Y-1 魔法の国の顛末

 魔法少女トリオが巨神型魔獣を倒した、その夜のことである。


『くそっ! なんなんだあいつは!』


 クレイプは苛立ち、毒吐いていた。

 星海 ユウ。私生活の一切が不明。新藤 アキハを家に送り届けてから、あいつはいつもどこへ消えているんだ!?

 魔法少女でもないくせに。でたらめな力を使いやがって! 巨神魔獣フォーグルまであっさりと!

 新藤 アキハとかいう逸材少女の魂を頂くどころではない。このままではノルマに遅れが生じる。

 彼らにとって、理解できないものは研究対象でもあるが、同時に恐怖である。

 新藤 アキハは、秘めたるエネルギーこそ膨大であり、高潔であるが、その魂は彼らの理解できる範疇にあった。

 翻って、星海 ユウ。奴は。

 まさか――魂の見えない人間が、この世にいようとは思わなかった。

 代わりにあるものは――器だ。

 奴の中には、何かの巨大な器としか言えないものしかなかったのだ。おそらくはそれが奴の本質だった。

 恐ろしく甚大で、到底全容など測り知れない。強いて言うならば、一つの宇宙そのものが詰まっているとしか思えない。

 あまりに途方もなく、あまりにも荒唐無稽。

 あいつは、星海 ユウは――己が身に別宇宙でも内包しているというのか……!?

 そんなものは、人ではない。神格というのが相応しい化け物だ!

 わけがわからないよ。


 しかし。しかしだ。奴もまた手をこまねいている。

 いくら魔獣を倒したところで、魔法少女システムそのものは無傷。いくらでも新たな魔獣は用意できる。

 我々もまた無敵だ。地球ごときの下等生物に、我々に届く刃などない。

 一つ一つ、優位と言える事実を確認し、留飲を下げているクレイプであったが。


「やあ」

『はっ!?』


 まるで軽い世間話でもしようというかのように。気楽な調子で目の前に現れた。


『星海 ユウ! なぜここに!?』


 クレイプは眼前の敵を三角の目で睨む。

 馬鹿な。ここがどこだと思っている。日本ですらない。チベットの深い森の奥だぞ!?


「間抜けは気付いていなかったみたいだな。あのままお前を逃がすとでも」

『あいにくだけど、僕はキミと話すことなんてないのさ』


 クレイプは転移を使おうと試みる。

 どうやって国を飛び出してきたのか知らないが、一度この星から退避してしまえば――!

 だが叶わなかった。

 ユウが一睨みすれば。まるで蛇にカエルが睨まれたがごとく。身動き一つすら取れなくなってしまった。


「まあ待て。そんなに慌てるなよ。ゆっくり話をしようじゃないか」

『ぐ……お前……! ちくしょう! 何者だ!』

「前に言っただろう。聞いてなかったのか。通りすがりの元、旅人さ」


 元、の部分を少し強調しながら、ユウは言った。

 声は冷やかで、アキハと話していたときの柔らかさなど微塵もない。

 なんだよ旅人って。元って。なんなんだよ!

 クレイプの悲痛な心の叫びには付き合わず、ユウは早速本題に切り込む。


「魔獣の正体。あれは元々、この星の死者の魂なんだろう?」

『なっ……!』

「彷徨える魂を、本来ほとんど無害なものを……わざわざお前たちが加工変質させ、お前たちが造った魔法少女と戦わせている。とんだマッチポンプだな」

『どうして、そんなことを』


 わかるはずがない。知れるはずがない!

 クレイプの動揺と驚愕を、ユウはばっさり切って捨てる。


「それが歪められた可哀想な魂であることは、一目でわかったとも。俺の目は本質を見抜くんだ。ただ、お前たちがやったという証拠だけがなかった」


 万が一、魔獣現象自体は自然発生のものという可能性もあった。

 魔法の国が――やり方はどうあれ――善意で協力している可能性も、一応は考慮に入れなくてはならなかった。

 それでも無垢な少女を利用しようなど、吐き気がする仕組みと態度ではあるが。


「この十一日間。ただ魔法少女ごっこをして遊んでいたわけじゃない。それではこの戦いを終わらせることができないからね」

『くっ!』


 ユウが狙っていたものは、始めから対症療法などではない。根元の問題除去にあった。

 すなわち。


「アキハとエリカを守りながら、仲間に頼んで探ってもらっていたんだよ。お前たちの正体と目的を。証拠集めをしていた」

『仲間だと……? そんな報告は受けていないぞ!』


 クレイプが魔法の国の下っ端サラリーマンなどと。嘘である。

 彼は外部領域の支配管理を託された、高位管理情報生命体。下位素体からの報告は、むしろ受ける側にある。


『いやー、中々骨の折れる作業でした。時間と空間をあちこち行ったり来たり。連中にもバレないように。マジ大変だったんですからね』


 正妻リルナの他にもう一人。押しかけて来た後輩――アニエスがユウへ念話を送る。


『後でボーナス弾んで下さいよ? ユウくん』

『わかっているさ。本当にありがとう。アニエス』


 ユウもただ心の内で答える。当然、クレイプには一切聞こえていない。

 さて改めて、ユウはクレイプを詰める。淡々と証拠を突きつけるように。


「お前たちの目的とは、死者の魂を加工変質させたときに発生するエネルギーと、その廃棄物の処分だ。ついでに言えば、死せる魔法少女の膨大な力を秘めた魂の獲得。むしろそっちが主目的だろう。違うか?」

『だったらどうした。それが何だと言うんだい』

「お前たちはそもそも。悪戯に運命を弄んで、最後は殺すために魔法少女を造り出した」


 ユウは静かに怒りの気炎を上げていた。

 彼は高位者と思い上がる者どもが身勝手に定めた運命など、決して許すことができなかった。そんなものを許さないために戦い続けてきたのだから。

 周囲の空気は、原子一つ一つにまで刃が刺すように張り詰め、虫一つですらざわめくことを止める。

 それほどの怒りの矛先を、一身に受ける者ならば。

 余分な感情など、人と意思疎通するための最低限を除いては、乏しくなるよう設計されたはずの高位情報生命体は――今、はっきりと恐怖していた。


『か、家畜が! 下等生物たるキミたちが、高位存在たる僕たちに恵みを、資源を提供することは、当たり前の話だろう? 何がいけないと――』

「思い上がるな!」

『ひっ!』


 ユウは激怒した。クレイプは怯んだ。

 しかし口だけはよく回る者である。彼はなお精一杯の強がりを見せた。


『じゃ、じゃあ何ができる。キミたち愚かな人間に、下等生物に、いったい何ができるというんだい。魔法少女システムは終わらない。僕を殺しても無駄さ。情報生命体に個の人格など存在しない。素体はいくらでもいる!』

「何を言うかと思えば。下らない」


 ユウは左手に剣を――燦然と輝く青のオーラの剣を生み出し。

 身動き取れぬクレイプへ向けて、躊躇なく突き刺した。

 痛みはない。ただもっと根本的な――存在を貫かれている。

 だがこの状況においても、まだクレイプには皮一枚にして絶対の余裕があった。


『無駄と言ったろう。たとえこの僕を殺しても、また次の僕が来るだけさ。残念だったね! キミは馬鹿の一つ覚えのように、死ぬまで魔獣を倒し続けるしか――』

「そいつはどうかな」

『あ……!?』


 高位管理素体として、全情報生命体と繋がっていたクレイプは。

 ああ――感じ取ることができた。できてしまった。

 ユウの突き刺した剣の力によって傷付けられたのは、彼自身ではない。

 彼の背後に繋がっていた、あらゆる素体が次々と消し飛び始めた。

 為すすべもなく、無残に、残酷に。容赦なく殺されていく。

 かようなほどの恐ろしい虐殺を成し遂げる者は。覚悟をもって為す者は。

 なんということだ。見た目は年端もいかぬ、ただの少年なのだ!


『や、やめろ……! 何をするんだ! なんてひどいことを!』

「何をするんだって? お前は尊厳と生命を脅かす外敵に相対するとき、襟を開き腹を向け、どうぞと差し出すのか? 人を家畜扱いする敵を自負しておきながら、自分だけは何もやり返されないとでも思ったか?」

『ぐ、うぅぅ。どうやって。こんな馬鹿げたこと、あり得ない!』

「はあ……」


 ユウは呆れ溜息とともに、仕方なく説明してやる。

 彼が今や置かれた致命的な立場を、これでもかと理解させるために。


「言ってなかったか。これは心の剣。想い定めたものならば、どんなものでも斬れる」


 だから。

 ユウは鋭い睨みを利かせたまま、続ける。


「あとは認識の問題だけだった。どこにどれだけいるのか、どういった性質を持っているのか。それさえ突き止めてしまえば――俺はお前たちなど、すべて一太刀で殺すことができる」


 まだまだ彼の奥底で。繋がっている別世界で、鏖殺は続く。

 容易くアリを踏み潰すように、情報生命は泡と弾けて消えてゆく。

 クレイプはたまらず叫んだ。体裁など、なりふり構ってはいられなかった。


『ま、まて! やめてくれっ! 許してくれえぇーー! このままでは! すべての同胞たちが失われてしまうっ!』


 目算、すべての情報生命体の九割ほどをも殲滅したところで。

 ユウはようやく、一度は破壊の手を止めた。青剣は未だ彼に突き刺したまま。


「じゃあ」

『……なんだい?』

「これから大事な話をしよう。心配するな。お前たちの大好きな契約の話さ」


 クレイプは心底恐怖した。

 目の前の男を呪った。

 この世のすべての理不尽を呪った。


「断ることは許さない。もし約束を破れば、お前たちはすべて死ぬことになる。お前自身も含め、一つ残らず――皆殺しだ」

『くそっ! ふざけるな! こんな一方的な契約など、あってたまるか! 不当だ! 改善を要求する!」

「ふざけているのはどっちだ。そもそも、お前たちがいたいけな少女たちに突きつけて、やってきたことそのものじゃないのか!」

『ひいいっ!』


 5431名。ユウがアニエスから聞いた犠牲者の数だ。

 名も無き少女たちが、生きたいと願いながら、彼らの身勝手のために儚い命を散らすことになった。

 死んだ人は生き返らない。過ぎ去った者は還らない。

 たとえ時間を巻き戻せても、どんなに繰り返せたとしても、伸ばした手をすり抜けていく。

 既に確定してしまったものは、もう取り戻せない。

 この世のどんなチート能力をもってしても。それだけは不変にして絶対の真理だった。

 だから。犠牲になった彼女たちを想えばこそ、ユウの怒りは尽きることがなかった。

 青き剣と同じ。海色に変色した瞳が、そこに刻まれた特別な瞳孔が、クレイプを氷のように射抜いている。


 ユウは思う。

 かつて【運命】の支配は絶対的で、影響はあまりにも絶大だった。

 だが一方で、確かに自分たちは守られていた側面があったのかもしれない。

 もはや神なき世界では。この開かれた宇宙では。

 そこのろくでもない魔法の国のような、別の外宇宙からの侵略者も当然に現れるのだろう。

【運命】なき時代。彼はある部分では、「彼女」の務めの代行を果たさなければならないのかもしれなかった。

 今一度決意を固める。

 この宇宙の平和と安寧を成し、明るい未来へと繋げる――現宇宙最強の守護者として。


 クレイプに、最後通牒を突きつける。


「魔法少女システムを終わらせてもらう。この宇宙から一切手を引け。それから、現在生きている魔法少女全員のリストを寄越せ。嘘を吐けばそれもわかる」


 ユウはその者の本質を、心を見抜く力を持っている。

 クレイプにはもはや選択肢がない。従うより他に道はなかった。


『わ、わかった。手を引く。それに渡す。渡すから。勘弁してくれ……!』


 彼が高位の情報生命体であることは、ここにいたっては、もうリストを直接脳内に渡すのに便利という程度しか優位な役割を果たさなかった。

 受け取ったリストをしかと記憶して、ユウは満足に頷く。


「契約成立だな」


 そう言って、少し安堵する表情。

 それは級友の前で見せるものと同じ、子供のようなあどけないもので。

 クレイプには、この男の本質がまったく理解できなかった。

 優しいのかと思えば、皆殺しを躊躇なく遂行するほどに、残酷にして苛烈。

 これほどまでの凄まじい二面性と、それを遂行するだけの圧倒的強さを誇っているのに、己の利益によるところがない。

 極めて滅私奉公の性質が。わからない。

 だからつい、尋ねてしまう。


『……一つ、聞かせてほしい。何がキミをそこまでさせるんだい。だって元々、キミには関係のなかったことじゃないか』

「わからないか。お前が、アキハを狙うと言ったからだ」

『それだけのことで?』

「それだけのこと?」


 ユウの逆鱗に触れたと気付き、クレイプはごくりと喉を詰まらせる。

 彼は、静かに語った。


「あの子は本来、生まれてくるはずのなかった子だ。永劫とも思える繰り返しの果てに、ようやく辿り着いた。やっと生まれてくることのできた――奇跡の子なんだ」

『何をわけのわからないことを』

「お前にはわからなくていいさ」


【運命】は、決してイレギュラーの存在を許さない。

 生きているだけで異変をまき散らすような、定められるべき世界にとって、はた迷惑でしかない女の子であれば。

 そもそもが生まれては来られなかった。

 だから、そんな宇宙を変えるために。絶望の運命を変えるために。力を合わせて戦い抜いた。

 その先にある――可能性の開かれた、この世界だからこそ。

 彼と彼女は、ようやく巡り遭えたのだ。


「俺は、守りたいんだよ。あの子の未来を。幸せを。あの子の笑顔こそが、平和の象徴なのだから」


 しみじみと、穏やかな語り口のその内側には。

 なんと固く、深く、凄まじい決意に満ちているものか!


 クレイプは、彼の話していることの半分も理解できなかったが。

 その崇高なる決意を目の当たりにして、ただ畏れた。


 この男は、冗談などではない。


 あの子の笑顔を守るためならば――きっと、世界をも斬ってしまえる。


「二度と手を出すな。あの子にも、地球にも、それからこの宇宙にもだ」

『だったら。だったらどうして、僕たちをすべて殺さない? キミなら、一思いにやってしまえるはずだ。その方が確実で、安全で、安心のはずだ!』


 僕ならばそうする。こんなリスクを残して、恨みを与えるようなことはしないだろう。

 まったく非合理だ。わけがわからない!

 ユウは、あっけらかんとして言った。


「友達の前でね。約束したんだ。あの子を本当の意味で泣かせるようなことはしないと。あの子はきっと、お前みたいなろくでもない奴でも、殺してしまうことまでは望まないだろうから」

『キミは……』


 そこで初めて、ユウは彼の前で本当の意味での笑顔を見せた。

 だがそれは実際彼に向けたものではなく、彼女を想ってのものだ。


「個々にはっきりした人格がなくてよかったな。失われた情報は、時間をかければ回復することができる。お前たちは、まだ生きることができるんだ。……無残にも殺されてしまった、たくさんの魔法少女たちとは違ってね」

『…………』

「精々感謝することだ。あの子の――アキハの優しさに」


 そこまで言うと、ようやく剣を引き抜いて。

 嘘みたいに優しく、猫頭を叩いた。まるでお前は、ペットごときだとでも言いたげに。


「覚えておけよ。クソ猫。魔法少女を不幸にすることは決して許しません、だ」


 最後に、彼女の気持ちを代弁して。しっかりと釘を刺して。


「さあ、わかったらさっさと行け! 二度とその面を見せるな!」

『うわあああああーーーーーー!』


 クレイプは滅茶苦茶に泣き叫びながら、ほうぼうのていで逃げ出した。


 地球には、あの宇宙には――とんでもない化け物がいる。

 近隣宇宙を震撼せしめるに至った最初の事件として、この魔法少女システム破壊事件は記録されることとなる。

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