第50話 モブにお似合いのありふれた冒険だろ?

 

 ◇◇◇



 野営地を出発してから半日近く歩いたところで、俺たちの目の前に大きな森が広がった。街道は森の前で分岐しており、一つは森を突っ切る形で、一つは森を迂回する形で伸びている。


 既に西の空は赤みがかっていて、陽が沈むのはもう時間の問題だ。このまま進めば、森の中で夜を迎えることになるだろう。



「ここは……」



「ファムザの森だよ。昨日もここを抜けたんだ。サンディの匂いは森の方へ続いてるね。まるで昨日の道のりを戻っているみたいだ」



 コブは立ち止まり、俺を振り返ってそう言った。



(昨日の道を……どこかへ帰ろうとしているのか?)



 俺はコブに昨日のことを尋ねることにした。



「昨日、この森の中で何か変わったことは起きなかったか?」



「ええ〜と、変わったことは特に……」



「本当か? 魔物と遭ったみたいな危ない話じゃなくて、もっと些細なことでもいい」



 コブにそう言うと、彼はうんうん唸りながら頭を捻っている。



「ロッチもだ。人形は、いつの間にかお前のポケットに入ってたんだろう? この森で何かを……例えば木の実を拾ってポケットに入れたとかはないか?」



「些細なこと……ねぇ。あ! そういえば、もう少し進んだ所に祠のようなものがあるんだけど、そこで毛長牛達が一瞬暴れて積荷が落ちたんだ。落ちた荷は全部拾って荷車に載せたけど、その後リゾン隊長がものすごく速度を上げてね。毛長牛が疲れちゃったから、さっきの場所で野営することになったんだよ」



「速度を上げた?」



「うん、隊長は腹時計が狂ってペースが乱れたなんて言っていたけど、思い返すと、あれは何かから逃げていたのかもしれない」



から逃げて……か」



 隊長であるリゾンがその祠に何らかの違和感を感じとったのだとすれば、サンディが豹変した理由もそこにあるかもしれない。


 そんなことを考えていれば、続けてロッチも口を開く。



「その時のことは僕も覚えています。確か毛長牛が暴れ出す前に、強い風が吹いたんです。その時、肩に掛けてた上着が飛ばされて……あ」



「そうか……恐らくその時、人形はロッチの上着に忍び込んだ可能性が高いな」



 これまでの話を聞き、俺たちはその祠に何かあるのは間違いないという結論に至った。恐らくそこにサンディもいるのだろう。



「匂いの強さはどうだ? サンディに近づいている気配はあるか?」



「……言われてみれば、少し匂いが強くなって来ている気はするかも」



「コブも? 僕もそう思ってた。きっとお姉ちゃんはあの祠の近くにいるんだよ!」



 少年たちは顔を見合わせて頷き合っている。二人の感覚が正しければ、俺たちは確実にサンディに近づいている。


 俺は温度感知を使用して森の中を観察してみるが、まだそれらしい影は見当たらない。



「コブ、その祠へ行くにはこの道を真っ直ぐ進めばいいのか?」



「う、うん」



「そうか、じゃあ、お前達はここで待っていろ。セレーネもここで待機だ。二人を守ってやってくれ……というより、危険が迫ったらすぐに隠れてほしい」



 俺は三人に向けてそう言った。



「え? そんな!」



「トモエ、一人で行くのは危険よ。せめて朝まで待てないの?」



「なに、俺は夜目が効く。それに、エコロケーションもあるからな。少し偵察してくるだけだ。一人で何ともできないようなら帰ってくるさ。呪いの人形を鑑定してからな。それに……」



「それに……?」



 三人は心配そうな顔で続く言葉を待っている。



「明日の朝までサンディが生きていられるかどうかはわからない。いまは一刻も早く彼女の無事を確かめないと」



 そう言うと、コブとロッチの顔は悲痛に歪んだ。



「そんなッ……」



 セレーネは未だ俺が一人で向かうことに反対したがっている様だが、二人の顔を見て言葉を飲み込んだ。


 そして、再び口を開いてこう言った。




「約束よ、トモエ……無理はしないで」



「無茶はしないけど、はするかもね」



 セレーネの言葉に、俺は笑ってそう返した。セレーネの顔に一瞬だけ不安の色が浮かぶが、彼女は眉を寄せながらもなんとか笑みを作って言った。



「初めての旅で、初めてできた親友を失うなんてごめんよ。絶対に、なことはしないで」



「……わかった」



 セレーネの言葉に俺は頷く。



 ◇◇◇



 そうして、いくつかの符牒ふちょうを決めてから俺は一人森へと入って行った。森は静かで、木々は暮れかけた陽の光をすっかり遮って鬱蒼としている。



 何故俺は、見ず知らずの獣人を救おうと思うのだろうか。これが、ラブリエルの言ってた優しすぎるってやつか? 向こう見ずで感情任せの勘違い野郎なのか俺は?



 俺の耳に、ラブリエルの発した警告が蘇る。

 



『──萌文様は龍種としては間違いなくです』


 


 確か、ラブリエルは躊躇いがちにこう続けた。




『──より弱き者たちは無数におりますが、そのような事ばかりしていてはいつかに命を奪われてしまいますよ?』




「わかっているさ、ラブリエル。俺は生まれ変わっても端役モブなんだろう? わかってる。それに、怖いさ」




 俺は、一人呟いた。




「だけど、これは勇者が姫を救う話でも、世界を滅ぼす魔王を討つ話でもない。目の前の、たった一つの小さな命を助けるだけの話だろう?」




 言葉にするのもむず痒いほどの、ちっぽけな冒険。



 そうだ、だって俺は勇者なんかじゃないから。この世界を変える主役スターなんかじゃないから。




「こんなくらいの冒険なら、俺だって果たしてみせるさ。モブにお似合いのありふれた冒険だろ? これが世界にとっては何でもないありふれたイベントなんだって。いまはそんな風に、俺に信じさせてくれよ」




 小さな勇気を振り絞って、俺はただ前へ進む。




 ◇◇◇

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