第3話、エロコスプレイヤーSara
「はあああ……Saraちゃん可愛すぎだよおお……」
家に帰るとリビングのソファーで寝転ぶ妹がスマホを片手に悶えていた。
妹の彩香は中学二年生。今年で十四歳になるのだが、今彼女の中で猛烈な『推し』がいるらしい。それが今さっき言っていた『Sara』という女性の事だ。
なんでもその人はSNS上にアニメやゲームのキャラクターに扮したコスプレ姿を投稿している超有名コスプレイヤーで、妹の話では去年の夏頃に突如として現れ、その日本人離れしたスタイルの良さとコスチュームの完成度の高さとそのえっちな姿から、デビューした直後から注目を集め続けている人物なのだそうだ。
彩香はSaraのデビュー当時からの大ファンらしく、今日も帰ってきてからずっとSaraがアップしたコスプレ写真の数々を眺めている。
一体Saraという女性の何が妹を惹き付けるのかと、スマホを覗き込もうとすると彩香は素早く画面を隠してしまった。
そしてジトッとした目で僕を見つめてくる。
「もうっ! あたしのスマホを盗み見しないでよ、お兄ちゃん!」
「ごめんごめん。でも気になっちゃって」
「いまさら~? あたしがSaraちゃんの事を見つけた時、お兄ちゃんに布教しようって思ったのにぜーんぶ無視して、ぜーんぜんあたしの言う事これっぽっちも聞いてなかったじゃんかぁ」
「あの時は本当に興味がなかったからさ。でもなんか急に興味がわいて」
「ふうん。まあ心を入れ替えたっていうなら許すけどぉ……」
そう言いながら持っていたスマホの画面を僕に向けてくる。
そこに映っていたのは金髪碧眼の美少女で、とあるゲームに出てくるキャラクターの衣装を身にまとっている。そして、そのコスチュームは凄く露出度の高いものだった。
胸元は大きく開けられ、たわわに実った大きな胸とその谷間が露わになっている。スカートも短くてパンツまで見えてしまいそうだ。ニーソックスに包まれた柔らかでむっちりとした太ももが眩しいし、腰回りにはピンク色のレース生地のリボンが巻かれており、コスプレというよりもランジェリー姿に近い印象を受けた。
マスクをしていて鼻や口元は見えないが、ぱっちりとした二重瞼の大きな瞳には愛らしさが溢れている。
――そして画面に映るその少女の事を、僕は良く知っていた。
「あ……セラさん」
「むっ、セラじゃなくてサラ! Saraちゃんだよおおお間違えないで!!!」
鋭く睨みつける彩香を前にして、僕は苦笑いしながら妹をなだめた。
「ご、ごめんごめん。つい呼び方間違えちゃった」
「全くもう。お兄ちゃんはリスペクトが足りないんだから。ほら見てよ、こんなに可愛くてさ……ふああ、Saraちゃんてぇてぇなあ……」
彩香はまたもやスマホに視線を落とし、画面に映るSaraのコスプレ姿を眺めながらうっとりとしている。そして早口でエロコスプレイヤーSaraの魅力を語り始めた。
「超魅力的だよねえSaraちゃん。えっちな服でさ、おっぱいとかめちゃ大きくてさ、自分の良さを存分に引き出してるよね。あと顔立ちが日本人離れしてて、ハーフっぽい感じが凄くいいの。それでいて童顔なのに大人の魅力があって、ギャップ萌えって感じ。まあそもそもマスクをしてて顔の半分は見えないから途中からは想像なんだけどね。でもでも、それがむしろミステリアスな感じがして良いよねえ」
「すごい詳しいね……彩香」
「ずっと追いかけ続けてるんだもん、当然だよ! あとさ、Saraちゃんの写真って超えっちなんだけど、大切な所――いわばSaraちゃんの聖域は絶対に見えないのがまた最高なんだよ! 見えちゃったらエロいだけだけど、ぎりぎり見えてないから神秘的っていうか、侵す事は許されない神聖な感じがあってまさに芸術なんだよね……ただ、もっと引きの写真があれば最高なんだよお、いつも自撮りな感じだからそれだけが惜しくて。撮り方変えたらもっと人気爆発すると思うのになあ」
「それもSaraさんの写真?」
「もちろん! だってSaraちゃんがSNSに上げてる写真は全部保存してるもん!」
「へぇ……本当に凄いコスチュームばっかりだね……」
彩香が持っているスマホに映し出されているのはどれもこれも際どい衣装ばかりで、まるで下着同然のようなものもある。
確かに彩香が夢中になるのも分かる気がした。妹は小さい頃からかっこいい男の子より可愛い女の子に憧れていたのだ。それは中学生になってスマホを持つようになってから更に加速し、今では男性よりも女性アイドルに夢中になっている。そして最終的に行き着いたのがエロコスプレイヤーSaraだった、という事だ。
僕はスマホの画面から目をそらして立ち上がる。そろそろ夕食の支度を始めないといけない時間だ。
「彩香、スマホで遊ぶのも良いけどちゃんと宿題も忘れずにね」
「お兄ちゃんはお母さんみたいにうるさいんだからあ。分かってますよ―だ、あたしだってそんなバカじゃないもんっ」
彩香はそう言ってソファーから起き上がり、キッチンへと歩いていく僕に向かって舌を出した。
僕と彩香は二人暮らしをしている。お父さんもお母さんも仕事で忙しくて今は海外に出張中。だから兄である僕が自堕落な妹に色々と言って聞かせようとしているのだが、聞く耳を持ってもらった事は今まで一度もない。
今日も変わらない妹の様子に小さくため息をつきながら冷蔵庫の中の食材へと手を伸ばす。そしてさっきの妹とのやり取りを思い出していた。
エロコスプレイヤーSara。
――彼女の正体は、僕の隣の席に座る姫川セラ。
彩香の推しである超有名なエロコスプレイヤーが姫川さんだったなんて思ってもいなくて、正直言ってさっきは驚いていた。そして僕が姫川さんから写真を撮って欲しいと頼まれているだなんて、彩香にはとても言えない。
だって彩香は姫川さんの大ファンなんだから、もしそれが知られたら大変な事になってしまうのは目に見えている。僕は頭の中でどうやって隠し通したら良いのかと考えを巡らせつつ、夕食の準備を進めるのだった。
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