つぎはぎUFOと、はりぼて神神

田中ざくれろ

つぎはぎUFOと、はりぼて神神

「おら、見ただ! UFOが牛をさらっていっただ!」

 緑濃き長野県の農場では最近、何日かおきに牛が一頭ずつ消えていくという事件が起きていた。

 柵を越えての脱走や牛泥棒の侵入というケースも考えられたが痕跡や証拠はない。

 牛が消え始めた頃、その付近で大きなオレンジの発光体が空を飛ぶのを目撃されるようになっていた。

 この発光体の正体も謎で、それと牛の消失との関連づけて考えようとする者は少なくなかった。

 しかしこれらを結びつけて結論される事件の骨格は現実的とは思えない。

 そう思いながらも疑念を捨てきれずにいる地元民の集まる酒場に、謎の発光体が牛をさらっていく決定的瞬間を見たという元太が現れた。

「おら、見ただ! 空から大きなオレンジの光が降りてきて、白い光線を真下にいた牛に浴びせたんだ! すると牛はまるでエレベータに載ったみてぇに音もなく上昇して、光の底から中に吸い込まれていっただ! キャトル・ミューテレーションだ! 家畜さらいだ! あれは絶対UFOだ!」

 スマホで撮影された決定的瞬間を出された事で皆はむぅと唸るしかなかった。映像は牛がさらわれていく途中から撮影されたもので、スポットライトの様な白い光で照らされた牛は重力に逆らって浮かび上がり、オレンジ色の発光体の中へと吸い込まれていった。

 そして直後、発光体は青空へと指で弾かれた様に飛び消えた。そこで映像は終了する。

「本当か。UFOか」

「ネットに転がっている動画を流用しただけじゃねえのか」

「いや、元太は信用出来る。動画を拾ってきて騙そうだなんて知恵の利く男じゃねえ」

「UFOという事は宇宙人の乗り物だ」

「いや決してイコールじゃねえんだが……そこんところは説明するのめんどくせえ」

 そう皆が騒いでいる最中に康史という男の心根は決まっていた。もう三頭も牛を失くしている小さな牧場主だ。

 こんな映像を見せられて黙っているわけにはいかない。牛泥棒が誰なのか解った今は、その仇をとらないわけにはいかない。

 趣味の猟銃を持ち出し、猟犬を連れ、翌日の午後にのっそりと牛が牧草を食んでいる所へ行った。

 UFOという奴が今日来るかここへ来るかは解らない。

 だが康史は狩猟用に手に入れたギリースーツを着て、近くの茂みへと身を潜めた。

 我慢強い男と猟犬だった。

 牛の群を視界におさめながらじっとUFOを待ち続けた。植物の茂みの様な外形を持つ緑色のギリースーツは、そこに康史という人間がいるのを巧みにカモフラ―ジュしている。

 何時間経った事だろう。

 夕暮れだ。

 昏くなってきた景色で緊張のゆるみが疲れと眠気となって襲ってくる。気を引き締める為にカプサイシン入りのガムを噛んだ。

 ふと茂みの中で伏せている猟犬の顔が上を向いた。

 よく訓練された犬だから異常に際しても吠えたり唸ったりはしない。

 牛の群が怯えていた。

 だがそいつらの頭上にオレンジの発光体はない。

 犬の視線を追うと康史の隠れている茂みの真上に大きな発光体が浮いていた。頭上一〇mほど。オレンジの光が自分達の影を照らしている。

「な、何っ!?」

 康史の焦りは冷や汗となって猟銃を頭上に向けさせたが、撃つよりも早くスポットライトの様な眩しい光に視界を奪われた。

 浮遊感。

 ジャングルブーツの足底は地面を失い、無重量の感覚が全身を包んだ。

 眩しい光の中で身体はバランスを失い、オレンジの発光体へ吸い込まれるのを自覚しながら康史の意識は白く塗りつぶされていった。


★★★


 何の音も聞こえない。

 眼が醒めると金属質の灰色の広い部屋。全裸の康史は冷たい手術台の上に寝かされていた。

 室内の天井や壁の全面が白く発光し、影を作らないようにしている。

 身体を動かそうと思ったが、無感覚で動かない。

 眼だけが動く。頭は動かない。

 焦りと恐怖が背筋を走った。康史はそれを受け入れるしか出来ず、時間感覚が何秒にも何時間にも感じられる。

 唯一出来るのが冷や汗をかく事だけだった。

 壁の一面が口を開ける様に大きく開いた。ドアの様に機械的な物が開いたのではない。まるで壁が粘土みたいに可塑的に大きく口を開いたのだ。

 眼を動かす。壁に開いた入り口から人っぽい者が銀色の手押しワゴンを押しながら入ってきた。ワゴンに車輪はなく、底が宙に浮いている。

 康史の知識は入ってきた人間っぽい者達が、地球人にどう呼ばれているかを知っていた。

 リトルグレイ。

 宇宙人と言えば現在最も一般的なタイプだろう。

 頭が大きい痩せた子供の様。灰色の肌を持つ大きな黒眼の裸の異形は五人グループとして入ってきた。

 宇宙人。という事は今いる場所はやはりUFOの中なのか。

 そんな事を考えていると、五人のリトルグレイはワゴンから取り出したプラスチックっぽい器具を手に無言で手術台を囲んだ。一人が小さな部品らしき金属片を挟んだ鉗子を手にしている。

 手術。解剖。人体実験。

 そんな恐ろしい単語が脳裏に浮かぶ中、一人が不透明の注射らしきシリンダーを手にしている。針はないが使い方は解った。康史の貫禄ある腹に向かって注射器から薬品がスプレーされたからだ。消毒だろうか。

 リトルグレイの手に持たれたプラスチック状のメスは見た目よりずっと切れ味が鋭いのだろう。そう予想した時、更なる恐怖が康史を襲った。

 麻酔は!? 今の無感覚が麻酔の効いた状態なのか!?

 メスと鉗子がそれぞれのリトルグレイの手に持たれて、薬品をスプレーされた腹に近づいてくると康史は叫び出したい衝動にとらわれた。

 犬の吠え声。

 突然、康史が連れてきた猟犬の大きな吠え声が手術室に響き渡って、リトルグレイは怯えた動作の引きつりを見せた。明らかに犬に怯えている。

「ひええぇ! 犬だぁっ!」

「だから先に捕まえておけと言ったのにぃっ!」

「そんな事を今言ってもぉっ!」

「き、金玉に嚙みつかれたぁっ!」

「うわぁぁぁぁっ!」

「ぽんぽこぉっ!」

 部屋の壁が柔らかく波打ち、口口に叫んだリトルグレイの輪郭がギャグマンガの様に歪んだ。灰一色だった滑らかな肌に毛皮の質感が現れて、宇宙人達は次次に擬人化された獣の正体を現した。

 タヌキだ。

 人の形の化けダヌキが五匹。頭に載せていた葉っぱを散らかしながら肉色になった部屋の中で大騒ぎを始めた。

 肉色の部屋はまるで薄い襞が巻き取られる様に一ヶ所へと収束していく。背景はまるで書き割りの様な正体を明らかにし、この手術室は実は一匹の大ダヌキの異常に広がった陰嚢、つまり金玉袋だったのが明らかになった。

 八畳敷きの陰嚢。昔話に聞く伝説の化けダヌキだ。

 康史の金縛りが解けた。

 外だ。全裸で寝かされていた手術台も陰嚢の一部で、康史はここが陰嚢に覆われていた夜の草地であると理解した。タヌキに化かされてUFOの中だと思い込まされていたのだ

 大ダヌキの陰嚢に康史が連れてきた猟犬が噛みついてぶら下がっていた。ひどく痛そうだ。

 草地には直径五mほどのオレンジ色の発光体が着陸していた。こっちの方は本物だろうか。

 タヌキ達は大騒ぎで走りながら発光体の光の中へ飛び込んでいく。

 康史は暗い草地をよく見て、自分の着てきたギリースーツや下着、猟銃が一ヶ所にまとめられ、近くに置かれているのに気がついた。

 最後に金玉袋に嚙みついた猟犬をどうにかふりほどいて、大ダヌキがオレンジの光の中へ飛び込んだ。

 すると全てのタヌキを納めたオレンジのUFOがハム音と共に浮かび上がった。無音の風による緩やかな竜巻がそれを中心に巻き起こる。

 猟銃を拾った康史は一発、UFOに撃ち込んだ。

 銃弾は確かにオレンジ色の発光体へ撃ち込まれたが、その中にある真の正体には命中しなかった様だ。

 それでもUFOに化けていた七匹目を仰天させたらしく、大きなオレンジ色の発光体の姿は消え、その中心になっていたタヌキの正体が明らかになった。

「え……分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)……!?}

 康史は眼の前であらわになったUFOの正体を見て呆然となった。

 五mほどのUFOの正体は一匹の小さなタヌキだった。それも普通のタヌキではない。茶道で使う鉄の茶釜から頭とフサフサの尻尾、四肢を生やしている。上部にある湯を入れる口からは尾やら頭といった急いで乗り込んだタヌキ達の一部がはみ出ている。まるで四次元ポケットの中にタヌキ達が飛び込んだ状態だ。

 六匹のタヌキでぎゅうぎゅう詰めの、お伽話でうたわれた、いわゆる分福茶釜。

 衝撃の事実。

 UFOの正体は分福茶釜だった!


★★★


「……というわけなんだ。さしもの化けダヌキも観念して康史さんに土下座して謝ったんだとか」と、屋上のフェンスに寄り掛かった御子柴園一が年齢の貫禄が出てきた表情を苦笑させた。

「おいおい。その情報が本当だとしても今までに目撃された全てのUFOの正体が分福茶釜だとは言えないだろ」と、真面目な顔に戻った須知三治が何がおかしいのかまた失笑する。

「いや。実はそうらしいんだ。アメリカのケネス・アーノルドがセスナからUFOを目撃した世界初の発表から、ずっと人類はタヌキに騙され続けていたらしい」

「そんな不真面目な結論があるかい」

「なんでUFOが宇宙人の乗り物だと真面目で、分福茶釜だと不真面目なんだ。そんなのは信じている奴の勝手だろう」

「タヌキだとすっかりファンタジーだろ。現実的じゃない」

「俺に言わせればファンタジー性はどっちもどっちだ。大体、UFOは最初はソ連の秘密兵器だと皆に信じられてたんだ。それを宇宙人の乗り物だと言い出し、信じるようになったのは後になってからだ。宇宙人が唯一無二の解答だと決まってるわけじゃない」

「そうは言ってもなあ……。じゃあ、分福茶釜がどうしてミステリーサークルを作ったり、キャトル・ミューテレーションをしたりするんだ」

「それらがUFOの仕業だと決まったわけじゃないが……。康史に語った化けタヌキの言い分だと牛をさらっていったのは焼肉パーティをする為だったらしい」

「タヌキが!?」

「タヌキが」

「世界中のタヌキが空飛ぶ円盤に化けてたというのか……」

「その『空飛ぶ円盤』が曲者なんだ。ケネス・アーノルドは『水切り皿の様に運動する、空を飛ぶ物体を見た』と言ってるだけで『空を飛ぶ皿(フライング・ソーサー)を見た』とは言ってない。それは記者会見にいた一人の記者が勝手に『フライング・ソーサーを見た』という見出しをでっちあげたのが、さも本当の様に広まってしまったんだ。つまり形については元からデマなんだ。なのにその後から目撃されるUFOが『空飛ぶ円盤』というイメージ通りならむしろその方が変だろう。いないはずの親亀の上に乗っかった子亀、孫亀だ。……タヌキは人間の揚げ足をとっているんだ。馬鹿にしてるんだ」

「円盤に関しては既にその数年前に円盤型UFOを目撃していたという情報もあったぞ。……しかし世界のUFO史全ての事件がタヌキが人間を化かしてたんだ、と言われてもな……」

「それを否定出来る証拠もないぞ。大体、UFO(未確認飛行物体)という言葉に固執するから、まるで説明出来ないものの全てが物体、つまり機械だという先入観を与えてしまうんだ。各国がUFOを認めたと言ってもそれは宇宙人の乗り物が地球に来てると認めたわけじゃない。単に現在、正体が説明出来ない事例はありますよ、と言ってるだけにすぎない。でも信じる奴は皆、宇宙人が来てるんだという先入観でUFO容認を結論する。だから物質的な先入観を与えるUFOという言葉の代わりに、UAP(未確認航空現象)という言葉を使おうとこれらの研究者達が声を挙げ始めたんだ」

「だからといってタヌキは飛躍しすぎだろう」

「さっきも言ったが俺にとってはタヌキも宇宙人も可能性はどっこいどっこいだよ」

「じゃあ、今日これから起こると噂されている『ブルービーム計画』もタヌキの仕業だというのか」

「それについては起こってみないと解らんな。起こっても解らんかもしれんが」

 須知はゲロゲロ~と声に出した。宇宙人の情報収集をしていて長野県のタヌキの話に行きついたのは予想外だったし、それ自体は今はどうでもいい事だった。

 青空に富士山。

 静岡県の自分達のオフィスが入っているビルの屋上で、灰色の背広を着た二人の探偵が青い空を見上げていた。

 近所を見回すとビルの屋上に上がって抜ける様な青空を眺めている人間は多い。昼休み時だとしても異常な人数だ。見下ろすと路上で立ち止まって空を見上げている人でちょっとした渋滞だ。

 数日前からネットで奇妙な噂が広まっていたのを二人は知っている。その噂は世界的規模だ。

『一二月二二日正午頃。闇の組織によるブルービーム計画が人類に対して実行される』

 今日の日付だ。

 最近のSNSの検索ワードのトップに居座り続けている『ブルービーム計画』を二人もPCで調べ続けていた。世間に出回るそういう情報の精査が二人の仕事だった。

 それがいわゆる『闇の勢力』が人類を支配する為に偽の神を演じる人類洗脳計画である、という陰謀論説とはあっという間に解ったが、

「あれ。ブルービーム計画って宇宙人がフォトンベルトから立体映像で人類を洗脳支配するんじゃなかったっけ」

「いつの間にか変わったんだよ。っていうか変更後の計画も漏れてるようじゃ闇の勢力ってのもザルだね」

「フォトンベルトの存在が完全否定されると共に計画の構図が一新されたのか」

「理屈と膏薬は何処にでも引っつく。合理性は簡単にでっち上げられるんだ。今の流行りは宇宙人の支配計画のふりをした、闇の勢力の組織の新世界秩序創造計画だ」灰色の中年探偵、御子柴が苦笑した。皮肉めいた笑みを浮かべたのだ。

「いや、世界に名高い闇の勢力の秘密組織様だ。きっとブルービーム計画は囮で、もっと壮大なオチを用意してくれてるよ」灰色の若い探偵、須知が失笑する。自分の意見にこらえきれずに笑い声を噴き出したのだ。

 探偵の二人は、秘密であるべきものが世間に出回るという事の無力さ、無責任さに精通していた。

 宇宙人絡みでそのオチを見物すべく、昼休みは持ち込みのコンビニ弁当ですませた御子柴と須知は、屋上に上がって計画の発動を待っていたのだが。

「なんか声が聴こえてきたぞ。真の信仰がどうとか」とポップコーンの袋を手に須知。

「指向性スピーカーを使った人工テレパシー、という事らしい。人類の一人一人にそれぞれ違った音声を聞かせるとは量的に無茶だが、可能だと信じてるらしい。闇の組織様とやらは」と紫煙をくゆらせながら御子柴。

「電磁波兵器を使うという噂もあったけど」

「電磁波の何が脳の何処にどう作用すれば、狙った言葉を聴かせるように出来るんだ。解らん」

「でも実際に聴こえてるだろ。俺達に神の声を聴かせてるつもりか。闇の組織様は」

「お前にとってはタヌキの腹鼓を聴かせられるよりはいいだろう」

 見物人達がどよめく。無数のどよめきが位相をそろえ、凄まじく大きな波になる。それは天地がどよめくのと同じ、地球規模の戸惑いだった。

「始まったな」

 二人の探偵が全く同じ言葉を同時に口にする。

 空にあった白雲が一斉に消え、青空は観衆からの一切の高さや広さを把握出来ない、天井知らずのパノラマとなる。

 ふと、自分達の見上げている視界一杯の青空が、無数の巨大な人物像に埋め尽くされた。

 富士山の後方にあたる空も人物像が浮かんで、地平線の向こう側まで途切れなかった。

 視角内に収まらないそれは、御子柴と須知には地球規模の立体映像投影だと推測がつく。推測も何も、この状況はブルービーム計画の名と共に噂として広まっていたのだが。

 厳かで神神しかった。青空が古今東西の神仏の立体映像で埋め尽くされる。

 聖なる者ばかりではない。各神話に置いて神や人間、世界を滅ぼすとされている邪(よこしま)な魔の不気味な威圧感にあふれた姿も神仏の隙間を埋めている。

 純粋な眼で見れば、それは無数の芸術的な造形がうごめく一大イベントだった。

 耳元から壮大なアポカリプティック・サウンド、黙示録の世の到来を告げる音響が頭に鳴り響く。その中に神の声があった。声は聴く者の母国語として翻訳されているが、いわゆるテレパシーという事なのだろう。勿論、人類にとっては概ねこれが初めてで、それがテレパシーではないと否定出来る者はいなかった。

 観衆は皆、感動しているようだった。自分達の様な前知識がない人間は素直にそれを信じているのだろうか。実際の神神の出現だと信じているらしい。非人間系の異形の神までこの空には高くそびえていた。ヤーヴェやアラー、天照大神にゼウス。北欧の神神に釈迦如来。南洋の神神。決してメジャーとは言えない神神。大天使や使徒。魔邪たる存在。翼があるもの。尾や角があるもの。偶像を禁止した神の素顔の解禁。あらゆる神のオールスターだ。

 彼らが地上を這う人間達に送るテレパシーの内容は、古代から現在までにあった全ての神神への信仰の否定だった。

 のたまわく、これまでの神は全てまがい物である、とあらゆる神神が自分達を否定した。

 これから全き真の神が現れ、世界を新しく統べる。その真なる神に皆が従うように。皆は我らを忘れるように。

 朗朗たる、堂堂たるテレパシーの声がそれらを全ての人類に伝えた。

 御子柴や須知の様な特に信仰のない人間さえもその宣言を信じてしまいそうになる真実の荘厳、威厳、神聖だった。

 皆、知らずにこうべを垂れ、合掌し、涙していた。

 人類は新しい神を受け入れる準備をここに完了したのだ。

 人類の新世紀が始まる……なーんちゃって!

「えっ!?」

 突然、卓袱台を返す様なテレパシーが届いた瞬間、観衆の頭上での神聖儀式めいた光景は一変した。

 アポカリプティック・サウンドがドリフの『盆返し』に変転した。TV番組『8時だよ 全員集合!』でメインコントの終了時に流れるリズムのよい音楽だ。

 舞台転換を告げる明るい管楽器と共に、青空に浮かぶ全ての神仏や邪魔がファンキーに滑稽に動き出した。

 イエス・キリストを先頭に、モンティ・パイソンの馬鹿歩き省さながらに一二使徒が引きつった様な足を高高に上げながら行進する。

 天照大神がキューピッドによるスカートめくりで太腿を丸出しに「OH! モーレツ!」と叫ぶ。

 ゼウスと妻ヘラの脳天に稲妻が命中し、二人共爆発アフロヘアになる。。

 おっかなびっくり道を歩くイザナギの背後から「イザナギー! 後ろ後ろー!」と子供達の声がかかる。

 ヤーヴェと釈迦によるしつこいくらいの、ドリルすんのかいせえへんのかい。

 波動砲を撃って、射線上の箱舟を撃墜する宝船。

 疾走するアフロディーテがビーナスにアックスボンバーをくらわす。

 北欧の神神による壮大な上流階級アホレース。

「お前、もしかして神様かい」

「とんでもねえ。あたしゃ神様だ」

 シヴァとバハムートによる神様コント。

 チャップリン、ひょうきん族、みなさんのおかげです、クレイジーキャッツ、ブルースブラザース、マルクス兄弟、ザッカー兄弟、そしてラーメンズ、その他諸諸の古今のパロディの様なギャグコントが暴風の様に青空に吹き荒れ、神神の大イベントは観る者が腹を抱えてひきつり笑う大お笑い大会に変わってしまった。

 冒涜として非難すべき信者達は、リアルすぎる自分達の神による強烈な奇態と普段のシリアスな信心とのギャップで脳がフリーズしてしまっていた。

「何だ何だ。饗宴が過ぎて宗教脳はフリーズか。禅が足らないな」と御子柴はスマホで神神のクレイジーパーティを録画する。

「何で俺達はパノラマで神様達による超常コントを見せつけられているんだ! これがブルービーム計画なのか!?」須知はポップコーンの袋を空にして叫ぶ。

「これが真のブルービーム計画そのものだとは思えない。だが、これが偽だとしても真は後追い出来ないな。どうやったって今回の二番煎じになる」

「という事はこれは何者かによるブルービーム計画封じか。でも誰が」

 人類による大爆笑が地球中に鳴り響く中、更なる参加者がステージ・インした。

 白いガンダムがビームサーベルを抜いて周囲の神神とチャンバラを始め、ウルトラマンがしょっぱなからスペシウム光線を撃ちまくって神神を蹴散らしていく。

 汎用人型決戦兵器初号機が暴走してロンギヌスの槍を振り回した。

 更にこの巨大なる武闘場に現れたのは巨神サイズのマイケル・ジャクソンだった。純白のハットと白スーツで決めた彼はポーズを決めながらムーンウォークでカオスたる青空を切り分ける。

「フォー! フォー! フォー! フォー! ボウボウボボウボフォー! ポウポウポポウポウフォーフォーフォーフォー! フーズバーッ!!」

 挑みかかる神神をクールなポーズであしらい続けると、マイケルは最後にスピンを決めた。

 するとスムーズ・クリミナルの超大音響をBGMに神神が一斉に踊り始めた。ウルトラマンとガンダムもエヴァも一緒だ。神も魔も皆、同じリモコンでコントロールされている如く一糸乱れぬユニゾンなダンスで粋に踊る。全員の姿勢が前方に傾く。ゼロ・グラビティだ。

「フォォーッ!!」

 BGMが終わった途端にマイケル以外の全員が前のめりに倒れる。

 と、全ての神魔が一斉に爆発した。

 空を覆う、無数の爆炎。

 青空に降臨していた全てのものが破裂した後、地球人類が見守る青空には白装束のマイケル以外に立つ者はいなくなった。

「フォォーッ!!」

 最後に残ったマイケルも銀色の宇宙船にモーフィング変身したかと思うと、富士山を越えて何処かへと飛び去ってしまう。

 もうテレパシーが脳内に響く事もない、宴の後の静けさ。

 後には快晴の抜ける様な青空だけが残された。

 見上げていた観客達は腹筋崩壊した大カオス・パーティの余韻にしばらく引きつっていたが、やがて白雲が戻ってくるまでには何とか立ち直っていた。

 今のは何だったんだと笑いながらお互いに戸惑い、顔に大笑いのしわが出来るのを気にするくらいには日常に復帰している。

 昼休み終了を告げるチャイムが町中や学校に鳴り渡る。

「おい。昼休み終わったぞ」とため息をついて御子柴。

「ああ。こんなに笑ったのは久しぶりだ。これは皆、午後は仕事にならんな」と腹を抱えて須知。

 御子柴は動画撮影していたスマホを再生する。「案の定、映像も音楽も記録されてないな。何の変哲もない空だけが映ってる。雲も最初からのままだ」

「見逃した奴は可哀相だな。再放送も再上映も動画配信もないだろうな、多分」須知は屋上に落としたポップコーンの袋を拾った。

「世界人類全員が化かされた感じだな」

「お前はやっぱりこれはタヌキの仕業だっていうのか」

「そうだな。闇の組織なんてものよりはよっぽど信憑性が高いよ。こんな馬鹿馬鹿しい大騒ぎをするのは……いや待てよ」

「何だ。やっぱり新世界秩序なんとかだのの仕業か」

「……キツネかもな」

「キツネーっ!? タヌキじゃなかったら今度はキツネだっていうのか!?」

「そうだ。タヌキが本当ならキツネも否定出来ないだろ。人類はキツネとタヌキの壮大な化かし合戦に巻き込まれているかもしれないぞ」

「やれやれ。お前の発想にゃついてけないよ」

 屋上で須知はポップコーンの袋に息を吹き込んで膨らますと、叩き潰して大きな破裂音をさせた。

 それに驚いたキツネが何処かでか細く鳴いた気がした。


★★★


 地球の何処か。

 黒と見紛う濃灰色の闇の中で、二大巨頭が顔を突き合わせて、自陣営の勝利を主張していた。

「既に人類全体に七〇年以上に渡って、UFOを信じさせ続けてきた粋な実績。優勢はタヌキ側にありと認めていただけるかな」

 タヌキ側の巨頭『佐渡団三郎狸』が自らを応援する緑色のはんてんを着たタヌキ四〇〇〇〇匹を背景に堂堂と述べた。

「その様なもの、先のブルービーム計画騒ぎの三〇分で軽く吹き飛ばしたわ。雅の誉れは我らキツネ側にあるのは明らかじゃ」

 キツネ側の巨頭『那須金毛白面九尾の狐』が赤い着物のキツネ二四〇〇〇〇匹を背景に眼を細めてコロコロと笑った。

 タヌキがいる。

 キツネがいる。

 二人共、永く人間を化かしてきた歴史があり、互いに自分達こそ最高の『化けもの』だと言って譲らなかった。

 ふくよかな団三郎の腹は緑のはんてんからせり出し、鼓が打てそうだ。「UFO及び宇宙人。人類のサブカルチャーして深く根を下ろし、歴史と文化を築いてきたこのタヌキの化かしがキツネ如きに敗北すると言うのか」

 朱色の着物を着る九尾のキツネは、九つの尾を振って滑稽そうに笑った。「あのブルービーム計画はドッキリとして史上初で空前絶後じゃ。サブカルチャーの歴史なぞ一瞬の呵呵大笑の前に吹かれて消えたわ。キツネ側の圧倒的勝利じゃな。それとも本物のブルービーム計画もタヌキが準備していたものかえ」

「……いや、あれは人間共が勝手に考えている計画だ。もし本当にあれば、だが」」

「ならよかろう」

 二種の獣には化けものとしてのプライドがあった。

 団三郎は毛むくじゃらの手で喉を掻いた。いささか居心地が悪い。

「タヌキそば風情が」九尾のキツネは四〇〇〇〇匹の威勢を鼻で笑った。「そばダヌキめが」

「タヌキをそばと一緒にするな!」団三郎と四〇〇〇〇匹はにわかに憤った。「タヌキそばなど、天ぷらそばから身を抜いた『わた抜きそば』がなまっただけの物だ! 我ら獣との接点は少しもない! キツネうどん風情が!」

「キツネうどんは人間があちき達の好物に敬意を払った美味なる料理じゃ。素直に喜ぶのが雅な化けものというものじゃ」

 タヌキは人類の歴史を永く陰から担ったという自負を主張し、キツネには人類の闇の一大計画という幻想を一瞬で挫いたという自負がある。

 二つは二種に分かれたいがみ合いを続けてもう何百年になるだろう。

 人類を相手にした化かし合い。

 人類史上の奇妙な事件にはいつもこの獣達の影があった。

 今回も何処からともなく、二匹の獣は引き分けたというムードが濃密に漂ってきていた。

 決着はつかない。二種類の幻獣の化かし勝負はまだ当分続きそうだ。

「それにしてもあちき達キツネとタヌキと違って、人間の化かしはみみっちいものばかりじゃな」

「ああ、それは認めるぞ。全く出来が悪い。特殊詐欺にフィッシング詐欺、サポート詐欺、保険金詐欺。脱税、政治家の嘘……」

「放射能デマに反ワクチンカルト。新世界秩序。Qアノン。九一一否定に月着陸否定。レプタリアン。騙された方も腹を抱えて笑える、そんな雅なやつが最近ないのじゃなあ。あちきも寂しい限りじゃ」」

 諍いの場で、二匹の巨頭は人のあまりのみみっちさに同じように嘆く。

 人類が地球全体を騙す計画を立てたとしても、化かし合いのプロフェッショナルを出し抜く事は出来ない。感動のある化かしなどは夢のまた夢だ。

 今日も地球の何処かでUFOは飛び、闇の組織はあからさまに暗躍する。

 バンクシーは尻尾を隠して世界の何処に現れ、芸術を残してドロンした。

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