3-7 希望の町 アルズ
喉から発される声がわずかに震えている。
信じられないものを目にしたかのように、ゆっくりと大きく目が見開かれるのを感じる。
最初から短命で、頻繁に代替わりが行われ続けてきたのであれば違和感や不自然さは感じない。現在伝えられている伝説のように、昔からリインカーネーションたちは自らの命を捧げて世界を救ってきたのだと納得もできた。
昔のリインカーネーションのほうが長命であったと推測できる記録が残っているからこそ、違和感や不自然さを感じてしまう。
ある年を境に、突然リインカーネーションたちが短命になったと感じられてしまうため、その違和感や不自然さはより鮮明なものになる。
「ああ。昔のほうがリインカーネーションは長く生きていたと思われる記録がある。実際に、昔のリインカーネーションは長命であったと知っている者たちもいる。おそらく、ここの主人とあの少年がリインカーネーションを支え続けてきた一族だというのは真実だ」
こん。軽い音をたて、アヴェルティールの指先がテーブルを叩いた。
初代リインカーネーションが残した手紙。
アヴェルティールが目にした記録の中に潜んでいた違和感。
リインカーネーションを支え続けてきたけれど、現在伝えられている伝説の中には登場していない一族。
今代のリインカーネーションに選ばれて、巡礼の旅を始めなければ知らなかったかもしれない情報がリーリャの脳内に並んでいく。
(……もしかして、本当に……今と昔で、リインカーネーションの話が違うように伝えられてる……?)
もしそうだとすれば、誰が、何のために? どのような目的を持って?
かつてのリインカーネーションたちが長命だったことを知っている一族がいるのなら、そして途中から代替わりが頻繁に行われるようになった記録があるのなら、途中から異なる形でリインカーネーションの話が伝えられるようになったと考えられそうだ。
ならば。ならば、代替わりが頻繁化した年に何が起きたのかを具体的に知ることができれば――?
「……あの。リインカーネーションの代替わりが頻繁化した年代って……何が起きたのか、ご存知ですか?」
おずおずとリーリャはアヴェルティールへ問いかける。
しかし、アヴェルティールは渋い顔をして首を緩く左右に振った。
「結構な昔のことだ。さすがにそこは改めて調べてから、改めて考えたいところだ。憶測で推理をして、真実を見誤るわけにはいかない」
「……そうですか。わかりました」
この場ですぐに答えが予想できないのは残念だが、慎重になりたいアヴェルティールの気持ちもわかる。
リーリャとアヴェルティールがやろうとしているのは、長く言い伝えられてきた伝説の否定なのだから。
「ところで、リーリャ。お前は初代リインカーネーションからの手紙を見つけたと言っていたな。それも確認させてもらってもいいか?」
「はい」
アヴェルティールにとって、あの手紙も現在の伝説が真実か否か見極める材料になるはずだ。
まっすぐにアヴェルティールを見つめ、リーリャはこくりと小さく頷いた。
懐から手紙を取り出し、アヴェルティールが封筒から中身を取り出す。便箋と一緒に転がり出てきた指輪をテーブルの上に置き、手紙の内容へ目を通し始めた。
無言で手紙を読み続けること数分。全ての内容に目を通し終わったアヴェルティールは、軽く息を吐いて便箋を封筒の中に戻した。
「……なるほど」
納得したように一言、呟いてから。
「よくやった、リーリャ」
「!」
アヴェルティールの手がリーリャの頭に触れ、さらりと髪を撫でた。
たったそれだけ。ほんのわずかなふれあい。
けれど、リーリャを褒める言葉とともに与えられたその体温は、じんわりとリーリャの胸を温めた。
「初代リインカーネーションがこういった手紙を残しているのなら、今と昔で伝説の内容が異なる可能性が高まったと考えられる。捻じ曲げられて伝えられたのか、それとも時間の流れの中で少しずつ変化して今に至っているのか、どちらなのかはわからないが」
「……けど、わざわざ後世のリインカーネーションにこんな内容の手紙を残したのなら、自然と伝説が変化したというよりは……」
捻じ曲げられて伝説が伝えられるのを警戒したのでは?
全てを口に出さず、リーリャはちらりとアヴェルティールへ視線を向けた。
アヴェルティールもまた、答えを口には出さず、小さく頷くだけだ。
言葉にしない以上、互いに考えていることが一致しているか確かめるのは難しい――だが、不思議と同じ答えに辿り着いていると思えた。
「夜が明けたら、次の神殿を目指して移動する。次の神殿にも何らかの手がかりがあるかもしれない。お互いに何かないか見落としがないようにしよう」
「わかりました」
「……とはいえ、何か予想外のことが起きれば難しくなるだろうが、な」
トレランティアの神殿であのような仕掛けがあった以上、次に向かう神殿にも同じような仕掛けが隠されている可能性は十分考えられる。
リーリャもリインカーネーションの伝説の真実と、今と昔の姿を知りたいと思っている以上、次の神殿にも何か隠されていないか見て回るのを断る理由はない。
(予定どおりに次の神殿を調べられそうだったら、しっかり見て回らないと)
決意を固め直し、胸の前でぎゅっと強く両手を握りしめる。
そんなリーリャの様子を眺めながら、アヴェルティールは古ぼけた指輪を手に取り、光にかざした。
「……この指輪の正体も何か、考えなくてはならないな」
はつり。新たな目的を小さく声に出し、紫色の目をゆっくり細めた。
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