中学生探偵 菊池 カードトラブル編

葉山 宗次郎

いじめっ子を数学トリックで翻弄する

 浪速市立浪速中学校は何処にでもある平凡な中学校だった。

 中学生も平均的な学力で特に特徴はない。

 流行には敏感な男子は休み時間に神話大戦というカードファイトをやっているのが最近の光景だった。


「返してよ」


 だがこの日はクラスの気弱な男子、松田の声が響いてきた。


「泣くなよ。トレードするだけだ」


 朗らかに笑って言うのは、いじめっ子の柴崎だ。


「SSRカード4枚とNカード1枚を交換しろなんて嫌だよ」


 どうやら松田の持っているSSRカード4枚と自分のNカード1枚それも一番下のモンスターであるスライムをトレードと称して奪おうとしているようだ。


「おい、何をしているんだよ」


 そこに割り込んでいったのがクラスでも切れ者と評判の菊池だった。


「トレードしていただけだ。口を挟むな」

「僕のカードを奪わないでよ」

「トレードだって言っているだろう」

「Nカード1枚ととSSRカード4枚じゃ割に合わないよ」

「嫌がっているが」

「これは交渉だ。口を挟むんじゃねえ」


 柴崎は菊池を睨み付ける。


「分かったよ。口出ししない」

「聞き分けが良いな」


 菊池の言葉に柴崎は拍子抜けし松田は絶望的な顔となる。


「けど、普通にトレードしたんじゃ面白くないんじゃないのか?」


 だが菊池は悪魔のようなささやきを始めた。


「どういう意味だ?」

「トレードする、この5枚の内、最もふさわしい1枚をお前が持っていくって言うのはどうだ? カードに選ばれた持ち主。物語の主人公みたいで面白いだろう」


 菊池の言葉に柴崎は考え込んだ

 5枚の内、SSRが4枚、Nが1枚なら確率は4/5。

 適当に選んでもSSRを得られる可能性が高い。


「いいぜ」


 得られるのは1枚だけだが、普通に奪うより面白そうなので柴崎は乗った。


(だが柴崎お前が得られるのはNカードだ)


 菊池は柴崎が自分の罠にかった事に、にやりと笑うと準備を始めた。


「みんな、柴崎に相応しいカードが見れるぞ」


 教室にいたクラスメイトを集めて注目を集めつつ封筒を用意して机の上に


 □ □ □ □ □


 上の図のように並べた。

 そして指示書を書きながら


「左端の封筒に指を置いてくれ。で、言われた回数だけ動かしてくれ。例えば1回と言ったら、仮に1,2,3,4,5とカードに番号を付けよう」


 □ □ □ □ □

 1 2 3 4 5


「一回と言ったら1に置いた指を1→2に動かす。2に置いたとき4回なら


2→3→4→5→4

2→1→2→3→4

2→3→4→3→2


と自由に左右どちらか好きな方へ好きなときに方向を決められる」

「誘導するんじゃねえだろうな」

「予め動かし方を紙に書いておく。それに方向を指定するのは一回だけだ。回数の範囲で好きな方向へ向かってくれ、動かしている途中で変えても良いし、往復するだけでも良い」

「端まで来たら、どう動かす?」

「折り返してくれ2から2回で1の方向にいくなら


2→1→2


という動きになる」

「良いぜ」


 柴崎は納得し、話に乗った。

 松田は勝手に自分のカードの処遇を決められて怯えていた。


「大丈夫全部返すよ」


 松田を落ち着かせるために菊池は小声で囁いた。


「じゃあ、始めようか。みんな見届け人になってくれ」


 クラスの中でも騒ぎを聞きつけ見物人が集まってきて柴崎と菊池に注目した。

 柴崎はカードの入った封筒を見て、ニヤニヤと笑っていた。


「最初の質問、運動が得意なら2回、不得意ならそのまま」


 パシッパシッ


 同年代に比べて体格が大きく、体力自慢の柴崎は先生達でさえ手に余るくらいの力持ちであり暴力的だ。


「次の質問。学校の成績が上位なら2回、下位なら4回」


 パシッパシッ


 右に2回動かした。

 いつも柴崎のテストの成績が下位なのをクラス全員が知っているので、見ていた全員がおかしいと思った。


「あわわわわっ」


 松田は柴崎の行動に狼狽えた。

 ただでさえ、左右へ動く方向は柴崎が決めることができる。

 しかも、嘘の答えで動かす回数も決めることができる。

 何か動かし方で誘導しているようだが、柴崎が嘘を吐いて動かしていてはとても誘導できない。


「万引きをしたことがないなら1回、あるなら3回」


 パシッパシッパシッ


 反抗期で悪ぶりたい柴崎はクラスメイトから注目を集めるために万引きを自慢したことがあり、躊躇無く3回動かした。


「嘘を吐いたことがあるなら2回、ないならそのまま」


 柴崎は指を動かさなかった。

 悪ぶっていてもクラスでは誠実だとアピールしたいようだ。

 いつも約束破りが多いのにふてぶてしい態度を取る柴崎に教室内は冷めた空気になった。


「補導歴があるなら3回、ないなら5回」


 パシッパシッパシッ


「逮捕歴があるなら1回、ないなら3回」

「おいっ! 俺の事をコケにしていないか!」

「清く正しい者かどうかは、レアなカードの持ち主になるなら、大事だろう」

「ふんっ」


 パシッ


 クラスメイトが見ている中で粗暴な事はしたくないようで柴崎は大人しく指を動かした。


「童貞なら2回、経験済みなら6回」

「……」


 柴崎は長いこと考えてから、パシッパシッパシッパシッパシッパシッと叩いた。


「本当か?」

「うるせえっ!」


 菊池の言葉に柴崎は顔を真っ赤にして怒声を上げる。

 クラスメイトの中には小さく笑い声を上げるのもいたが、柴崎が睨み付けると黙り込んだ。


「……これ以上おちょくるなら止めるぞ」

「次で最後だ。右に2回」


 パシッパシッ


 荒々しくい柴崎は指を動かし、右端から二番目の封筒4に指を向けた。


「これで決まった。それが君にふさわしいカードだ」

「ほう、こいつか」


 そのまま柴崎は指で封筒を引っ張って持っていく。

 菊池は素早く残りのカードを回収して松田に渡した。


「じゃあ、貰っていくぜ」


 SSRを手に入れたと思って柴崎は満足した笑みを浮かべた。


「さて、どれどれ」


 何のSSRカードが入っているか確認するために柴崎はクラスメイトの前で封筒を開いて確認する。


「何だと」


 入っていたのはレアリティNのスライムだった。


「それが君に相応しいカードだ」


 驚愕する柴崎の後ろで菊池は見下すように言う。


「違う、嵌められたんだ! 菊池てめえっ! いかさましやがって!」


 柴崎は怒って菊池に問い詰める。

 だが菊池は涼しい顔で答える。


「何を言っているんだ。動かす数を指定したけど、方向は君に任せたよ。封筒は君が選んだんだよ。いかさまというなら、何処でやったんだよ」

「うううっっっっ」


 納得出来ないが、自分が動きを決めたし、引いたのだ。

 いかさまと菊池をなじったが、怒りで咄嗟に言っただけで、どんないかさまなのか見当が付かない。


「兎に角いかさまだ! 俺ははめられたんだ!」

「紙に書いたとおり指示を出したし、どちらに進むかは決めたろ。僕は、いかさまなんかしていない。それとも君がいかさま、違う選択肢をしたからやり直せというのかい?」

「うぐっ」


 質問の回答を誤魔化していた柴崎は言葉に詰まる。

 追い詰められた柴崎は叫び回った。


「何で俺が引くカードがスライムなんだよ」

「スライムと経験して他のカードに嫌われたからじゃないのか?」

「……畜生っ!」


 教室の他の生徒から向けられる視線を浴びて、バツが悪くなった柴崎は怒って教室から出て行った。


「はい、全部君のカードだよ」

「ありがとう」


 松田は全てのカードが戻ってきて喜んでいた。


「一枚取られることを覚悟していたけど全部戻ってきて良かった」

「当たり前だよ。4枚全部が戻って来るように仕掛けていたからね」

「……どういうこと?」

「まず最初に5枚用意したよね」


 そう言って菊池は封筒を先ほどと同じように並べた。


 □ □ □ □ □


「さっきと同じだね。でも、わかりやすいようにこうしよう」


 そう言って並べた封筒の内2枚を黒のマジックで塗って並べた。


 □ ■ □ ■ □


「じゃあ、左端の封筒に指を置いてさっきのように2回動かしてみて。その後は4回、そして6回。動かす方向は自由で良いよ」


 言われたとおりに松田は2回、4回、6回と動かした。


「……全部、□に指が止まる!」


 途中で方向転換しても、そのまま動かしても必ず□のどれかに指が止まる。

 松田は驚いて目を見開いた。

 その様子を見た菊池はニヤニヤ笑いながら次の指示を出す。


「じゃあ、今度は3回動かしてみて」

「……今度は■に止まった」

「今度はそのまま2回、4回、6回動かして」


 松田は言われたとおり、指の回数を動かす。動く方向は度々変えている。だが、


「……今度は全部■だ!」


 菊池に言われた回数をもう一度移動させるが、幾らやっても必ず■に止まってしまう。


「そう、動かす方向がどちらになっても、動かす回数が偶数なら同じ色に指が止まるんだ。色が変わるのは奇数の時だけ。1回だけ奇数で動くようにしておけば■に誘導できる。これで■の二枚に柴崎を誘導できる」

「柴崎への指示だと途中に奇数分動かすのが何回かあったけど」

「奇数と奇数を足すと偶数だ。偶数ばかりだとバレるから3回奇数で動く指示を入れて2回が打ち消して1回分――■へ必ず移るように仕組んでいたんだ」

「なるほど。でも、これだと■が二枚あるから二分の一の確立だ」

「そこで最後の指示だ。右に2回動かす。するとどうなる?」

「……どちらに置いても必ず右端から二番目の封筒4になる!」


    ○

 □ ■ □ ■ □

 1 2 3 4 5


 4なら端に行って戻ってくる、2なら右へ二つ動いて4になる。


「つまり、始めから右端から二番目の4の封筒に指が止まるよう仕込んであったのさ。後はレアリティN、柴崎に相応しいスライムを4の封筒に入れておけば良いんだ」

「すごい」


 手玉に取った菊池を松田は尊敬の眼差しを向けた。


「これ、上げるよ」


 松田はSSRの内の一枚を菊池に渡した。


「いいよ。大事なんだろ」

「助けてくれなかったら一枚取られていたよ。それに柴崎のあんな悔しそうな顔を見られたんだ。SSRカード並みの価値はあるよ」

「確かに」


 普段粗暴な柴崎の悔しがる顔など痛快だ。


「なら、貰っておくよ」


 菊池は嬉しそうにカードを受け取った。

 このゲームが好きでカードを集めていたのだ。


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