第5話
「屋上の祠の噂なんかあったかな」
翌日、朝練が終わったあと、部室で同じ短距離走を得意としている宮尾先輩にそれとなく話を振ってみた。こんな学校なら噂の十や二十はすぐに返ってくると思ってみれば意外にも先輩は考え込んでいる。
「あの祠って学校の守り神みたいなものでしょ。それに新校舎にしたとき設置したから古い物でもないんだよね。だから怖い話なんて聞いたことないなぁ」
凉水はお礼を言いつつ他の先輩に、教室に戻ってからはクラスメイトにも聞いてみても、噂はおろか祠で人を呪えるなんて話すら出てこなかった。
ついでに言えば、祠で勝利祈願をするなんて話もなかった。
一体どういうことなんだろうと疑問に思う。凉水が聞いた人達がたまたま知らなかっただけなんだろうか。それにしたって屋上の祠に不穏な噂があれば、もっと広まる気がした。
その証拠に高校生活に慣れてきたクラスメイト達は、七不思議だとか、ひとりで行ってはいけない場所なんかを教えてくれた。
一緒に聞いてしまった湊は何でもない顔をしながら、今まではひとりで行ってた御手洗いに凉水を誘ってきた。怖がらせてゴメン。
「私を置いて戻ったら駄目だぞ」
こんなことを言ってくる湊は可愛いのでよしとする。
そんな湊を誘って、昼休みは第三校舎の屋上に上がってみた。
扉を抜けると青空の下、屋上にはプランターに植えられた樹木が規則正しく並んでいて、ちょっとした空中庭園が広がっていた。
「なかなかいいじゃん。やっぱり校舎が新しい学校っていいな」
喜んでいる湊を見ると、怖がらせてしまったお詫びになったと思う。
「でもさ、屋上に出られる学校って珍しいよな。小学校も中学校も屋上なんて行ったことない」
「勉強の気分転換に用意したのかもね」
まだ肌寒さの残る屋上は人影もまばらで、背の高いフェンスがぐるりと取り囲む。
「どうせならベンチに屋根も欲しいよな。夏は日陰がないとお昼どころじゃないぞ」
空いているベンチに湊は腰を下ろすと、巾着袋からお弁当を取り出している。
「うん、屋根欲しいね」
「凉水も早く座れ。落ち着かないだろ」
「待ってて、せっかくだから奥の方見てくる」
凉水はお弁当の包みをベンチに置くと、屋上の角にある木陰に向かった。
遠目では少し大きな野鳥の巣箱に見えなくもない祠は、間近で眺めるとミニチュア神社のようで不気味さどころか可愛らしい風合いを湛えている。校舎同様に真新しい白木の色艶のせいかもしれない。これなら不穏な噂が出ないのも納得である。
不釣り合いに大きくせり出した屋根の下には、両開きの小さな扉、その手前にお供え物を置くのか平らなスペースがある。ここに短冊が置かれていたのだろう。
「何見てるんだ」
背後から声をかけられて振り返ると、いつの間にか湊も付いてきたようだった。
「なにこれ、屋上にちっさい神社あるの」
「神社じゃなくて祠らしいよ」
「テレビで見たことある。ビルの屋上にこんなの置いてる会社あった」
「面白いよね。生徒の安全祈願とかそんな感じなんだって」
それを聞いた湊は祠の前で両手を合わせた。
「ちゃんとあたしのことも幽霊から守ってください」
真剣に拝んでいる湊を見て、凉水も手を合わせてお願いした。
どうかもう二度と幽霊を見ませんように。
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