③主人公
「わぁーお、すげぇ。」
「へっへっ、すげぇねぇ~」
この世界には魔法が有り、非力ながら俺たちは、
「終わりましたか?」
――旅をしている。
「あ~、はいはい。」
その声に急かされ提出したクエスト用紙は、どれも手付かずの無理難題ばかりだ。分かっている。
恐らくは時期尚早なクエストなのだろう。初めからクリアできないとは理解しているけれど、今回の目的は深層「第三層」へ挑むことに有る。
目的を隠すための建前なんて、正直何でも良い。
「ダメです。ジマ岩窟の第2層からは肉食のモンスターが現れます。このクエストも、このクエストも、このクエストだって、受領できません。」
――え、マジで?
「え。……いやほらだってお姉さん。俺たち"探索士"なんですよ、ただの冒険者じゃなくてさ?」
「ダメです。不可です。」
――厳しいが過ぎる。
俺は受付嬢の顔を覗き込むように見て、不快感を示した顔をする。
まぁ断られるのも無理は無い。それが命を秤にかける彼女の仕事である以上、低級の俺らは従うしかない。
――いや、それでも少し辛口じゃないか?
「……えぇ、じゃあこっちでいいや。」
俺は難易度の下回ったクエスト用紙を数枚差し出す。中の一枚は上質な芝香草のクエストである。
数枚の用紙を局所的に重ね、主題や詳細部の異なる記述を巧みに隠すのだ。
これが通れば俺たちは深層への入窟を間接的に認められることになる。
余りにも古典的な手だが案外通じることが有る。横にいたプーカは俺が仕込んだトリックに気付きクシシと笑った。
「じゃあ、これくらいなら良いですよね、第一層にある芝香草の採集クエスト全部。こうなったらダンジョンの芝香草は全部手に入れてやる、……くらいの勢いで!!」
俺は番台のお姉さんと視線を交え、その隙に手元では用紙を巧い具合に移動させ、『上質な芝香草』クエストだけを目立たないように弄る。
「やる気は有るんですけど?」
「はぁ……、分かりました。受領しましょう。」
――ほっほっほっ、ブァカめ。
番台嬢は呆れた様な声色でスタンプをポンポンポンと押していく。
さて、何回押しただろうか。
その中の一枚である『上質な芝香草』クエストにも受領印が押された。全くもって未熟な受付だ。少しお馬鹿。地方のダンジョンは人手不足なのだろう。
「くれぐれも安全にはお気をつけ下さい。それと他の冒険者さまの邪魔だけは……」
俺は彼女が押したクエスト用紙をまとめさっさと片付けて番台を後にする。
隣はレストランだ。ここでは芝香草の飼料で育った上質な鶏肉料理が売られているのだ。これは頼むしか無い。そして成し遂ぐ完全犯罪。
「俺チキンフィレ!!」
「プーカは全部!!」
ぼさぼさの碧髪を揺らしながら、プーカが人差し指を立てて料理を差した。
「それはダメ。」
万年金欠クラン、そんな余裕は無いのだ。
そんなことを想ってメニューを眺めていると、近くに背の高いマッチョがバランスを崩して俺にぶつかった。
「おっと失礼。」
――ッ?!
「おい!」
「アァアンッ!!」
――あ。この人、怖い。
「とっ、良い体幹だぁ。トハハハ・・・ナイスマッスルっ!!なんて……」
「チッ……」
俺は目を逸らす。見た目に反して随分手先の器用な奴だ。俺から盗んだ"それ"を使って何をするんだか。怖いから直接は聞かない。俺は頼んだメニューを待ちながら、長机でその光景を眺めることにした。
「米食べんの、ナナ?」
「米は弁当で持ってきたよ。席を取ってるから水汲んで来てくれ。」
俺は物静かそうなスキンヘッドの隣に座り、影を潜めてその光景を見守る。マッチョに盗まれたのは俺のクラン証書だ。どうせ中身の無い写し書きだから好きにしてもらっていいが、一体それをどうする……?
「――大変ですね。お姉さん。」
マッチョは細身の男にクラン証書を渡す。クラン証書は出身の冒険者ギルドによって渡される特別な紙に書かれたものだ。
よって特定の記入欄以外を偽装することは出来ない。つまり主要な登録情報だとか、パーティーの構成人数だとか。
そして奴らは5人パーティ。様相から見て地元の人間では無いらしい。つまり同じく地元の人間ではない俺たちが狙われた。奴らの目的は確定的に違法入窟。しかし偽造には限界があるぞ...。どうする?
「どしたん、ナナシ。」
「……証書が盗まれた。あそこ。」
俺は番台へ目配せし、プーカと眺める。
「――凄いですね。実力だけならB級クラスですよ!!」
どうやら手続きは円滑らしい。
「魔法だな。証書に仕込んだのか?」
「できるん?」
「分からない。あるいは弄ったのは
受付嬢はそんなことに気付く余地も無さそうに、スカートとベージュのポニーテールをふわりふわりと揺らしながら、楽しそうに書類を眺めて話していた。
「……可愛い。」
「ぷぷっ、あんなん好きなん?」
「何言ってんのさプーカくん。可愛さと
俺は無い眼鏡を弄り、口を尖らせ高説を垂れてやる。
「へぇ、きめぇ。」
――きめぇはひでぇ。
「……そ、それに受付としては未熟だしな。俺たちの実力も見誤ってるだろ?」
俺は冗談めかしに笑いながら言ってやた。プーカは直ぐに興味無さげにチキンフィレとそのタレを白米に絡めて、豪快に貪り付いている。
「――ほぉ、坊主。てめぇらそんなに強えってか?」
その時、何処かの誰かの何かに火が付いた音がした。
「……え?」
顔を真っ赤にしたスキンヘッドの酔っぱらいは立ち上がって俺を睨む。
「あの受付の目がそんなに節穴だって言うのか?」
「え、……えぇまぁ。現に彼女は若く見える。このギルドで働ける年齢を考えれば勿論彼女は新人でしょう?……え?」
「――月日が浅いから未熟だってのか?テメェらが大したこと無いってのが間違いだってのか?」
なんと面倒くさい酔っぱらいなのだろうか。
――座る席を間違えたな。
しかし、俺の言っていることは間違っちゃいない。反省や気付きこそが往々にして人を成長させるのだ。それ故に俺はこの意見を曲げない。
「相対的に考えれば、冒険者を捌く人数が少ないこのギルドの、月日も浅い番台の目が未熟だと言う事は……」
『――うるせぇッ!! 気に食わねぇんだよッ!!』
そう言うとスキンヘッドの男はビールの入ったジョッキ樽を振りかぶり、俺の脳天へと当て、中身をぶちまけた。
樽はひしゃげてビールが零れ、俺は全身にビールを浴びる。机の上にあったチキンフィレの皿は、プーカが避難させるように攫い、華麗な所作で胃袋へ流し込んだ。
――俺の分……。
『まだ分からねぇのか、テメェら
――またか。
この世界には差別が有り、そんな中で俺たちは旅をしている。これは人種差別と同じくらい深刻な問題だ。後天的に魔法を失った俺も、近年までまさか自分が標的になるとは思いもしなかった。すなわちこれは、魔法使いの優生思想、あるいは選民思想特有の排外主義。とかく人間にはよく起こる"対立"の1つ。
これがこの世界で俗に言う、
「そう……ですね。……行こうプーカ。」
俺はプーカの手を引き席を立ちあがる。
このスキンヘッドの男は無論、魔法が使えるのだろう。事態がヒートアップでもすれば参事は拡大するばかりだ。
喧嘩になれば敵わない。
それに魔法を使えない冒険者が足を引っ張るという事故は、確かに多く存在する。無魔の冒険者が使えない初心者であるイメージは、万人の頭に根強く在るのだ。
クラクラ揺れる頭で、俺の中にある気力や怒りが虚しく引いていくのを感じた。
どれだけ自信が有ろうとも、そう振舞って生きようとも、俺は無魔だ。力は、証明されたその時にしか、認められない。
そしてそんな機会はそうそう無い。
「ナナシ弱っちぃ」
プーカはまたクシシと笑う。その笑顔で、虚しさは若干晴れる。
「ほっとけ。」
ビールに濡れた黒髪が、重々しく揺れた。
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