妖刀を打つ鍛冶師と妖怪と(仮)――【予告編】

龍威ユウ

予告プロローグ

 狐の嫁入り、というものがある。

 雨雲一つない状態であるのに雨がさめざめと降る現象のことだ。


 古来からここ、葦原國あしはらのくににおいてこのお天気雨は決して目にしてはならないという絶対不可侵の規則ルールがあった。

 何故見てはならないのか、この理由について青年――千珠院景信せんじゅいんかげのぶはかつて師父であったいわおに尋ねたことがあった。


 その時に返ってきた回答は、目にすれば命がないという、不安と恐怖を煽る一方で大まかな内容に未だ景信は不思議に思っている。


 結局のところ、神隠しとはなんなのか? ――この疑問についてついに景信は知ることとなる。

 もっともその形は彼が望んでいたものとはあまりにもかけ離れていた。よもや本当に狐の嫁入りを目にしてしまうなど、果たして誰がこの時思えようか。



「あ~……ついてないな」



 今からちょうど一週間前のこと、景信はその日いつもとは異なる散歩道を歩いた。

 毎日欠かさず一里(およそ4km前後)歩くことを日課としている。これは修練というよりは単なる気分転換という意味合いの方が大きい。


 そして運命の歯車が狂うに至った起因は、なんとなくという実に曖昧あいまいな理由によるものに他ならない。たまには違う道を歩くというのも一興だろう……真っ直ぐと進む道を右へ進んだ景信は、そこで不幸にも狐の嫁入りを見てしまった。



――狐の嫁入り……マジで妖狐共が結婚式を挙げていた。

――いや、そんなことよりも今は自分のことだ!

――狐の嫁入りを見てしまった場合、そいつの命はない。

――つまり家の周りを取り囲んでいる狐共は、俺を殺しにきたってこと……!

――こいつは……やばい。かなりやばいぞ!



 目にした者は必ず死ぬ――かつてこそざっくりとした回答も、いざその身で体感すれば否が応でも思い知らされる。

 家を取り囲む妖狐は圧倒的に景信よりも多い……ざっと数えてみても恐らく20は軽く超えていると見て間違いあるまい。


 人間が相手でもこの数はなかなか骨が折れるというに、妖狐となるともはや成す術はない。


 即ち狐の嫁入りを見てしまった時点で千珠院景信せんじゅいんかげのぶの人生は詰んでいたのだ。正しく絶望的としか言い様のないこの状況を如何にしたものか、幾重にも思考を巡らせるものの妙案が生まれるはずもなし。


 景信は、この時ばかりは腰の愛刀がいつになく頼りなく感じてならなかった。

 やがて笛太鼓の音色がぴたりと止んだ。


 どうして急に笛太鼓が止んだ? ――いつもと異なる状況に景信に緊張が走る。


 雨がしとしと降りしきってはいるものの、空はまだ清々しいほど青い――夕刻になれば諦める妖狐達が何故日の明るい内から諦めたのか、景信はこの違和感に得体の知れない不気味さを憶えるのを禁じ得ない。


 何かきっと企んでいるに違いあるまい、と景信が腰の得物を一寸ほど鞘から出した、次の瞬間だった。



「KITSUNE! Open the door!」

「なっ……!」



 荒々しく襖が蹴破って妖狐達が次々と中へと侵入してきた。

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妖刀を打つ鍛冶師と妖怪と(仮)――【予告編】 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

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