願い / アールグレイ

追手門学院大学文芸部

第1話

 歩くたびに突き刺さっていた寒さが和らぎ、暖かい日差しが増えてくる季節。三階の教室からはいつもより大きい声の号令が聞こえた。そしてほとんどの生徒は教室を惜しみながらにぎやかさと共に帰路に就く。

「とうとう明日かぁ」

「あっという間だったね」

「本当にね。こうやって学校でしゃべるのも明日でも終わりだし」

 卒業式を翌日に控えた少女二人は、いつもより賑わっている教室前の廊下を流れの反対に進む。所々開いている窓から流れ込む、まだ少し冷たい春の風が二人の髪を揺らしていた。

 

「あっ先輩方! 待ってましたよ!」

 彼女たちが向かっていたのは、三年間所属したクイズ部の部室だ。その部室には、卒業生の二人を送るため、一、二年生の後輩たちが集まっていた。

「よし、今日の主役たちが来たので、毎年恒例の卒業生送りだし会を始めます!」

 新しく部長になった女子生徒の挨拶により、二人のテンションは上がっていた。

「楽しみにしてた!」

「今年はどんなクイズなのかな」

「はい、じゃあ俺から今回のルール説明をします。まず初めに、新部長から俺たち二年が作った問題とタイマーを受け取ってください。次に、その問題を番号順に解くと文字が見つかります。①~③を全て解くと最終問題がある場所がわかりますので、それを解いて部室に帰ってきたらゴールです」

「すごい! 今年は謎解きイベントなんだ!」

「面白そうだね」

「制限時間は三十分です。俺たちはここで待っているので、行ってきてください」

 二人が待ち遠しくしていると、嬉しそうな顔の新部長から①~③の番号が振られた問題用紙とタイマーを手渡された。

「あ、企画した新部長が褒められて嬉しそうにしてます」

「え、ちょっと、そういうの言わなくていいから!」

 後輩たちの微笑ましい掛け合いを見たあと、二人は目を合わせ、ふふっと笑った。


 後輩たちに見送られ、部室を後にする。三十分に設定されたタイマーのスタートボタンを押し、問題用紙に目を向ける。

「さて、まず一問目を解いていこう」

「うん。えっと、一問目は平仮名と数字がそれぞれ八個ずつ並んでいるね」

  のむのいわなたを

  43013162

「ああ、これはクイズの鉄板の一文字ずつ下にある数字の分ずらす問題だよね」

「そうだね。だからこれを前にずらしてみると……あ、“なべがあるところ”になった。鍋がある所といえば、調理実習室だね」

「向かおう!」

 部室のすぐ横の階段を上がって、二階の中央にある家庭科室を目指す。

 先ほどよりも静かな廊下を通り、家庭科室の扉を開くと家庭科部の部員が集まっていた。

「あ、きたきた。クイズ部だよね?二年生が黒板に何か貼ってたよ」

 黒板に目を向けると、二つ折りにされた白い紙が貼られている。その紙手に取り開くと、黒いペンで“さ”とだけ書かれていた。

 一つ目の文字を得た二人は、家庭科部に礼を言うと足早に家庭科室を後にした。

「次に行こう。二問目は、英単語の下に日本語の文がある問題だ」 

  Dlue, Grein, Orenge, Blace, Rad, Puaple

   青、緑、橙、黒、赤、紫

「明らかにスペルが違うね」

「間違ってるものを抜き出してみよう」

「D, I, E, E, A, A ? ……あっ違う。間違ったスペルのあるところに元々あったアルファベットの方を使うんだ。B, E, A, K, E, R だからビーカーで、理科室だ」

「すごいね」

 二人は三階の端にある理科室に向かった。理科室に入ると、掃除をしている理科の先生がいた。

「ああ、クイズ部の」

「こんにちは」

「学校を使って謎解きゲームしているって聞いたよ。いい思い出になるね。黒板掃除してるときに二年生の子たちが来たから、紙はそこの机の上に置いてるよ」

 手前の机に置いていた白い紙を開く。一つ目と同じく黒いペンで“く”と書かれていた。

 二人は明日先生と写真を撮ることを約束して理科室を後にした。

「三問目は、記号の矢印が四角の枠の中に配置されているイラストだけだ」

「別々のところに置かれている三つの矢印と、左下に置かれている黒い点……これわかる?」

「……わからない」

「うーん……あ、これ、もしかしてスマホのフリックだったりしない?」

「ありえるかも。ええっと、この位置の左矢印は“ひ”で……ピアノ?音楽室かな」

「行ってみよう」

 別棟の三階の端にある音楽室へ向かう。渡り廊下を歩くと校庭で活動する部活の掛け声や鳥の鳴き声が良く聞こえる。

 別棟へ着き、音楽室の扉を開けても、音楽室は静かだった。いつもなら遠くでも聞こえてくる吹奏楽の音色が、今日は聞こえてこない。

 音楽室の黒板には白い紙が開かれた状態で貼られていた。

「あ、あった。三つ目の平仮名は、“ら”だって。」

「じゃあ答えは“さくら”だね」

「どこの桜の木だろう?」

「あれっ紙の裏面に文字が書いてる」

 “ら”の文字が書かれた紙の裏には“ここのした“とあった。

 二人は音楽室の真下にある桜の木へと向かう。

 外へ出ると、世界がうっすらとオレンジがかっていた。

「あっ! 木の下に箱と白い紙がある!最終問題だ! ……えーっと、問題。二〇〇四年にリリースされ、卒業式によく歌われるレミオロメンの代表曲は?」

「三月九日」

「最後だけちゃんとクイズだったね」

「そうだね。それじゃあダイヤルを〇三〇九にして、よし、開いた。正解だ」

 箱の中には二人の誕生花を描いた栞と後輩からのメッセージが入っていた。

『全問正解おめでとうございます。私たちからの送りだし会はこれで以上です。先輩たちならまだ時間も余っていると思いますので、少しの間三年間を振り返ってみてください。また、これからについてもこの桜の木の下で願えば、きっと叶うと思います』

 二人はメッセージを読み終え、互いを見て笑い合った。

「手が込んでて楽しかったね」

「うん。もう一回したいくらい!」

「私も。……桜はまだ蕾だけど、なんだか入学した時のこと思い出すね」

「そうだね。暖かくてうとうとしてたら前の席の**の髪に桜の花びらが付いてたの覚えてるよ」

「あはは、それ恥ずかしいやつだから忘れててほしいけど。でもそこで話しかけてくれたのがきっかけで仲良くなったよね。話しかけてくれてありがとう」

「こっちこそ三年間ありがとう。……ってなんだか照れ臭いなぁこういうの」

「ふふっ、そうだね」

 空の鮮やかさは一段と増して、校舎が元々オレンジ色であったかのように染められていく。

「なんなら、その後の校外学習の時に私の前髪にカナブンが止まったのも覚えてるし」

「あははは!」

 遠くから明日のリハーサルをする吹奏楽の音色が聞こえ始めた。制限時間の三十分が迫っていても、二人は楽しそうに三年間を振り返る。

しかし、一人の少女は、振り返るたび切なさに胸が押し潰されそうになっていた。

「……本当に、この木の下での願いが叶ってほしいな」

 彼女はぽつりと呟いた。

「もし、願いが叶うなら何を願う?」

 尋ねられた少女は小さい声で答えた。もう一度、あなたと一緒に学校生活を送りたいと。

 途端に辺り一帯が明るくなり、白い光で包まれていく。驚いている暇もなく、目の前にいた少女の人影が霞んでいった。


 春の暖かい風が頬をなでる感触で再び目を開く。少し朦朧とする中、前の席に座っている一人の少女の黒髪に、一片の桜の花びらが付いているのに気が付いた。




あとがき

最近暖かくなってきたのが嬉しいです。

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