5話 閃く鳥と、光と
切り立った岩々と、森林を見下ろす崖。
土も草も少ないために小さな動物も、それを狙う肉食獣もいない。せいぜい虫や鳥くらいしか寄り付かない山岳地帯のある一角。
複数羽の風切鳥が上空を舞っているのに気付き、イルクは立ち止まり空を見上げた。
ここにあれの巣があるのかな、そう思ったとき。
「そんなとこに立たれたら、彼らが警戒して下りて来ないんだけど」
枯れたツルがしっかりとからまった岩の、登れそうなギリギリのところ。イルクの背より上の位置から少年の声がした。
声の方向に目をやると、岩肌より多少濃い茶色の人影がこちらを見下ろしている。
全身をコートで隠し、抜き身にした小振りの剣を脇にかかえた小柄な姿。それは間違いなくあの「お嬢」。
彼はイルクが目を向けたと同時に、視線を空の鳥に向ける。
「……ゴメンね。町で会えたらと思ってたけど会えなかったから、邪魔かもとは思ったけど」
「うん、邪魔だよ」
あの鳥のいそうなところを探して三日、やっと見つけた彼は冷たく言い放つ。
イルクは彼が登っている岩の足元近くに立ち、彼に背を向ける形で彼が見渡すほうに顔を向ける。
「謝りに来たんだ」
「謝罪される筋合いはない」
にべもないというのはこういうことを言うんだな、とイルクは思った。
「お詫びを受け取ってもらえないなら、ただ謝るしかないじゃないか」
イルクがそう言うと、彼はちらっと下を見た。逆光でフードの下は見えないから多分であるが。
そして少しの間を置き。
「……君はあの人たちを助けた報酬を受け取っただけだ。僕は見捨てようとした代償を受けただけ」
子供のように見える彼の、大人びた発言にイルクは少し驚いた。
「えーと、つまり怒ってないの?」
「別に」
でもあのときめちゃくちゃ睨んできてたじゃん、と言いたかったけど言わないでおいた。自分のほうが子供っぽいな、とイルクは髪を無造作に掻きあげる。
鳥は未だ高くを飛んでいる。
彼に今、仲間らしき者はいないようだが、あれはあの小さな剣で獲れるものなのだろうか?
「お嬢って呼んでいいのかな」
「……別に」
「お嬢ひとりで、あの風切鳥を獲ってるの?」
「ひとりだよ」
「連れとかは?」
そびえたつ岩の間を風が吹き抜ける。風の音にかき消されそうになったけれど、イルクの耳になんとかその返答は届いた。
「だからひとりだよ、ずっと……」
『じゃあ組もうよ』
その姿のあまりの儚さに、イルクはそう言ってしまいそうになった。
でも仲間にしてどうするっていうんだ?
そう思いなおし口をつぐむ。
そもそも探し出して謝りたいだけだったのだ。目的は達している。
余計なことを聞いてしまったと後悔した。
そのとき岩と岩の間、岩に登った彼と同じくらいの高さのところを風切鳥が横切った。
それにイルクが気付いた瞬間、きらっと光の弧が中空に描かれた。と思ったと同時、茶色の人影が目の前に飛び降りる。
鳥は飛び去って行く――
右手には剣、左手はフードが脱げないよう頭を押さえたまま、彼は鳥が飛び去ったほうへ歩みだす。
なんだったんだ? と思ったイルクは直後、我が目を疑った。
鳥は慣性のまま紙飛行機のように長く飛び、岩に当たって地面に落ちた。少し手前に首だけが落ちている。
彼はなんでもないことのように鳥の足を掴み上げ、そのそばの枯れ木の枝に縛り付ける。
枝をよく見たら、今のそれがちょうど三羽目の獲物。
イルクは心の中で叫んだ。
なにあいつ、全然儚くない!!
◇◇◇
夜、イルクは宿のベッドに横になって昼間のことを思い出していた。
鳥の血抜きをしている僅かな時間、彼は少しだけ雑談に応じてくれた、そのことを。
間近で見た彼はとても細身で小さく声もまだ幼かった。百八十センチのイルクから見て肩よりかなり下、だいたい百五十センチくらい。どんなに多く見積もっても十三・四歳くらいか。
ヒトの形をしているということしかわからない、と言っていいくらい全身を隠した彼。
唯一見えている金の瞳を細めてイルクを見つめてきていたが、別に敵対的だというわけではないようだ。色のせいでキツく見えているだけだろうか。
そしてなによりその剣の腕。
まさかあの素早い鳥を剣で落としていたとは。
聞けば、先日のハチの巣の働きバチも独りで何日もかけて全滅させたという。
腕力はあまりなさそうだが剣の技術は並み以上どころではない。直接この目で見たのはあの鳥への一撃だけではあるが、今まで見た剣士の中でもかなりの上位の腕前に思える。年齢を加味して言えばもしかしたらトップの実力。将来は本物の最上位を狙える人材ではないか。
もし自分が巨大な闇と戦う『勇者』なら、絶対に仲間にすべき人物だ。
でも今の自分はただのしょぼい狩人。仲間にしてどうするのか。
お互いただ狩りをして暮らすだけなら、腕はもう十分すぎる。組むというならばそれなりに上の目的が必要だろう。
でも、上ってなんだというのか。
勇者として、あんな子供を連れて死地へ行けというのか?
謝罪した。受け入れられた。それで目的は達しているはず。
なぜ今、仲間にしたいかすべきでないかと悩んでいるのだろう。
そこに転がっている、持ち主のいない宝剣を手にしたいという衝動のような、所有欲か。
相手は人間だというのに。馬鹿馬鹿しい。
「狩り頑張ってるみたいだけど、なんか目的があるのか?」
「…………」
「俺、警戒されてる?」
「……そうだね」
「普通に、友達になりたいかなって思ってるんだけど」
「友達?」
彼との会話は拒絶の言葉で終わったことを思い出す。
「僕は友達なんていらない。帰ってくれ」
そう。
友達なんて、仲間なんていらない。
寂しそうな目で、そう言っていた。
自分と似た、匂いを感じた。
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