追われる者 / パイナップルせんぱい

追手門学院大学文芸同好会

第1話

 一ヶ月前

 コンコン、扉をたたく音が聞こえた。続いて「あ、どうもー、新しく担当になりました石切と申します。」そういえば前の担当が言ってたな、「来月から忙しくなるんで石切という人に担当が変わります。」って……、(まずいな、もう一ヶ月前か、まだ半分しか原稿書けてないやん……、仕方ない、とりあえず部屋に入れるか)

 ガチャッ

「いらっしゃい、君が石切君だね、話は聞いてるよ、どうぞ上がって、上がって。」とりあえず満面の笑みで迎えた。

「初めまして、先生、ご紹介にあずかりました石切と申します。何卒宜しくお願い致します。」

(うわー硬ぇなー、しかも初対面でいきなり先生かよ)

「いきなりですが、このメモに携帯電話の番号とアドレスを書いてもらえませんか」

 不思議に思えたが私はそこに番号とアドレスを書いた。

「ありがとうございます。これで私からはもう逃げられませんよ」

   (あ、俺これやったわ)

「私、自称捕獲率の100パーセントのchaserなんで」

 ふっ、ついつい吹いてしまった。(なんだよちぇいさーって)

「何かおかしいですか」ムッとした表情で言われた。

「いやいや、ごめんごめん、それだけ熱心に仕事に取り組んでいるんだね、感心したよ。」

   (感心もくそもないわ)

「それは何よりです」少し満足そうにしていた。

「とりあえずそこにすわって、お茶入れるから」

「いえ、結構です。そんなことより、原稿の進捗状況はいかがですか」

(おいおいまじかよ、色々段階すっ飛しすぎだろ、世間話とかして原稿のことうやむやにしようと思ったのに……、まあ一回だし大丈夫やろ)

 はいこれ原稿。

「ありがとうございます。拝見させていただきます。」

 パラパラと紙がめくれる音が聞こえる。そりゃそうだ、もう終わった感を出すため半分白紙だが、出来上がったところの最後のページにつけておいた。しかし、パラパラめくれる音が鳴りやむことはなかった。(おいおい、普通ある程度めくったら、ありがとうございますとか、あとは後程確認させていただきますとか言うだろ)。ついに白紙のページまできてしまった。

「これ、どういうことですか」ちょっと怒っている感じがした。

「すみません、終わりませんでした」気付けば敬語になっていた。

「今回は多めに見ますが、次はありませんよ、とりあえず今回は出来上がった分だけコピーして持ち帰りますね」

   (いや100パーセントちゃうやんけ)

「そうかそうか、帰るのか、気ィ付けてな」普通の口調に戻っていた。

「ありがとうございました、お疲れ様です」そういって石切は扉を閉めた。



 一週間前

 午前七時半過ぎ、枕元に置いてあった携帯電話が起床と同時にやかましい音で鳴り始めた。

「誰だよこんな朝早くから」

 思わず声に出た。

「朝早くからすみません、今日また……十三時頃に……」

(あ、この声絶対やつだ、なんで、今日はまだ締め切りの日じゃ……)

 思わず部屋のカレンダーに目を向ける。そこには赤色のペンで、大きく「一週間前」と書いていた。おまけに丸で囲んであった。

 今何時だ、おお、やつが来るまでまだこんなに時間がある。そう思うと私は自然と玄関の方に足が向いていた。支度するのに十分、駅まで歩くのに十五分、ここからほど遠くて日帰りで行ける場所は……、あった。サイトで見つけたその場所は、いかにも追われている人が雲隠れできそうな場所だった。


 自宅に帰るとポストに紙切れが一枚入っていた。

「今日は何か事情があったんですね、カレンダーに大きく丸してありましたが見なかったことにします」

 とても意味深だった。



 三日前

 「先生、先生いるのはわかっています。おとなしくこの扉を開けてください。」

   (俺は人質を捕った犯人か?)

 石切はとうとう業を煮やしたのか初めは「コンコン」と扉をたたくような音だったが、次第に「ドンドン」という激しい音に変わっていた。こうなれば私は何もできない。おとなしく扉を開けるか?いや、そうはいかない。最終手段「居留守」

 そんなこんなで石切との攻防戦は三時間ほど続いた。短いと思う人間もいるかもしれない。しかし私には世界で一番時がたつのが遅いと思った。この攻防戦の終わりは呆気なかった。何かが吹っ切れたように石切が「帰ります」と言って本当に帰っていった。私も気を張っていたのでドッと疲れた。そのまま泥のように眠り、起きたら一六時間ほど時がたっていた。

(時間たつの早っ)

 寝る前と言ってることが違う。



一日前

 私は覚悟していた。「コンコン」いつもと違って「先生」ではなく「宅配便です」と聞こえた。

(やつ私をだます気だな)

 私は気付かなかった。やつの声にそっくりだったが本当に宅配便だったことに。それに気づいたのは一時間後だった。いつもならまだ声が聞こえるはずなのに微塵も聞こえない。その前から「宅配便です」の一言から何も聞こえてこなかったので不思議には思っていたが……。私は意を決して扉を開けた。そこには誰もいなかった。ポストを見ると不在通知が入っていた。とりあえず再配達の連絡をしておいた。

 二時間後……、コンコン、「宅配便です」私は本当に宅配便かドアスコープから恐る恐るのぞいてみた。そこには宅配便のお兄さんがいた。

「ちょっと待ってて」

 そう言ってハンコをとってきてドアを開けた。荷物を受け取って、扉を閉めようとしたら、なぜか閉まらない。見るとそこには足が挟まっていた。

「もう逃がしませんよ」

(あいつドアスコープの死角に隠れてたな、どっかのテレビ局の集金やんけ)


 ゾッと背筋が凍った。





あとがき

 締め切りって怖いですよね。実際に私もこの作品を仕上げたのは締め切りギリギリでした。

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