90話 営業開始!
新進気鋭の商会『果て星旅商』はとうとうポートラヴィ・ニュータウンに本部を設立した。
それに伴い、これまで各種業務を教えてもらっていたポートラヴィ東方通商の事務所からは、今後の変わらぬ協力体制を約束して円満に退去をした。
最初の数日間は、アーディンは商会の代表として各種手続きや挨拶回りにてんてこまいだった。
そんな代表不在中に、殺風景だった本部の外回りをイルクとエリスが植物や置物などで品よく飾り、からっぽの内側はクロケットとフィーラが備品などの配置作業を完了させた。
なおヒューイとシャーリはそれらの作業には加わらず、ずっと街の中でなんらかの不穏な動きは見られないか『死の案内人』などの勇者捜索人のような者がいないかなどの諜報活動に
先日オイストン商会に提出した見積もりについては、肉と卵は無事採用、小麦粉は残念ながら不採用となった。だが現在の仕入れ先の都合によっては今後依頼するかもしれないとも言われ、せっかく出来た製粉工場との縁を切らないよう別の卸し場所を探そうとなった。
卵はポートラヴィ東方通商に下請けに出しているからいいとして、肉は浮島群生地まで仕入れに行かないといけない。つまり現地で直接仕入れをする担当と、泥地を案内できる者、物資運搬作業をする肉体労働者が必要。
仕入れ担当にはポートラヴィにおいては特に役割のないクロケットが真っ先に手を挙げた。
見た目はともかく高齢ではある彼女にそんな負担をかけられないと反対意見も出たが、本人が乗り気のため結果任せようとなった。運搬用の車を借りて移動中休んでおけば負担も減るだろう。
問題は、案内者と肉体労働者。
フィーラが手を挙げたがかなりの重労働を彼女だけに任せきりにするわけにはいかない。
従業員を雇うにしても、いざ夜逃げなどなったとき事情を知らない従業員は足
だがそんな話になったとき、大丈夫だ手を回していると自信あり気なアーディン。
その自信の証左が今日、ニュータウンに到着した。
「お久しぶりですフィオナ姐さん!」
「遠いところよく来てくれたね。疲れただろう」
「ポートラヴィに入った瞬間、疲れも吹き飛びましたよ!」
「さすが家だらけですごい。海も初めて見ました!」
本部内でアーディンを取り囲む、大柄の男が三人、大柄の女が一人、細身の男が一人、細身の女が一人の計六人。
「しかしすまないね。並々ならぬリスクがあるのに」
「いいえー。憧れの都会で働けるだけで感無量です」
「これもフィオナ姐さんの頑張りのおかげです」
「まあともかくこれからはアーディンか、社長って呼んでくれよ?」
「社長ー!」
「社長よろしくお願いしますー!」
はしゃぐ彼らはミュートルの親分ガルフの配下の蒼牙一族と迅雷一族。アーディンがミュートルで勉学中、ポートラヴィで一緒に働きたいと立候補してきた都会に憧れる若者たちだ。
最初は断った。ミュートルの親分や支援者に勇者の味方をしたという罪を負わせるべきではないのだ。
だがガルフからもあいつらの夢を叶えてやってくれないかと頼まれてしまい、力仕事が必要になったときに頼るかもしれないと答えてしまい。
そしてついに力仕事が必要なときとなり、卵を仕入れに行くポートラヴィ東方通商に手紙を預けて……の今というわけだ。
「さてここで働くにあたって、手紙にも書いたとおり私たちの素性や目的を探らない、撤退を命じたら未練なく一目散に
「もちろん承知してます」
「俺たち逃げ足は早いですよ!」
「そうだ、親分からここでは我らは偽名を使うよう言われております」
「ん、じゃあ君たちをそれぞれどう呼ぶか決めないといけないな。もう決まってる?」
「ええとですね――」
一気に賑やかになった本部。
人員も充分揃って、本格的にビジネススタートだ!
今はここにいない諜報員を除いたみんなで気合を入れた。
もちろん全ての行動は、疑われず帝都に入れる立場になるため、である。
◇◇◇
どうせ厳戒態勢中。
しばらくの間、商会の運営に力を入れることになる。
社長役のアーディンと秘書役のエリスは、基本的には本部で待機。
クロケットとフィーラと従業員六人は二班に分かれて、交代で仕入れの旅に出かけている。
ヒューイとシャーリは営業や買い出しをしながら諜報活動を続けている。
イルクは商業にはあまり関わらず、オールドタウンに行っては戻ってくる日々だ。退屈を嫌うリオの相手をするのが第一の役目だが、わざとトンネルの前の兵士に姿を見せて様子を伺うためでもある。帝国側がなんらかの方法で勇者の風貌を認識してしまった場合でもイルクひとりなら力づくで逃げおおせるだろうという確信からの行動。もちろんそうなれば全員ポートラヴィから即時撤退なのは言うまでもない。
リオは魔法道場にはしばらく行けず。それ以前に、もう教えることはほとんどないと言われて久しい。だから退屈するよりもとイルクの各種おせっかいを受け入れている。
アルマは相変わらずステージの仕事が忙しく、そして楽しんでいる。リオが落ち着くまでいちばん苦労したのは彼女だ。誰も今の彼女の娯楽を止めることはしない。
ポートラヴィ前領主シオンはまだ今代勇者がなぜ帝国第一皇子を助けようとしているかの真意、つまり彼とともにいる第二皇子がそれを願っていることを知らない。突然現れた親友の孫ルクスはかつての戦乱時にエヴァーディル家を救ってくれた前々勇者への恩義のために今代勇者に仕えているのだというのみの認識だ。
前々勇者が親友の命を守ってくれたのなら、自分にとっても勇者は恩人。助けを求めてきたのなら手を貸したい。しかしもし帝国の敵に協力したと知られてしまったら?
この年だ、自分の立場や命がどうなろうが構わないが、現領主である息子に迷惑はかけたくない。
だから今は、ルクスは守るが勇者に対しては全面的な協力は約束できないスタンスだ。
ルクスは前領主の別邸の管理をしながら、時が熟すのを待っている。
そうして秋が近くなった頃、とうとうその時が来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます