76作品を読み終わった途端に始まる茶番

 風鈴の音色が静かに囁く、和室の中。

 蚊取り線香の煙は夏風に揺れ、セミ達の大合唱が鳴り響く、そんな藺草イグサ香る部屋の中にて。


「……終わっ、たぁー……っ!」


 畳の上に座る、黒髪三つ編みおさげのセーラー服姿なメガネっ子巨乳委員長は、満足そうに両腕と背筋を伸ばした。


「あんのボケカス主人格シノン……。なんで読む時に副人格わたしまで毎回毎回呼び出すんですか、本当……。しんどかったぁー……」


 ここは及川シノンの精神世界。

 竈門炭治郎の心の中であれば、どこまでも広がる美しい青空と湖の景色を眺められただろう。

 しかし委員長が今いる場所は、枯山水の日本庭園に臨む、古風な木造屋敷だった。


 この屋敷には、及川シノンの副人格である委員長の他に、オネエ口調の長身イケメンお兄さんと、見た目だけでなく声や喋り口調もメッチャエロいお姉さん(CV.沢城みゆき)と、肩がぶつかった瞬間に相手の鼻骨を殴り折る赤毛の不良と、職人気質の老人と、「それ何か根拠あります?」が口癖の小学生クソガキと、プレーリードッグの人格などが同居している。


 すると――廊下の方からドタドタと足音を鳴らし、屋敷の主かつ主人格である及川シノンが、紺色の着物姿で現れた。


 和室の襖をスパァン! と勢いよく開け、委員長の人格部屋へと無許可で入室してくる。

 見た目は商家の若旦那でありながら、乙女の部屋へズカズカ侵入する様子は、さながら物盗りのようだった。


「ヘイ、ご機嫌いかがかな。僕の心の中にいる黒髪三つ編みおさげメガネっ子年下幼馴染の巨乳委員長ちゃん」


「毎回『巨乳』って付けるの、マジで気持ち悪いんでヤメテもらえます? 普通にセクハラですよ」


 ただでさえ鋭い目つきを、委員長は更に険しくして睨み付ける。主人格相手に。

 しかし眉間に寄った皺は、数秒もすると平らになった。肩の力を抜き、呆れと達成感の入り混じった溜め息を吐いた。


「……まぁ、でも別に許してあげます。今日ばかりは機嫌が良いですから私。なにせ、76作品を読み終えたんです! 感想書くマンの企画、完・全・終・了! 睡眠不足や謎の耳鳴りや夢の中でも読書させられる状態からの解放! 本っっ当に疲れた~。他の人格達も集めて、打ち上げはどこ行きましょうか? サイゼ? ケンタッキー?」


 普段はツンツンしている性格の委員長だが、依頼された作品を全て読み終えた喜びにより、珍しく上機嫌だった。


 だが――主人格の及川シノンの顔色は、あまり良くなかった。


「……あのさ、委員長……」


「はい?」


「そのことで、ちょっと……。相談が……あるんだけど。……良いかな?」


「なんですか。急に改まって。普段なら、副人格私達のことなんて無視して、常に自分だけの裁量で物事を決めてるじゃないですか貴方」


「うん、それはゴメンね? でも今回ばかりは、黙って決めるのもアレかなと思って……」


「だから何を決めかねて悩んでいるんですか。相談事があるなら、さっさと言ってくださいよ」


「……あのさ。俺達、『読んでくれ』と依頼された小説76作品を読み終えて、全部にレビュー付けたじゃん?」


「そうですね。本当の本当に苦労しましたよ。も~~二度とやりたくないです、正直」


「……でもさぁ……。『76』って……なんか、微妙じゃね?」



 その瞬間。

 和室の空気が、凍り付いた。



「………………は?」


「キリ悪くない? 76って数字」


「……いや、別にキリ悪くないですよ。1と2と4と19と38と76の約数ですし。興奮しません?」


「どんな理屈? 文系だから数字で興奮したことなんてないけど? ……でもなんかさぁ、『76作品を読み終えました!』って、ちょっとインパクト足りないよね」


「いや、いやいやいや。ありますってインパクト。50超えてるだけでも凄いですって。じ、自信持ってくださいよシノンさん。……よっ! 書籍化作家! 新人賞受賞! 天下の集英社所属! 感想に飢えてる投稿者達の救世主!!」


 委員長は暑さが原因ではない汗をダラダラ垂らしつつ、やったこともないご機嫌取りヨイショを主人格に対して必死に行う。


 そうでもしないと――『ヤバイ』と理解している。


 人格は違えど、同じ肉体に宿る存在。

 この男が何を言い出すか、既に察しているからだった。


「……ねぇ、委員長」


 嘘だ。やめて。聞きたくない。冗談でしょ。企画は終わったはず。そんな、まさか。


 委員長の額から、嫌な汗が止まらない。


 そして――。






「100作品、読まない?」



 瞬時に立ち上がる。

 主人格に背を向け、枯山水の庭を目指し、委員長は脇目も振らず、脱兎の如く駆け出した。


 しかし和室から逃げ出す直前――及川シノンは神仏へ祈るかのように、手の平を合わせた。


「領域展開ッ!!!」


 その拍手と同時に、屋敷中の何十枚という襖が全てスパパパパパパァンッ! と閉じられていき、二度と開かなくなった。アニメ『モノノ怪』でなんか見たことある気がするシーンだった。


「やだァあああああああああああああああああ!!!!!! 出してぇええええええええええええええええええっっ!!!!!」


「あと24作! 24作品だけだから!! それで本当に終わるから! 毎日3作ずつ読めば、8日で終わるよ委員長!? だからっ、ねっ!?」


「やーーーーだーーーーーーーー!!!!! なのーーーーーー!!!」


 委員長は死にかけの蝉さながら畳の上へひっくり返り、手足をジタバタ動かし、幼児でもやらないような全力の駄々をこねる。


「もぉぉおおおっ、いい加減にしてくださいよぉぉおおおおおおっ!!!!! 積んでる本やゲームやアニメがたくさんあるのーーー!! ネトフリで映画も観たい観たい観たいぃいーーーーっ!!! そもそもカクヨムに投稿予定の新作も、下書きの執筆が全然進んでないじゃないですかぁああああああああああああっ!!!!! イヤイヤイヤーーーーー!!! やーらぁあああああああああああああ!!!!」


 涙目かつ大声で抗議するも――何故か、及川シノンが先にブチギレた。


「うるッせえええええええええええええええええッッッ!!!!」


「ひぃん! 急に大声を出す男の人もイヤぁ!!」


「女の子が『右の服と左の服、どっちが良いと思う?』って彼氏に聞く時は、既にその子の中で答えは決まってるし! 俺が『76作品で終わろうかな? それとも100作を読んだ方が良いと思う?』って聞いた時は――100作品全部レビューするって、最初から決まってんだよォォォおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


「じゃあなんで『相談がある』なんて言ったんですかぁああああ!!! 相談じゃなくてただの残業命令じゃないですかぁああああああッッ!!!!」


「全部読んでも別にお金は出ないし、残業よりも過酷だね委員長。へへっ」


「あっ、キレそ……っ。今ブチキレそうです私」


「とにかく、やるぞ委員長!!! 100個レビューして、それで終わろうや!!!!!」


「びぇえええええええん、もうやだーーーーーーー!!!! 『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』観に行きたいのーーーーー!!!!!」




 しかし委員長の泣き叫ぶ声はかき消され、日本家屋が炎上する。精神世界に火の手が回る。


 それはさながら、明智光秀の襲撃を受けて炎上する本能寺。


 彼は彼の責務を全うする。及川シノンは煉獄さんに憧れていた。




 かくして燃え盛る情熱と共に、企画は続行される。




『5年ぶりに感想書くマンがアナタの作品お読みします』――延長戦、開始。

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