第55話 モブvsファムザの悪霊(その4)
◇◇◇
ファムザは身を震わせながら俺に突進し、短刀の一撃を放った。
スピードだけで言えば先程までよりも段違いに早い。しかしその動きは、先程までの彼とは別人の様に精彩を欠いている。
それでもビュンビュンと風を切って振り回される短刀は、無手の素人に捌ききれるものではない。切っ先が、俺の身を徐々に切り刻んでいく。
(ぐっ、もう少しなんだが……痛みで集中できない……ッ)
スキルの発動と無軌道に振り回される短刀の両方に意識を向けていた俺は、足元を走る木の根に気が付かなかった。
姿勢を崩した俺の目の前に、ファムザが短刀を振り下ろす。
間に合わない──そう思った俺は、咄嗟に両腕を上げ、ガードの姿勢をとった。
ブシュッ!!
腕から血が噴き出した。それと同時──
ボギンッ
嫌な音がしたが、俺の身体が発したわけではない。恐る恐る見てみれば、ファムザの指があらぬ方向に曲がっていた。短刀を出鱈目に握りしめていたためか、俺が斬撃を腕でまともに受けた反動に耐え切れないで折れたのだろう。
だがそれでも、ファムザは短刀を振り回すのをやめない。
「ご……殺す……殺す……に、憎い……憎い……」
ファムザは虚ろな目で口からダラダラと涎を垂らしつつ、俺を攻撃し続ける。よく見れば、その腕はパンパンに腫れ上がり、ところどころ内出血しているのか、一部は紫色に変色していた。
「ファムザッ! 目を覚ませッ!! このままだとお前もサンディも無事では済まないぞ!!」
呼びかけるが、ファムザが俺の言葉を意に介した様子はない。
「無駄だ小娘、もはやファムザにお前の声は届かん。侵食の段階を一段上げたからな、どうせこの身体は乗り捨てるのだ。貴様を動けなくしてから、その身体を使ってやる。我が依代となれるのだ、光栄に思うがいい」
人形が口を開き、ゲラゲラと笑う。
このデュモスとかいう悪魔、本当に本当の最低最悪ど畜生野郎だ。年端もいかぬ
これまで俺は無意識のうち、サンディの身体を傷つけることを躊躇っていた。だが、このままではどっちにしろサンディはボロボロになってしまう。背に腹は変えられない。
「すまないサンディ! その傷は、あとできっちり治してやるからな!」
俺は右手を突き出し、スキルを発動した。
「
その瞬間──俺の掌から、白いガスが大量に噴射される。
「なんだ、目隠しかッ!?」
一瞬で
その隙に俺はステルスを発動させる。
先程までの喧騒が嘘の様に、一瞬の静寂が辺りを包んだ。
「消えた……だと……? 貴様……逃げるのか。ふふ、ではこの娘がどうなっても良いというわけだな。おい、ファムザ!!」
デュモスの言葉が終わるや否や、ファムザはゆっくりと、己の首元に短刀の切っ先を持ち上げていく。
(……くッ、汚い真似を。だが、もう
その様子を観察してから、俺はステルスを解除した。
姿を見せた俺に満足した様子で人形は笑う。
「ふふ、それで良い。しかし甘い……甘いのう。貴様は所詮ファムザ同様、何者にもなり切れないただの善人よ。他者を切り捨てるということを知らん。さあ、やれファムザ。こいつに引導を渡してやれ」
デュモスはファムザに向けて命令する。
だが、ファムザは動かない。
「ファムザ、どうした? 早くやれ!!」
デュモスはファムザに再び命令するが、やはりファムザは動かない。いや、
「デュモスよ、もうファムザは動けんぞ?」
俺はゆっくりと呪い人形に目線を送り、笑みを浮かべた。
「貴様……いったい何をした?」
デュモスの声はこれまでの余裕ぶった調子を失い、ただ不思議そうに尋ねる。
「お生憎だけど……種明かしをしていいと思えるほど、俺はお前を好きじゃあないんでね」
俺はその問いかけを適当にあしらいながら、ツカツカとファムザに近寄っていった。
「サーカスの
呪い人形は口からボタボタと腐肉を滴らせ、忌々しげな声で呟いた。だが召喚の儀式が不完全な状態で止まっている現状では、デュモスにできるのはここまでだ。
俺はデュモスが語り終える前に言葉をかぶせ、ヤツの宿る呪い人形に向けて右手を伸ばす。
「できればもう二度と遭いたくはないが……もし今度があるんなら、この所業の報いは必ず受けさせてやるよ、デュモス」
じゃあなと一言終えてから、俺は丸呑みを発動させた。
デュモスの憑依した呪い人形は、一瞬でウロボロスの胃袋に飲み込まれる。しかし、万が一を想定して一応確認はしたものの、そこにデュモスの本体が囚われている……なんてことはなかった。
一呼吸置いてから、ファムザは糸が切れた様にその場に崩れ落ちた。鑑定結果を見るに、まだファムザはサンディに憑依しているようだ。とは言え、もはやその雰囲気に先程までの狂人じみたものは感じられない。
サンディの身体の状態は十分にボロボロと呼んで差し支えないが、今のところ生命に別状はなさそうだ。
何とか勝てた。
その安堵感から、俺は大きく息を吸い込むと、誰に言うでもなく一人声を上げる。
「あっぶなかった〜〜、もう二度と御免だぞこんな闘い!」
こうして、この世界で初めて遭遇した悪魔──デュモスとの闘いは終わったのだった。
◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます