5-2 慈悲の町 シャリテ
(シャリテはどんな町なんだろう)
トレランティアは、古くから伝説が息づいていると感じさせる雰囲気があった。
アルズはトレランティアと雰囲気が似ているが、アルズ特有の華やかさがあった――その分、リインカーネーションを支えてきた一族の彼らが経営していた宿がいかに追い込まれていたのかがよくわかった。
では、シャリテはどのような町なのか。町に辿り着くための道は整備が行き届いていない厳しいものだったが、町は一体どのような状態になっているのだろうか。
少しの不安と、新たに目にすることになるだろう未知の景色に少しだけリーリャの胸がわくわくする。
だが、眼前に広がった景色を目にした瞬間、わくわくした気持ちは一瞬でかき消えてしまった。
「……え?」
リーリャの唇から、呆然とした声がこぼれる。
アヴェルティールも馬を止め、大きく目を見開いて眼前にある町を無言で見つめていた。
故郷の農村は田舎だが、多くの人が穏やかに過ごしている平和な村だった。
王都は国王のお膝元なだけあって非常に発展しており、大勢の人々が平和に暮らしている豊かな大都市だった。
トレランティアも王都ほどではないが発展しており、アルズは平和で華やかな印象があるが一部の人間が暮らしにくそうにしていた。
訪れた場所によってそれぞれ特徴が異なるが、そこで暮らしている多くの人々は平和に暮らしているという共通点があった。
しかし、今。リーリャとアヴェルティールの目の前にあるシャリテの町は、これまで見てきた町との共通点が一切見当たらなかった。
「……なんで……」
呆然としたリーリャの呟きに答える者は、誰もいない。
シャリテの町は、一言で表現するならば活気もなければ人の気配もほとんど感じられない町だった。
トレランティアでもアルズでも、そしてもちろん王都でも目にした、町の中へ入るためのゲートがない。もちろん兵士が駐在している詰め所もなく、あるのはその役目を果たしていたと思われる空っぽの小屋のみ。トレランティアのような、町を外の脅威から守るための設備も存在していない。
荒廃しきったわけではないが、他の町や村、都市よりも明らかに元気がない町だった。
「……どういう、こと……」
この世界は現在、滅びへ向かっている。
いつか終わる恐怖を皆抱えているが、リインカーネーションの聖女や聖人という希望を信じ、皆が皆、懸命に生きていた。
国王も民が穏やかに過ごせるように考え、力をつくしてくれている――滅びへ向かう世界でも治安が悪化せず、人々が穏やかに暮らしているのはそのおかげだ。
リーリャはそう信じていた。信じていたし、聖女教育が行われていたときもそのように聞いていた。
だというのに、シャリテには国王の心も、民が穏やかに暮らすことを願う祈りも届いていない。
他の町や村、都市はあんなにも発展し、穏やかに暮らす人々の姿があったというのに。
ここは――あまりにも、他の町や村、都市と違いすぎる。
「リーリャ」
名前を呼ばれ、リーリャははっと意識を取り戻した。
目の前に広がる現実と事前に聞いていた情報が大きく異なり、混乱のあまり固まってしまっていたらしい。
慌ててアヴェルティールへ意識を向けると、馬から降りてこちらを見る紫の目と視線が絡んだ。
「リーリャ」
もう一度、今度は凛とした声でアヴェルティールが呼ぶ。
こちらを見つめる紫の目は落ち着いており、混乱を感じさせない。少しの冷たさを感じさせるが、よくよく見れば奥にわずかな優しい光が揺れていた。
混乱していたリーリャの頭が少しずつ、けれど確かに落ち着きを取り戻していく。
「いろいろ気になることはあるだろうが、まずは町に入ろう。完全に廃れていないんだ、人がここに住んでいるはず」
シャリテの住人に出会えば、一体ここで何が起きているのかわかるはずだ。
差し伸ばされたアヴェルティールの手にそっと己の手を重ねて握り、馬から降ろすために引っ張る力に身を任せ、抱き寄せるような形で馬の背から下ろしてもらった。
(アヴェルティールさんの言うとおりだ。まずは町に入って、住んでる人たちの話を聞かなきゃ)
町の入り口でぼうっと立っていても、何も始まらない。
シャリテで何が起きているのか知るためにも、行動に移さなくては。
きっと、かつてこの世界で生きていた初代リインカーネーションもそうするだろうから。
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