隣のクラスメイトが世界を斬る剣とか使い出してマジでやばいんですけどっ!
レスト
1 異世界召喚に突然割り込まないで下さいっ!
皆さんは、実際にはあり得ないけど楽しい妄想をしたことはないでしょうか。
自分が実はすごい能力を秘めていたとか、隠し持っていたとか。
クラスにいきなりテロリストが入ってきて、私がばばーんと解決しちゃったりとか。
唐突に異世界召喚が始まって「あなたが勇者様です」とか「聖女様です」って言われたりとか。
いきなりトラックが突っ込んできて転生してしまうとか。誰かに追放されてその後大活躍したりとか。
私はよくあります。ネット小説読み過ぎですか? 妄想逞しい方みたいです。
えっへん。って、別にいばることじゃないですけど。
あとは――隣のクラスメイトが、実はものすごくやばい人だったりとか。
――まあ、そんなことあるはずないんですけどね。
隣でいつものほほんと、ぽけぽけーっとしている男子がいます。
星海 ユウ。
多少目鼻が整っている程度の平凡な顔立ちですが、女装が映える(確信)くらいには女顔なのが最大の特徴です。
体型はいたって平均的。意外にも背はそこそこあるようです。
穏やかで優しい雰囲気の人で、その印象通りに気が弱く、いつも適当にからかわれては、愛想よくへらへらしています。いじられキャラというやつですね。
だから馬鹿にされがちなんですけど、でも成績上位の優等生だし、深刻にいじめられているというほどではありません。
何でも気軽に手伝ってくれて、何を頼んでも断らないので(押しに弱いのでしょうか?)、一部の男子と女子にはそこそこ人気があります。
かく言う私も何度かお手伝いをしてもらいましたし、嫌いじゃないです。むしろ少し好ましく思っています。
ただ……。
隣の席という立場上、みんなよりはよく観察しているだけに思うのですが……たぶん、星海君はちょっと変な子なんだと思います。
時折窓の外を眺めては――何かを思い返すような、やけに遠い目をしているのが気になるんですよね。
中学のとき、意味もなく意味ありげに窓の外を眺めてはにやついていた男子を思い出します。厨二病でしょうか?
でも、アレともちょっとまた違うような。いやまさか、星海君に限ってそんなことは……。
なんてことを考えながら様子を窺っていると、いつも私の視線に気が付いて、にこにこと微笑みを返してくるのです。
毎回必ず悟られてしまいます。後ろにも目が付いているのでしょうか。心でも読めるんでしょうか。正直気味が悪いです。
意外な一面もあります。隣の私だけはよーく知ってます。
この人――真面目な優等生の振りして、どの授業でもまったくノートを取ってないんですっ!
さすがに突っ込んだこともあるんですけど、「ごめん内緒で頼む」ってシーッと指を立てて、困った笑顔でお願いされては何も言えません。
それから、しょっちゅう謎の生傷をこさえてきます。目立たないようにしてるんですけど、隣の私にはわかります。どこのわんぱく小僧ですかっ。
まだありますよ。部活もやってなくて、友達と帰っているところも一度も見たことがないです。ぼっち気質ならわかりますが、性格に似合いません。
クラスではあんなに人当たりがよくて気さくなのに、学校という空間から切り離された途端、すべてを突き放したように孤独で、一切が謎に満ちていて。
一見どこにでもいそうな普通の子なんですけど、遠目からではそういう風にしか見えないんですけど。
でもやっぱりちょっと。不思議な感じがします。
決して好きという感情ではないですが、何となく気になる? と言いますか。
だからつい、ちょくちょく話しかけてしまうんですよね。
「ねえ。星海君」
「うん? どうしたの新藤さん」
「いつもぼけーっと窓の外を眺めて、そんなに楽しいの?」
「とっても楽しいよ。平和な日常っていいものだね」
しみじみと、満面の笑みで答えてくれる星海君。
あんまり堂々としているものだから、つい毒気が抜かれてしまいます。
ですがここは食い下がらずに。もう少し探りを入れてみます。
「ノートも取らずにね。どうやってその成績維持してるのかしら」
「お、お家で勉強してるんだよ」
明らかに目が泳いでいます。わかりやすいです。この人、絶対おうちで勉強してません。
「ふーん。何かそこまで熱中するような趣味があったり?」
「趣味か……えーっと、何だろう。人助けかな?」
「人助けが趣味って……」
テレビのヒーローか何かですかっ! いい答えが思い付かないからって、適当なこと言って誤魔化してますねっ。
「あの~、新藤さん? 全然信じてないって顔してませんか……」
「そんなことないですよ~?」
私はにっこり笑って返しました。
星海君はただ苦笑いするばかり。困ったときの癖ですよね。それ。反応は可愛くて面白いですが。
「道端のおじいさんおばあさんとか、小さな子供に好かれそうな顔してますもんね。ねー」
「そ、そういうことかな。あはは……」
誤魔化し方零点。怪しさ満点です。この新藤 アキハ先生は及第を認めませんよ?
***
えー、唐突ですが。
物語のお約束と言いますか。
――平凡な日常というやつは、唐突に終わりを告げちゃうみたいです。
茶道部の帰りでした。たまたま帰宅時間の被った仲の良いクラスメイト(星海君じゃなくて女子ですよ)と途中まで道を共にし、別れを告げ。今日も一日楽しかったなと良い気分で歩いていたところでした。
突然、私の足元を巨大な魔法陣のようなものが覆ったのです。
逃げる暇もありませんでした。奇妙な浮遊感に包まれて、気が付けば――。
建物の中でした。
足元には例の魔法陣的な何か。周りはすべて石に囲まれているようです。
「おおっ!」「召喚に成功したぞ!」「やった!」「これで我が国も……」
偉そうな見た目のおじさんやおばさんたちが何人もいらっしゃって、口々に何かを言ってます。
明らかに日本語の口の動きじゃないですが、なぜか普通に聞こえてきてます。
状況がさっぱりわからず、きょとんと首を傾げている私に、長官っぽい人が言いました。
「勇者様。よくぞ我々の世界へお越しになられました」
「へ?」
あまりのことに現実が呑み込めず、一瞬茫然となって。
「うえええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!?」
言葉の意味が理解できたときには、馬鹿みたいに叫んでいました。
わ、わたしが勇者ぁ!? そうなんですか!? 運命ってやつは、いきなり来ちゃうんですか!?
「混乱なされるのも無理はないでしょう。ですがご安心下さい。身の回りのことは侍女たちが万全に執り行いますので」
綺麗どころのお姉さんたちが、ずらりと一斉に頭を下げてきました。
「ほぁ。はあ……」
これは、もしかして。もしかしなくても。
ものすごく典型的な異世界転移ってやつじゃないでしょうか。
***
やっぱりというか。早速お城の王様に会うことになっちゃいました。
事前に、失礼がないようにと、教育係のおじいさんから最低限の礼儀と知識をつらつらと叩き込まれます。
やれ国の歴史だの、やれ勇者の使命は魔を操る異端者と戦うことだの。
当然ですが、知らない言葉ばかりで頭が超疲れます。体感半日ほどでしたが、実際は三時間くらいかもしれません。
連れ回される場所、どこもかしこも、見れば見るほど中世風で、現代地球とはかけ離れた構造物ばかりです。
異世界かぁ……。ほんとに来ちゃったんですね。
確かに妄想レベルではいいなって思ってましたけど。
でも実際そうなったら怖いし、不安しかないです……。知らない世界に一人ぼっちだけって、こんなに心細くて泣きたい気分になるんですね。
わあ。どうしよう。お父さんもお母さんも、友達もみんなすごく心配するんじゃないかな。警察とか呼ばれないかな。絶対呼ばれるよね。
そもそも私は、違うんですよ。全然異世界主人公タイプじゃないです。
別に世の中に絶望しているわけでもないですし、ニートでもないです。ただのか弱くて健全な女子高生ですよ?
だからその、大変困ります。神様、どうして他の人にしてくれなかったんですかぁ。
とうとうあらゆる準備も終わって、王様の元へ連れ出されてしまいました。気分は完全に公開処刑です。おうち帰りたい……。
周りには強そうな騎士の人たち、いっぱいいます。逃げることも無理そうです。
王様は豪華な衣装と立派な王冠を身に付けて、真正面にいるのですぐわかりました。かなりお年を召されているようです。
両側には、これまた立派な禿げ頭の大臣と、いかにもファンタジー物語に出て来そうな金色鎧おじさんが控えていました。
鎧の人は騎士団長さんでしょうか。イケオジってことくらいしかわかりません。
王様から色々説明を受けますが、物騒な話ばっかりで理解したくもありません。右耳から入っては左耳から抜けていきます。
辛うじて振り絞ることができたのは、弱々しい言い訳だけでした。
「で、でも私……剣とか持ったことありませんし……」
「大丈夫ですよ。異世界の方は軒並み素質が優秀ですからね。鍛えれば立派な勇者様になれますとも」
騎士団長さん(仮)が太鼓判を押しますが、もし力があったとしても、私は斬った貼ったなんて絶対にしたくありません。人材の再考を強く要求したいです。
「無理ですよ。他の人にしましょう。私よりもっと、もっと向いている人が……」
「すまぬが、それはできんのだ」
厳かな声で、王様が完全否定してきました。
「召喚術式には大量の魔力を用いる。一度召喚すれば、再度召喚するには20年はかかる。それに、術式は一方通行だ。帰るすべなどないぞ」
「え……」
一気に青ざめる私。そういうこともあるのではないかと半ば覚悟はしていましたが、実際突きつけられると目の前が真っ暗になりそうでした。
もう、帰れない? みんなと会えないの……?
ふらふらと打ちのめされているうちに、一方的な話だけがトントン拍子で進んでいきます。
いつの間にか、契約を交わすということになっていました。
すぐ先には、妙に禍々しい紫色の魔法陣が出来上がっています。
「これは血に基づく契約です。あなたと我々の双方が血を差し出し、固い絆を結ぶのです」
「い、いやぁ……」
本能が叫んでいました。きっと、ろくなことにならないんじゃないかって。
騎士団長さん(仮)たちは強引でした。
言葉の上でこそ気遣っていますが、実際はぐいぐいと私を引っ張って、血の契約とやらを交わそうとしてきます。
力の弱い私では抵抗のしようもありません。とうとう目の前まで引きずり出されてしまいます。
私を満たしていたのは、深い絶望と後悔でした。
何がいけなかったのでしょうか。
どうしてこうなっちゃったんでしょうか。
……最初から、こうなる運命だったのかな。
嫌だ。帰りたい。もう一度みんなに会いたいよ。
誰か助けて。誰か――!
そのときでした。
突如として、目の前の空間が大きく引き裂かれたのはっ!
それは数人が通るには十分なほど大きな裂け目でした。
そして、そこからゆっくりと現れ出たのは――。
「え、星海君!?」
なんと、隣のクラスメイトくんでした。
もうわけがわかりません。夢なんですかこれ。
しかも、謎の武器持ってます。左手に何やら、真っ青に光る剣っぽいものを携えているではありませんか。
それ、ものすごく輝いてます。神々しいほどです。そう言えば星海君って左利きでしたもんね、って言ってる場合ですか。
え。どうして。どうやって!?
周りのみんなだって、騒然です。召喚してもないのに、いきなり知らない男が王の間へ直接乗り込んできたのですから。
彼は私の姿を認めると、左手の剣らしきものを消し去って、随分と呑気な調子で言ってくれました。
「あ、いたいた。探したよ。君のお母さん、帰りが遅いって心配してたよ」
その声も、その顔も。いつもの緩やかで、優しい雰囲気で。普段の星海君そのもので。
理由なんてさっぱりわかりません。でもそんなのは後だっていいんです。
すぐそこに見知った顔がいるだけで。ずっと心細かったのが、何だかすごく安心してしまって。
自分でもひどく驚きましたけれど、私は彼に抱き着いて、みっともなく大泣きしてしまったのでした。
「うわあああん!」
「おっと。よしよし。怖かったね。さあ、お家に帰ろう」
なんですか。まるで子供をあやすみたいじゃないですかっ。ぐすん。ばか。
彼は一つ私の頭を撫でると、私の前へ庇うようにして立ち、王様に向かって口を開きます。
何だかいつもと違って随分堂々としています。それだけに頼もしく、大きく見えてきました。
「何らかの方法で彼女を無理に召喚したみたいですね」
「貴様、なにやつだ! 王に向かって頭が高いぞ!」
大臣の憤りを無視して、星海君は続けます。
「用件はまた後日きちんと伺いますので。いったん元の世界へ帰らせてはくれないでしょうか。彼女が泣いてますので」
未だぼろぼろ泣きながら私は驚いてます。
私が泣いてるからって。そんな歯の浮くようなことすらすら言える子でしたっけきみ!?
当然、王様は許しませんでした。
「それは困るな。彼女は多大な犠牲を払って召喚した勇者。我が国の救世主なのだ」
「別に国を救ってくれるんだったら、この子じゃなくても、誰でもいいんですよね? 俺で良ければ、改めて相談に乗りますが」
た、確かにきみはいつもクラスの相談に乗ってくれるけどね。今回ばかりは相談のレベルが違うよ!?
安請け合いしちゃって大丈夫!?
あらぬ方向に心配が飛んじゃってますが、どうやら私にも少し心の余裕が出て来たようです。
「ならん。なれば貴様も道連れだ。勇者共々、この国の力になってもらおう。嫌とは言わせぬぞ」
近衛兵の存在をちらつかせて、にやりと笑う王様。ひどい。まるで悪役みたいですっ。
星海君は、静かに怒っていました。
「へえ。勝手にそちらの都合で呼び出しておいて、こちらの都合で帰るのは困るから脅して従わせようってか。それは建設的な態度じゃないな」
ど、どうしたのかな星海君。凄みがあるよ? きみってそんなにワイルドに喋る男でしたっけ?
「それにね。さっきからずっと思ってたんだ。お前たちからは強い悪意を感じる。心から助けて欲しい人間の気持ちを持っていない」
「なんだとっ!?」
今度ばかりは聞き捨てならぬと、騎士団長(仮)も憤慨しました。
声だけで立ちすくむような気迫だけれど、星海君はまったく揺るがない。いつもの気の弱さが嘘みたいです。
「だから実は勇者なんて方便で、本当のところは勇者という名の奴隷契約でもするつもりなんじゃないかってね」
「ええっ!?」
私は涙も引っ込んで、それはもうびっくりしました。
確かに血の契約とか、もろに怪しかったですけど。
だって。一応、異世界勇者さんには乙女的なキラキラした憧れがあったんですよ!? 異世界召喚なんて奇跡が起きて、怖かったけど、ちょっとくらいは期待しちゃうじゃないですか!
実はそんなささやかな希望すらなくて、難易度アルティメットだったんですかっ!?
ま、まさかの性奴隷スタートパターンですかっ!? いけません! やめましょうぜひやめましょう! おうちかえりたいです!
「王。構いませんか」
「構わん。殺してしまえ」
この場の全員を侮辱されて、騎士団長(仮)はとうとう剣を抜きました。
黄金色に輝く、それはもう立派な大剣です。
改めて見ると、図体も2メートルくらいはあるでしょうか。ムキムキです。めっちゃ強そうです。
それに比べて、星海君の細身なこと! でも今はきみだけが頼りなのっ。がんばれ負けるな星海君!
そんな私の不安を察したのでしょうか。星海君は背中を見せたまま一言、私だけに聞こえるように「大丈夫だよ新藤さん。少しだけ待っててね」と言ってくれました。
「小僧。死ねえっ!」
猛獣のような掛け声とともに、目にも留まらぬ速さで敵は迫ってきました。
上段から剣を振りかぶり、細身の男子高校生の身体へ叩きつけてきます。
星海君の方はというと、自然体で立ったままぴたりとも動きません。
危ない! このままでは真っ二つに斬られてしまうかと思われた、そのとき――。
星海君は、素手で剛剣を受け止めてしまいました。
もう一度言います。素手で受け止めやがりました。
は……? ええええええええっ!?
「な、我が王国一の剣技を……!?」
「お前――相手の強さもわからないのか」
突き放すような最低評価が、彼の耳朶を穿つと同時。
剣が、砕け散りました。
ガラス細工のように粉々に砕け散っていきます。とても信じられない光景でした。
敵があからさまな動揺を見せた隙に、星海君は金ぴか鎧の上へ手を添えます。
ただ添えるだけで十分でした。
どういう原理かまったくわかりませんが。ものの一瞬で騎士団長(仮)がぶっ飛びました。
比喩じゃないです。ほんとに宙をふっ飛びました。
そのまま痛烈に壁へ叩きつけられて、ごろごろと無様に転がって。そして――ぴくりとも動かなくなってしまいました。
うわ。つっよ。おにつよじゃないですか……。
誰ですか気が弱いとか弱そうなんて言ったの。私か。
彼の圧倒的勝利に感動しながらもこっそりドン引きしていると、周りの皆さんはすっかり狼狽えてしまっていました。
「うわあああ、団長ーーーーっ!」「団長がやられた!」「死んだ!?」「一撃で!?」「バカな!」
「大丈夫。ただ気絶しているだけだ」
冷静に告げる星海君。というか、やっぱり団長(仮)は団長だったんですね。
「でもまだやると言うなら、みんな痛い目に遭ってもらうけどね」
王様は動揺と悔しさのあまり、歯ぎしりするしかありませんでした。
わなわなと震える声で問いかけます。
「貴様……。いったい、何者なんだ……!?」
「星海 ユウ。通りすがりの――元、旅人さ」
ぐらりっ。私の脳天に今年一番のクリティカルヒットが来てしまいました。
なにその決め台詞ぅぅぅぅーーーーーー! うえぇぇぇへっへーーーーーっ!?
きみってやつは! きみってやつはあああああーーーーーー!
なんですか旅人って! しかも元って!
厨二病を超えてます。妄想純度100%野郎がそのまま現実出て来ちゃってます。
何病なんですか。この人に付ける薬はありますか!? むしろそのままのキラキラしたきみでいてえええええ!
はっ!?
いけませんいけません。完全に妄想爆発してました。こんなときに私もよくやりますよね。
ただそうしてあっけに取られているうちに、私は再び彼の腕の内にしっかりと抱き寄せられていたのでした。
まるでナイトのようです。実際守りたいって気持ちが行動からひしひしと伝わってきます。隣のクラスメイトは思ったより大胆な子でした。
彼の腕に触れて初めて気付いたのですが、星海君、イメージよりずっと筋肉が引き締まっています。ギャップがすごいです。
そんな、実は隠れ細マッチョだった星海君ですが、敵に向かってにやりとわざとらしく笑い、堂々と言い放ちました。
「ということで、帰ります。さようなら」
彼が最初空間に開けた穴へと、私の手を優しく引いていきます。
「お、おい! 待てっ!」
口ばかりは凄もうとするものの、王様は哀れ、末期施設に取り残される老人みたいです。
あんまり可哀想に見えてきたものだから、何か。何か言ってあげなくちゃと思って。
「お、おたっしゃで」
わああ~! 自分でも混乱してよくわかんないこと言っちゃったぁ!
***
彼に手を引かれて空間の穴から出てみれば、そこはまったく人目に付かない河川敷でした。
うちの近くなので、見覚えがあります。目立つと大変なので、場所を選んで出て来たようです。
でも、よかった。本当によかった……! 無事、地球に戻れたんですね!
それで星海君はというと、私から手を離した後、また左手に光り輝く青い剣を創り出しています。
「後始末をしないとね。ほっとくと向こうの連中が追って来るかもしれないから」
煌々と輝く青剣を軽く一振りすると、空間の穴そのものに切り裂かれたような光が迸り、穴は綺麗に閉じてしまいました。
最初からそこには何もなかったように。よくわからないけどすごいことだけはわかります。
何となく気になって、尋ねてしまいました。
「それってなんなの?」
「ああ、左手のこれのこと? これはね――」
星海君は、とても、とても遠い場所を想うように、目をほんのり細めました。
「世界を斬る剣だよ」
「ふえ?」
世界を、斬る剣……!?
なんだかものすごいワードが飛び出してきました。
星海君は、しみじみと続けます。
「人の想いの果てまで届く。すべてを切り裂く心の剣なんだ。色々なことがあって……本当に、色々なことがあって。やっとのことで手に入れた、かけがえのない武器だよ」
ここまで感情たっぷりに言われてしまえば、さすがに私でもわかります。
この人は――きっと昔、何かとんでもないことがあったのだろうと。
もしくは、どんな名医も匙を投げだす手遅れレベルの厨二病だと。
「どうして」
「うん?」
「どうして私を助けてくれたの?」
星海君は、もうすっかりいつもの優しい顔に戻っていて。穏やかに微笑みました。
「君が泣いてたからね。理由なんてそんなもんでいいじゃない」
ま、また歯の浮くようなことを言ってきみは。もう。さっきからどうしちゃったのよ。
まさか、きみって……私のこと……。
「ねえ……ほんとにそれだけ?」
「うーん。まあ、あとは……あえて言うなら。趣味かな」
「へ?」
まったく意外なところの言葉が出て来たので、私は完全にきょとんとしてしまいました。
「趣味。人助けだって言ったよね」
「あ! ああーっ!」
「ね。これで信じてもらえると嬉しい、かな」
私、完全に見誤ってました。
この人、ちょっとなんてもんじゃないです。
やばいです。マジでやばすぎますっ!
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