第三話 希望の町 アルズ
3-1 希望の町 アルズ
「初代リインカーネーションから、後世のリインカーネーションに宛てた手紙だと?」
「はい」
大地を駆ける音とともに、周囲の背景がすごい勢いで流れていく。
揺れる馬の背から放り出されないように気をつけながら、リーリャはアヴェルティールに頷いた。
トレランティアの神殿での祈りを済ませ、次の神殿を目指す道中。神殿内では打ち明けにくかったことも、目的地に辿り着くまで移動し続ける馬の上なら安心して話せる。馬が走る音で声がかき消されてしまう可能性も考えたが、どうやら無事にアヴェルティールの耳に届いたようだ。
視線は正面へ向けたまま、けれど耳はリーリャの声を逃さないように耳を澄ませながら、アヴェルティールが訝しげな顔をする。
「そんなものが祈りの間にあったのか?」
「床の一角にある仕掛けを起動しないと見つけられないようになってて……。なんで、私がその仕掛けを起動できたのかは……よく、わからないんですけど……」
手紙には『あなたは誰よりも私に近い力を持って生まれてきたことでしょう』と綴られていたが、一体どういうことなのかはっきりしていない。
だが、あの仕掛けは全てのリインカーネーションが起動できるわけではない――ということはなんとなく予想ができた。
「盗み出すような真似をするわけだから……罪悪感はあるんですけど、初代リインカーネーションがこうやって一部の人にしか見つけられないようにしたのなら……内緒で持っていったほうがいいのかもって思ってしまって……」
初代リインカーネーションが一部の人しか手にできない仕掛けが施された場所に手紙を隠していた辺り、何らかの条件を満たす後世のリインカーネーションのみに渡ることを願った可能性もある。
リーリャ自身が神殿守には秘密にしておくべきだと感じたのが大きな理由だが、戸惑いや緊張が抜けた頭で改めて考えるとそういった可能性も脳裏にちらついたのだ。
「あと、手紙と一緒に指輪も入っていました。古そうな指輪で……誰のものなのか……わからないんですけど……」
今はアヴェルティールに渡した封筒の中に、手紙と一緒に入っている指輪。
初代リインカーネーションの手紙と一緒に隠されていたものだ、初代リインカーネーションと何らかの関係があるものではありそうではある。
そこまで言葉を紡いだところで一度言葉を止め、リーリャはアヴェルティールを見上げる。
真っ直ぐに前を見つめているアヴェルティールの表情からは何を考えているのか、いまいち読み取りにくい。けれど、彼が何かを考えているのは雰囲気からなんとなく感じ取れた。
「……もうじきに、一時的に滞在する町に到着する。宿の中でその手紙がどのようなものだったか、見せてもらっても?」
「はい」
言葉を返し、リーリャは頷いた。
アヴェルティールも、リーリャが祈りを捧げている間に初代リインカーネーションについての本を読んでいたはずだ。リーリャにはわからなくても、アヴェルティールは何らかの情報を得ているからわかることもあるはずだ。
リーリャにとって、アヴェルティールは突然馬車を襲撃してきた襲撃犯だ――けれど、リインカーネーションの伝説が今と昔で伝えられ方が変化しているのか確かめなくてはならなくなった今、彼は協力者に近い人間でもある。
ある意味、一種の仲間のような存在になったからこそ、情報共有はしっかりしておきたかった。
「……さあ、見えてきたぞ」
アヴェルティールに促され、リーリャも視線を正面へ向けた。
進む道にぽつぽつと街灯らしきものが増え始め、夜闇に包まれた中でも迷わずに町まで辿り着けるように整えられている。
その道が続く先に、一つの町がある。トレランティアとは異なり、城壁らしきもので守られている様子はない。城壁以外の何かで外部の脅威から町の住民を守っているのが予想できた。
「あの町が、次に滞在する町。次の神殿へ向かう前に利用される休息所――アルズの町だ」
リーリャとアヴェルティールを乗せた馬が力強く大地を駆け抜け、アルズの町へどんどん近づいていく。
少しずつ馬を減速させて門のすぐ傍で止まると、門番たちがアヴェルティールとリーリャへと視線を向けた。
馬を止め、まずはアヴェルティールが馬の背から降り、次にリーリャを抱きかかえるようにして優しく降ろす。
門番たちはアヴェルティールとリーリャを少々訝しげに見ていたが、リーリャが身にまとう祭服やアヴェルティールが身につけている胴当てや篭手に気づき、はっとした顔をした。
「聖女様、巡礼騎士様!」
「お二人だけでどうされたのですか。他の護衛の方々は……?」
「少々想定外のトラブルが起き、巡礼騎士は私のみです。アルズの町に入るための手続きをしたいのですが」
「もちろんです。どうぞ、こちらへ」
門番の一人がリーリャとアヴェルティールを門の傍にある詰め所のような建物へ案内する。
トレランティアに続いてはじめて訪れる町に、リーリャの胸でわずかな緊張と好奇心が渦巻いていた。
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