謎宮解明
南槻 立
Chapter 1. 夜明けの灯火
1、冒険者チーム「夜回り」ー1
暖かくなってくる、花が咲き始める季節であるが、いまだに少しの肌寒さが感じる。
日差しの通らない深い森林の中だとなおさら寒く、風に帯びる寒気で皮膚がちくりと痛むほど凛冽だった。
「ひっ…、ひっきぷちゅ――! あ……、寒っ。何だよこの森は」
鳥と蟲の鳴き声なき、微弱な葉擦れしか聞こえない。この季節の森特有の静けさを破るのは犬族少年のくしゃみであった。
半袖の布衣に胴鎧を着用し、そんな格好であれば寒さを凌ぐには無理があるのだろう。
腕を抱えて身震いを止めようとしている彼に、仲間が話した。
「言ったでしょう? 森の中きっと寒いよって。そんな薄い半袖だけなら風邪ひくよって。もう初めて来るわけもないし、バカバカしいね。まぁ、くしゃみだけは褒めてあげるね、いつものようにウケ……可愛いんだよ、ゲン」
少年の左側を歩く小柄の少女が犬族の少年――ゲンに対して嘲り混じりの褒め言葉でからかっている。
フード付きローブで身に纏い、雪狐族の彼女にとってはこの寒さは大したことではないのだろう。
「いや鎧もちゃんと着てるじゃないか。しかも俺のくしゃみってどうした? なにがウケるって、イスダ」
その問いただしに、雪狐族少女――イスダの代わり、ゲンの右側を歩く少年が答えた。
「ウケるなんかないよ、僕はいいと思うぜ。実はさ、そのくしゃみけっこう人気あるぞ。下の子たちも裏で〝ゲン兄ちゃんのくしゃみ可愛くない?〟って言ってたらしい」
「いやそんなこと教えてくれても……」
「いいじゃないですかゲンお兄ちゃん? いかつい顔なのにくしゃみが可愛い。そのギャップ萌えるね」
「………………」
「そうさ、分かるねイスダ。〝顔怖いのにくしゃみは可愛いし、性格も照れ屋さんで萌える〟って、くしゃみ自体じゃなく、そのギャップが好む子もかなりいる。そして――」
「ヤリーク、もういい......」
全身鎧を着用し大盾を背負う。身長はイスダの二倍ぐらい、巨大という言葉に相応しい。声が男らしいものの、女児の声真似が何故か上手い熊族の少年――ヤリークはまだ他のエピソードを知っているらしいが、阻止された。
頬のほてりで暖かくなってきているゲンに。
「みんなに好かれて良かったね、ゲンお兄ちゃん♡」
「うるさいって、………」
暖かいだけではなく、もう熱ささえ感じるらしい。
仲間たちの
ヒーラの大森林。通称、安眠之森。
魔物という謎の生物に蹂躙されているこの大陸では、開発エリア以外に残りわずかの浄土である。一匹もいないわけではないが、遭遇できる魔物はほとんど弱くて、人に対する攻撃性があまりないタイプ。
このような安全な場所にいるから、冒険者チーム〝夜回り〟――犬族のゲン、雪狐族のイスダ、熊族のヤリークは警戒を緩めてはしゃぎ続けられるのだろう。
それを油断と言うのは、若干厳しいすぎたかもしれない。
「こほん。ってかイスダ、まだか?」
わざとらしい咳払いしてゲンが問った。
「どうした、もう寒くてたまらないの? ヤリークの鎧の中にでも入り込んでどう?」
「入っていいよ」
「入るわけねぇよ、」
全身鎧を外そうとするヤリークにツッコミを入れたらゲンは再びイスダに向ける。
「俺らはもう1時間くらい歩いてんだぞ、迷ってないか」
「マップを持って迷子になれる人はお前以外この世にいないから、心配しなくていい。もうすぐ着くよ」
「……」
ちょっくり歩けば一行が樹林を通り抜けた。いや、未だに安眠之森の真ん中にいるだろうが、目の前のエリアには何故か樹が生えていないだけ。
枝葉に日光を遮断されることなし、日当たりの良いこの地には芝生で覆われている。風に揺れて、緑色の波浪かのように起伏する。
暫くぶりに木漏れ日だけじゃなく陽射しを直接に浴び、薄暗い環境に慣れた目を保護するため、ゲンが手を上げ日光を遮る。
「あれが今回の
「だね、バカデカくてキモイね、この
三人からおよそ20m先には、木並みの高さで白色の碑が芝生の真ん中に立つ。
岩でも金属でもない独特な光沢を持ち、怪異な物。
森林中にしてはあまりにも不自然なそれは、
謎宮の入口である。
不意に。イスダは眉を顰め、短杖を取り出し碑門に指す。
「≪
「待って、何やってんだ!」
短杖先の直前に多重の円形と文字で構成された図――魔法陣が形成された。それから狐耳の生えた六つの火玉が飛び出て、目標である碑門に当たり炸裂し、サイスの割に膨大なるエネルギーが暴走する。
飛び散る火花と爆発による熱と狂風が四面に襲っていく。その高温により芝、木が一瞬で炭化されてしまう。
イスダの魔法の結末は、無数の火片と漆黒の煙混じりの嵐と化し暴れ狂い、周辺の物を尽く呑み込む。無論、夜回り一行にも襲来する。
「ヤリーク!」
素早く仲間二人の前に移動し大盾を手に構える。ヤリークも魔法を発動する。
「≪
銀白の盾を中心に魔力が面に沿って展開し、視野外まで延びていく。瞬く間に森林を両断するほど巨大な魔力の壁となる。
火炎の暴風が透明の障壁にぶつかり横方向に広がっていく。嵐の進行をどうやら止めたのだが、魔力の壁が歪曲し始める。
「熱すぎたか、これちょっとヤバいかもな」
気を引き締め、ゲンは腰に差す太刀に手をかけ抜刀の態勢にする。
「大丈夫さゲン、任せてくれ。……≪
もう一度ヤリークが魔法を発動した。
再構築された魔力の壁にヤリークが全身に力を込めて押し付ける。
前へと、透明な壁は僅かに移動された。
「おおおおおおおおおおお!」
最大限な力でヤリークが突進し、咆哮を上げながら盾を上に振るい、空へと炎の嵐を押し返し、吹き飛ばしていく。
赤竜かのように舞い上がる暴風は瞬間に微小な火の粉と化し、宙に消えていく。
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