て一つため息をつくと、こちらに問いかけてくる。
「……先輩。どういうつもりなのかは分かりませんが、本気、なんですね」
「うん、本気でやるよ」
「……分かりました」
彼女は観念したように嘆息してから、自らもその手に槍を構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます