第4話、姫川さんの家へ
学校での一週間が終わり、休みがやってきた今日――。
僕は姫川さんから呼び出しを受けていた。
昨日の夜に行われたスマホでのやり取りを僕は確認し直す。
『土曜日。新作のコスチュームをお披露目したいから、武森に写真を撮ってもらいたいの』
『え。何処で?』
『わたしの家。一人暮らしだから遠慮とかしなくて良いから』
『えっと……それってつまり、僕が姫川さんの家に行くって事?』
『そういう事。集合場所は後で説明するから』
『え、あの、本当に良いの?』
『平気。それに武森にもわたしのコスプレ姿に慣れて欲しいから。こういうのは早め早めが良いかなって』
『分かった。それじゃあ、明日おじゃまするから』
『うん、よろしくね』
そんなやり取りを何度も読み返してみるけれど、やっぱり現実味がない。
姫川さんの家に行って写真撮影をするだなんて想像すら出来ない。しかもその時に着る服装が、彩香から見せてもらった露出度の高いコスチュームと似たようなものだったりするのだ。
大丈夫かなぁ、と不安に思いながらも待ち合わせ場所の公園に向かう。するとそこには既に姫川さんの姿が見えた。
彼女は黒いキャップを被っており顔には分厚いマスクを付けて、長いブロンドの髪を後ろで縛っている。そして紺色のシャツにデニムパンツといった格好をしていた。その格好はまるで芸能人がお忍びで外に出るような姿で普段の明るい笑顔を振りまく彼女とは全く違う雰囲気だ。あれも何かのコスプレ衣装なのだろうか?
姫川さんも僕の存在に気付いたのかこちらを向いて軽く手を振った。そして僕の方に歩み寄ってくる。
「やっほ、武森。急に呼んじゃってごめんね」
「ううん、僕は全然大丈夫だよ。ていうか、その格好はどうしたの? それも何かのコスプレ?」
「ち、違うよ! ほら、わたしと武森の関係って秘密でしょ? もし学校の外で会ってるのを見られたら、色々とバレちゃうかもしれないから」
「あ~なるほど。姫川さんだってバレないようにしてるんだね」
「そっ、だからこの格好なの。でも本当はもっと可愛い服とか着たかったんだけどさ、まあ家に帰るまでお預けかな」
「あのさ、気になってたんだけど。その写真撮影する時ってどんな格好するの?」
「今日着るのはソシャゲで人気のキャラが着てる衣装だよ」
「やっぱり、えっちな服なの……?」
「えっちな服だよ! めっちゃえっちで可愛いやつなの、絶対に着てみたいって思ったんだよね。もうね、胸を隠すのなんて上から布を被せるだけだし、それとすっごいミニなチャイナドレスっぽい感じがして、横から見るとほとんど何も履いてないみたいで――」
「そ、そうなんだ……」
興奮気味に語る姫川さんに僕は苦笑いを浮かべる事としか出来なかった。だって学校では常に明るくて誰からも慕われるような陽キャな姫川さんに、こんなオタクっぽい一面があるなんて全く想像出来なかったからだ。
だけどそのギャップが逆に可愛く感じてしまうのだ。姫川さんがエロコスプレイヤーだという秘密を知っているのはこの世界で僕だけ。仲の良い友達ですら知らない秘密なのだ、そう考えると何だか胸の中に優越感のようなものが湧き上がってくる。
そして同時に心の中で、彩香に黙っていて本当に良かったと思った。ついこの前まで全く興味のなかった兄がデビュー当時からの大ファンである妹を差し置いて、エロコスプレイヤーSara――姫川さんのコスプレ姿を写真ではなく生で見てしまっただなんて知ったら、嫉妬で怒り狂って僕と一生口をきかないなんて事もあり得る話だったからだ。
そんな事を考えていると姫川さんは僕の手を引いて歩き出す。
「じゃあ、行こっか。ここにいると人目についちゃうし」
「そうだね。あ、タクシー使うならお金払うけど」
「だいじょぶ。わたしの住んでるとこってすぐそこだから。ほらあそこ」
そう言って姫川さんは高層マンションに指を差した。
そこは僕の住んでいるアパートとは比べ物にならないぐらい高級な場所で思わず言葉を失ってしまう。けれど姫川さんは気にせずに僕の手を引いたままそのマンションへと向かっていった。
果たして今日の写真撮影はどうなってしまうのか、少し心配になりながら僕は姫川さんの後に付いて行くのであった。
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