第9話


 凉水が編纂部に顔を出さず、再び陸上部で活動するようになって数日後。

 お昼休みに湊と屋上を目指していると、田中さんを見かけた。しかも隣には斉藤さんが付き添って可愛らしいポニーテールが揺れている。

 思わず声をあげそうになるのを飲み込んで前方の二人を見守っていると、曲がり角で田中さんが右手に包帯を巻いて吊っているのが見えた。

「知ってる人か?」

 湊がお弁当の入った手提げを振り回しながら聞いてくる。

「うん。吹奏楽部の先輩でね、彼女欲しがっていたんだけど、可愛い彼女できたみたいね」

 もしかしたらもの凄く怖い彼女かもしれないと、凉水は心の中で付け加える。

「ふ~ん、うちらも一回くらい告白とかラブレターもらってみたいよな」

「恋はね、怖いよ、湊さん」

「なにそれ、アハハ」


 放課後、凉水は部活の前にちょっとだけ編纂部に顔を出した。

 今回の騒動に関わった者として、その顛末を報告する義務を感じたのだ。田中さんと斉藤さんが、いい仲になっていたと。

 すると二人のことは、もう知られていた。考えてみれば当然か、結愛先輩は同じクラスなんだし。

「階段で出会い頭にあの二人がぶつかって、田中君が転げ落ちて骨にヒビが入ったんだって。斉藤はまたストーカーみたいなことしてたのかも。死ねばよかったのに」

 数日ぶりに会う結愛先輩は、相変わらずちょっと口が悪い天使だ。

「いくら斉藤さんでも、学校の中でストーカーなんてしないですよ」

「それで先輩の話だと斉藤さんは責任を感じて、甲斐甲斐しく田中さんのお世話をしてるみたいだね。まだ付き合ってはいないようだけど、時間の問題みたいな雰囲気だって」

 静太君はいつもの苦笑を浮かべてはいるものの、どこかホッとしてるように見えた。

「色々あったけど、終わってみればハッピーエンドだったんですね」

 まさに、めでたしめでたしだ。

「斉藤さんが素直に告白してれば丸く収まったんじゃないかな。栄川先輩だけが怖い思いをして損してるね。そうそう、栄川先輩はあれから何も怖い目に遭ってないようだよ」

 静太君は面倒そうにしてた割に、面倒見がいい人で安心した。

「斉藤さんも田中さんといい感じになって、もう生霊なんて出てくる余地はないですもんね」

 そこまで言い終えてから、凉水はずっと心に引っかかっていたことを訊く。

「斉藤さんに呪いが返って不幸になる、っていうのはどうなりました」

 凉水の疑問に、結愛先輩が愉快そうに目を細めた。

「気になるよね、すずみん。実はね、ふたりが階段でぶつかったとき田中君は踏みとどまったんだって。そしたら次の瞬間、右手を引っ張られて落ちた」

 凉水の両腕に鳥肌がザワっと浮いた。

「その場には斉藤と田中君しかいなかったから、田中君は気のせいだって言ってたけど」

「そ、それって、どういうことなんですか」

 静太君が外を見ながら応える。

「もしかしたら呪いなんて最初から関係なくて、ただ斉藤さんの強い想いが生霊として暴れていたのかもしれないね」

 窓の開けられた部室の外からは、吹奏楽部が練習する音色が入り込んでくる。

 その中にトランペットを見つけて凉水は、田中さんが生涯浮気をしないようにと密かに祈った。

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幽冥流し ~州峰高校編纂部~ 如月禅 @kisaragi-zen

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