世界の中心は誰のもの?

Shino★eno

第1話

 とある、昼下がり。

 街の喧噪を遮断する駅前のコーヒーショップに、私は居た。

 壁を背にして四人掛けのテーブル席に座る。奥まることもあり、人目を忍べるこの位置は顔見知りと出くわすこともなく、外界から切り離された時間を過ごすにはうってつけの場所だ。幸いなことに混雑を免れ、隣席も空席どころか客数すら僅かだ。

 そんな店内に、手にはハードカバーの文芸書、テーブルには新作の甘い系フラッペとアラームをセットしたスマホを準備し、読書に勤しむ女が一人。

 傍から見れば、を満喫する優雅な光景。

 だが、内心は揺れていた。

 そうで無いことを祈る私と、そうで有ることを願う私との狭間で。


 私はいま、待ち合わせをしている。

 半年前に顔見知りとなった、眼鏡の女性と。

「お待たせして、申し訳ありません」

 待ち人の登場により、パタンと本を閉じる。

 思ったよりも音が出てしまった、反省。

「追加依頼の結果です」

 差し出された封筒を受け取り、確認する。

 一枚目には、夫と私名義で作成された修正前後の生命保険の比較算定額一覧表。そして二枚目以降には、その内訳及び保険内容の詳細……ではなく。

 を事こまやかに纏めた書面。

 数枚に渡って時系列に並ぶその内容は、多用なフォントを駆使した文字よりも数々の画像が脳に直接訴えてきて、揺れ動く私の心を更にざわつかせる。

 肩を並べて街を歩く後ろ姿。

 微笑み合う食事の席。

 頭を撫で、寄り添う暗がりの公園のベンチ。

 警戒しながらも電飾の派手なホテルへ出入りする、二人組。

 そこにあるのは、紛うことなき夫とその後輩。

 密会の頻度は月に一度、あっても二度ほどだが、出張時には必ず情事を重ねているらしく、互いの狭いシングル部屋へ行き来したまま朝を迎えることも多々あるようだった。


あらかじめ伺ったについて精査いたしました結果、ご希望に添う形に近付けたのではないかと……」

 生保レディを装う浮気調査員は、にこやかな笑みと絶妙な言い回しで依頼結果の満足度を尋ね、同時に質問を受け付ける。不審な言質を取られぬ為の抜かりない心配り。

 ならばと、最後まで内容を確認した書類を閉じてテーブルに置き、暫し考えて一つの疑問をぶつけることにする。

「この関係けいやく、どちらがなのでしょうか?」

 生保契約者欄にある夫の名をトントンと指して空欄にトンと落とす。今度は逆に空欄をトントンと指して夫の名をトン。

 意図を察した調査員の女性は、眼鏡をクイッと定位置に戻してこう返してきた。

「どちらがとは言い難く、現状では、どちらからでも、と申し上げるほかごさいません」

「そうですか……ならば、もう少し踏み込んだ内容をお願いしたいのですが?」

 若干言葉に詰まる彼女にその詳細を調査書に書き込み筆談で伝えると、ハッとして難しい顔をしながらも頷き、承諾した。

「質問は以上です、先ずはこれで契約します」   

 今回の調査に対する報酬を支払うべく、手続きを進める。

 一回目を空振りで終えた調査に相手を絞って行った再調査。ここまで見事に晒せるならば十分だ。小さな疑念は見事に的を射ていたわけだから。


「今日の件はまた改めてご連絡いたしますので、その他にも何なりとご用命ください」

 調査員の女性はビジネスバッグからタブレットを取り出して請求書を印刷し、振込期限を告げて長封筒へと折り込んでいく。いやはや、最新技術とは大したものだ。

 その流れる作業を見つめながら、最後に一つお願いをしておく。

「この書類ですが……」

「ご心配なく。前回同様、このまま持ち帰って適切にいたします」

 来たるべき時までの保管依頼だ。

「ありがとうございます」

「それでは、失礼いたします」

 

 調査員と別れて深い息を吐き出す。

 思っていた以上に緊張していたようだ。

 情報過多で回らぬ頭の中。

 目に焼き付けた、夫の一部始終。

 更に複雑な感情が渦を巻いていく。

 そこに、ピピピ、と鳴り出すアラーム音。

 そろそろ帰らねばならない。

 あの夫が家路を急ぐ、我が家へと。



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