ある街の昔話
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ある街の昔話
ある街の昔話
そこは、片方見ればどこまでも続く地平線が広がり、もう片方見れば緑溢れる森林が広がる。その間に建てられた小国家のような、そんな田舎街だ。
あまりにも田舎すぎるため、他の街から人が訪れることはほとんど無い。しかし、別に貧しいわけではない。
地平線側は、入国審査や建設、鍛冶などの公務員や生産職。逆に森林側は、山の幸や木材、鉄鉱などの食料調達や資源集め。
このように小国家ながらも、ほぼ地産地消だけで街は常に賑やかさに包まれている。
その田舎街に1人の少年がいた。
少年の住んでいる家は森林側にあるため、いち採取班として、街の貢献に日々勤しんでいた。
採取班の主な活動は、みんなで森林へ入り、山菜や動物の狩り。子供達への食べられるやつと食べられないやつの見分け方の伝授。などを同じルートで探索することである。
その採取班の子供の中では、少年は群を抜いて才能に満ちていた。
街の大人達からは頭が良く、よく働く子だと評判が良い。将来は採取班のリーダーを勤める存在になるのではと期待されていた。
しかし、その大人達の期待とは裏腹に、少年はいつもの行動パターンの採取方法に飽きを感じていた。もっと面白いことを。不思議でワクワクするような体験を。
そう望む日々が続くも、採取する時以外の森林への侵入は、危険だからと大人になるまでは禁止されている。そのため、散歩や新規開拓が出来ないでいた。
そんな飽き飽きとした採取をする日々を続けていたある日のこと。いつもと同じルートでいつものように採取をしていると、少し遠くの茂みが動いたのだ。
そのような動きを察知したら、通常は近くの大人に報告をし、大きい動物が襲ってくることを想定して戦闘態勢に移行する。しかし少年は、大人に報告をせず、独断でその動いた茂みの方へと向かった。
それはいっぱしのリーダーになるためだとか、こうした方がカッコイイからだとか、そういう類の行動原理ではない。そこにあるのは、好奇心と、飽き飽きとしたこの採取から抜け出したいという、強い意志の元だった。期待と恐怖に抱かれながらも近づく。
するとそこには、怪我をした小猿がいた。もちろん、相手は野生のためこちらを酷く警戒していた。しかし、動物の怪我も約2週間に1度くらいのペースで見るため、特別感はなく、応急処置を施し去ろう考えた。
また今日もいつもと変わらない一日が終わってしまう。愕然とするほか無かった。
応急処置を終えると、別段少年を襲うことなく、小猿は逃げるようにその場から去ってしまった。
その日から約1ヶ月が経った。
しかし、その日からなぜか、視線を感じるようになったのだ。最初は採取をしている時だけだったのに、今ではそれに留まらず、街に居てもほぼずっと感じるのである。
あまりのしつこさに嫌気が差し、次の採取日に視線の感じる方へ向かうことを決意した。
何かがおかしい。
決意したその日はなぜか何も感じなかったのである。まるでこちらの意図を読んでいたかの如く。どんなに身近な人でも、ほぼ不可能に近いことを成し遂げていることに驚きを隠せないでいた。しかし、まだ1回目。偶然の可能性もあると思い、心を鎮めることに努めた。
しかし、次の日からまた視線を感じるようになった。なのに、この視線の方へ向かおうと即決して動き出そうとすると、それは無くなる。不思議でしょうがなかった。
ストレスを感じつつも、少年は、小さい頃から大人への対応をさせられていたため、理不尽への対応や察しの良さ、自分の感情を押し殺すことには長けていた。
そのため、少年は根気強く追っていく。しかし、逃げられる日々。ただ同時に、こちらも慣れてきたせいか、気配を殺すというスキルじみた事を会得してしまった。
そしてある日。
とうとう突き止めたのだった。見られすぎて、街中でも森の中でも、どこら辺から誰の視線なのかを雰囲気で分かるようになっていた。自分では自覚がないが、他人に言われるようになってしまった。自分でもさすがに人智を超えた能力なのではないかと感じ、人前では抑えることに努めていた。
そんな中見つけ出すことに成功した。その日からは傾向を掴み始め、アジトらしいところまで感じ取れるようになった。
次の採取日。少年は1人で黙々と、採取することなくその場へと向かった。向かっている間は視線なんてものは感じなかったが、傾向だけを頼りに歩みを進める。
見つかった。
あまりにもあっさりと見つけてしまったことへの達成感の無さには多少の不満はあったが、しつこい視線をもう感じなくて済むのであればと思うと安上がりな不満だった。
改めてその場所を見直す。すると、そこはものすごく異世界を彷彿させる世界観が広がっていた。街からは見えてもおかしくないほどの大樹。まるで動物の憩いの場所のような静寂に包まれた雰囲気。その大樹を囲うように広がる澄んだ湖。どれもが完璧で神秘的に見え、あまりの美しさに言葉を失った。
見蕩れていたが、5分程で本来の目的を思い出した。そう、視線の正体を見つけ、捕まえるのだ。改めてそう目的を確認し、歩みを進めようとした。
その時だった。四方八方から視線を感じたのだ。しかも、今までのとは大きく違う、とても強く、勇ましく、しかしその中には激怒や憎悪といった、ぐちゃぐちゃな感情までもが入り乱れるものだった。
逃げ場がない。何も出来ない。しかし、頭をフル回転させて最後までやるべき事を考える。その間も視線は、さらに熱を帯びていく。
そんな中、諸刃の剣のような策を思いつく。それは、その場で座り込み動かない事だった。この策は、小さい頃に祖父から教えてもらった、
゛焦った時、どうしていいか分からない時は、1度立ち止まり座って目を閉じ心を落ち着かせるのがいい。゛
少年はこの言葉を思い出し、齢11歳とは思えない行動だが、教え通りにやった。これで何か変わるかは分からないが、それ以外何も考えられないためただひたすらに平静を装うよう努めた。
すると、気持ち視線の圧が弱まった気がした。もちろん、気の持ちようなのだとは思う。それでも気が楽になるなら、今の少年にはそれだけで十分だった。だいぶ落ち着いてきて目を開こうとした。すると、なにか強い臭いがすごい近くで感じられる。恐る恐る目を開くと、猿の群れが少年の周りを囲うように集まっていたのだ。
さっき視線を感じた時よりも、さらに強烈な出来事により、本日2回目の言葉を失った。それでもすぐに平静さを保とうという思考回路に至り、ギリギリの精神状態の中その場に声も出さずに居尽くした。
すると、ボスらしき大きな猿が目の前に出てきた。あまりの恐怖に身震いが止まらない。そんな中、猿はあるものを少年の前に置いた。それは、葉っぱの上にたくさん置かれた果物だった。そしてさらに、少年の目の前に座りこちらを見つめてくる。
よく分からないが、少なくとも危害は加えそうにないと判断した少年は、少し肩の力を抜く。大きく深呼吸してから覚悟を決め、なんでしょうか?と話しかけた。
すると、猿は果物をさらに少年の方へ持っていくと同時に、群れの方へ顔を向けなにか合図らしき行動をした。その行動で出てきたのはなんと、少年が応急処置した小猿だった。もちろん、あれから1ヶ月は経っているため治っているはずだ。なのに、まだ応急処置として使った、その時来ていた服の切れ端が小猿の足に結ばれていたのだった。
少年は大人達への対応として察しの良さを培ったため、これはお礼の品だと気づきありがとうと言って受け取った。
それを見届けるや否や、目の前に座っていた猿は立ち上がり、背を向け、森の中へと歩みを進め始め、その後をほかの猿達も追うように背を向け去っていった。
少年は猿の群れを見届けると、この出来事を誰かに話したくてしょうがなく、急いで街まで帰った。たくさんの木々をかき分け、ただひたすらに走った。その表情はとても満面の笑みで、口角を下げることを知らない無垢な年相応の顔つきだった。
街が見え、同じ採取班のメンバーの後ろ姿が見えた。そっちもちょうど終わった頃なのだろう。しかし、そんな事はどうでもいい。この不思議な体験を、みんなに共有したくてどうしようもなかったのだ。
後ろからみんなに声をかけた。みんなは振り返ってくれた。話したい。話したい。
馬鹿野郎!
唐突の罵声に、下がることを知らなかった口角が一瞬にして下がり、同時に本日3回目の言葉を失う。
少年は何が起きているのか分からず、周りを見渡す。すると、みんな泣いていたり、蔑んでいたりと、少なからずプラスな雰囲気は誰からも感じられなかった。
そこからは説教が続いた。
最近様子がずっとおかしい。
今日の採取時間、唐突に居なくなっていた。
人が心配しているのに駆け寄ってきた時なぜ笑顔でいられたのか。
戻ってきてからの謝罪がない。
などなど、事細かく親だけに限らず、その時の採取班のリーダーや成人済みの大人達に囲まれ一斉説教を喰らったのだ。
齢11歳にはあまりにも酷な状況に、さすがの少年もストレスを爆発させ、ついに発狂した。
少年は走り出した。
どこへかは分からない。ただひたすらに逃避を始めたのだった。
大人達はそれを見て、さすがにやり過ぎたと我に返り、少年を追いかける。しかし少年は速かった。見る見るうちにその差は出来、気づけば誰もが姿を見失い、日の暮れが焦りを煽る。
少年はがむしゃらに走り抜け、行き着いた先はまさかの猿の群れと出くわした場所だった。別に小さい頃からの思い出の場所なわけではない。さっき来たばかりの、まだ訪問2回目の場所に無意識で来てしまっていたのだ。きっと、少年の脳にとってはとてもインパクトのあった場所なのだろう。否、実際にそうだ。
誰だって、印象の薄いところやトラウマのあるところには行かないであろう。つまり、そういう事だ。
到着して1分と経たないうちに、既視感のある圧を感じた。そう、あの時のしつこい視線だ。しかし、始めてきた時よりはプレッシャーは感じなかった。少し心を落ち着かせ、周りを見渡す、が何も起きない。
前みたいに別にいいことをした訳では無いが、特に悪いことをされる訳では無いだろうと鷹を括り、警戒心を緩めた状態で自然に身を委ねる。
少し経つと2匹の猿が近付いてきた。少年は不思議に思いながら猿を見つめてみる。すると、その猿は、あの時のボスらしき大きな猿と助けた小猿だった。小猿にはもう、応急処置に使用した服の切れ端は無かったが、雰囲気で理解した。少年は身構えた。
そんな少年を前に、2匹の猿は怯むことなく歩を進めてくる。そして、突然大きな声で鳴き出したのだ。
普段ならこのくらいの声の大きさは慣れているため、大きく驚くことは無い。しかし、先程の大人達からの説教のおかげで、メンタル的に弱まっていたのだろう。たった2匹だけの鳴き声に恐れ戦いた。
少年は逃げるに逃げられなかった。否、出来なかったのだ。齢11歳にして、腰を抜かしてしまったのだ。そこへ追い打ちをかけるかの如く、森林の奥からも同じトーンの鳴き声が響き、その音はどんどん大きくなる一方だった。
そんな状況に耐えられなくなり、少年は気絶した。
目覚めると、知らない天井だがちゃんとした寝床には着いていた。起き上がり状況の確認をする。周りには誰もおらず、少年は草木に囲まれた空間に居た。外から音が聞こえてきた。その音が、こちらに近づく音だったため、急いで寝たフリをした。
すると、何者かが少年のいる空間へ入ってきて何かを言った。聞いたことのあるトーンだったため、恐る恐る声のする方へ顔を向ける。
なんとそこに居たのは、少年の両親とボスらしき大きな猿だった。
少年は脳内整理を始める。しかし、どう思考を巡らせても齢11歳には考えも及ばなかった。
腹を括り話しかけてみた。驚いた。返ってきたのは、少年のおかげだという言葉だった。
どうやら、人間はそこまで恐るべき対象ではない。と現在のボスらしき大きな猿は前々から思っていたものが、少年が小猿を助けたことにより確信に変わったそうだ。
特に、あの神秘的な大樹がある場所は昔から人間が手入れをしていた場所らしく、そこを憩いの場としてよく訪れていた猿たちは、それを知っていたというのも相まったらしい。
話が終わり、みんなが集まっていると言われ広場の方まで通された。
広場まで行くやいなや、少年の見た事のある人間たちと、見たばかりの猿たちの群れがもう打ち解けあっていた。
その中から1匹の猿がこちらに駆け寄って飛びかかってきた。そう、助けた小猿だった。最後の記憶通り、足には布切れは巻かれていなかったがすぐに分かった。なぜなら、片手に布切れを持っていたからだ。しかも2つも。それは、古くビリビリに破れた布切れと、新しい布切れだった。
よく見ると、その古くビリビリに破れた布切れは、少年があげた物で劣化や木々の擦れによりちぎれてしまったらしい。それを少年はすぐに察し、新しい布切れを貰い受け新たに足に結びつけてあげた。
言葉は通じはしないが、とても喜んでくれているのだけは理解出来た。
そしてみんな突然改まった。そして、
おかえり。
少年はあまりの出来事の連続で、混乱していた脳や心が一気に吹き飛び、膝から泣き崩れる。それを見た小猿は、少年の頭を優しく撫で、その上から被さるように両親や仲間たちに囲まれながら、しばらく泣き続けた。
次の日から、猿たちと共にペアを組んで楽しく採取の日々を続けた。
どこかの国ではこの事がニュースで取り上げられたらしいが、この街はあまりに秘境すぎたため、それを知る由もなく、ただひたすらに猿と人間の共存した街が生まれたのだった。
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