題名「見えない海をつかまえるはなし」

中村翔

秋 忍。

 ボォーーーー!!ボォーーーーー!!

 辺りには一面の海。ここに彷徨ってる幽霊船、ではないけれど人が2人しか乗ってない客船がポツリ。

「秋・・・」

 私「ん、秋ちゃん。起きてたんだ?」

 秋「・・・うん。」

 秋ちゃんと私2人だけの難破船。

 もうかれこれ一月は彷徨ってる。

 私「秋ちゃん。その格好で外に出ないでね?」

 秋「雪・・・。」

 私「あの赤い雪のおかげで季節が冬ってことだけはわかるけど・・・久しぶりに太陽が見てみたいよ。」

 秋「秋・・・」

 私「ああ。秋ちゃんのことを置いて行ったりはしないよ?本当だよ?」

 秋ちゃんは1人になることを極度に嫌う。

 私がどこかに行こうとすると秋・・・と自己主張の精神を見せてくる。

 秋「おなかへった。」

 私「今日も缶詰めかな。」

 1ヶ月。それだけあれば食料は腐る腐る。

 なぜかこの船には缶詰めが大量に保管されている。それを秋ちゃんが教えてくれた。

 秋ちゃんが居なかったらと考えるとブル!ってくる。

 私「秋ちゃん。」

 秋「?」

 私「ありがとうね」

 秋「どういたしまして。」

 私「ふふっ、本当にね。」

 秋「???」

 秋ちゃんには感謝している。もともとこの船には密航してきたのだ。

 死ぬために……。それだけの目的で。

 苦しかった。この世の中にたった一粒だけでも幸福の種があるなら。それだけで私は生きていける。秋ちゃんは希望に思えた。たった一粒の希望。それだけでご飯三杯はいける!と言う訳なのだ。

 私「しかしなー。出発は秋の終わり頃だったはずなんだけど。計算合わないよね・・・」

 この船に密航したのは10月29日。

 数日隠れてたから11月ごろには秋ちゃんとであってたはずなんだけど、その頃から赤い雪は降ってる。・・・そして私が見たのは屍となった乗客と乗組員だった。

 おそらく赤い雪に素肌で触れると死んでしまうのだろう。その証拠に死体の眼は皆一様に赤く染まっていたのだ。

 九州から出発したので11月に雪が降るのはおかしい。というのが私の見解。

 秋「秋・・・」

 私「ん、ご飯にしようか?」

 ペリペリペリ。

 秋「おいしい」

 私「そうだね。秋ちゃんはいつもツナマヨだね。おいしい?」

 秋ちゃんはシーチキンにマヨネーズをかけて食べる。食べる。食べる。・・・私が言うのもなんだが食べ過ぎじゃない?ってくらい食べる。およそ一食10缶。

 私「あはは・・・。」

 秋「モグモグ」

 ごちそうさまでしたっと。

 私「あっ秋ちゃんはゆっくりでいいからね?」

 私は甲板へと出た。

 もちろん雨ガッパにゴーグルをして完全装備で、だ。

 甲板にいるまだ処理してない死体を捨てる為だ。

 私「冬だなあ。まだ腐ってないなんてね。」

 一応言っとくが好きでこんなことをしてる訳じゃない。

 私「もう。広すぎだよ・・・。」

 この船の乗客は少なくみても300人ほど。

 それ+で乗務員がいるのだからたまったもんじゃない。死体を海に捨てるだけでもう一月。

 私「死体ってなんでこんなに重いんだろう・・・。」

 キュッ。

 私「あっ秋ちゃん。」

 秋「秋だから」

 私「うんうん。秋ちゃんは今日もかわいいよ。ハァハァ。」

 勘違いしないでほしい。決して興奮してハァハァ言ってる訳ではない。

 私「そう、実際息が切れてるだけなんだよ。」

 秋「???」

 私「な、なんでもないよ!」

 秋「そろそろ暗くなる。」

 秋ちゃんの体内時計は正確に時を刻んでくれる。遭難でまず気を付けるのが食糧問題。そして次点で気をつけるべきは正確な時間を知ることなのだ。意外かもしれないけど夜はすぐ暗くなるし夜鳥それも鷹などの猛禽類は夕方の疲れた所を狙ってくる。もうひとつ、寝る時間が均一でないと体を壊しやすい。いや、かならず壊してしまう。睡眠は重要な健康維持なのだ。

 秋「おやすみ・・・。」

 私「zzz…zzz…zzzzzzzzzz…」


 遭難から約2月目。

 秋「うっ。ハァハァ。」

 秋ちゃんの調子がすぐれない。

 私「秋ちゃん・・・。」

 秋「おとう、さん、はぁはぁ。」

 お父さん?秋ちゃんのお父さんってこの船に乗ってるんだっけ。

 私「たしか研究者だったっけか。うん?そういえば・・・。」

 私は船の3階部分に向かった。

 私「やっぱり・・・。研究室って書いてある。ここに薬とかないかな・・・?」

 ウイーン。

 なんでここだけ自動ドア?

 薬品が並んでいる。

 どれが効くかわからないので机の書類に目を通した。


 病名:berdandu 和名:脳管出血症

 主に赤い雪に触れた人だけが発症する病。

 脳管、つまり脳の血管がなんらかの理由によって損傷すると考えられる。

 血管から溢れた血で目が真っ赤になることからゾンビになる病として世間を騒がせた迷惑な病気である。別名ゾンビ病。

 この先は書かれていない。

 ペラっ

 2枚目の紙には手紙が記されていた。


 秋 忍へ

 私たちの大切な娘。

 もうこの世にはいないけれど

 こうして手紙を残そうと思う。

 秋 忍。

 君は私たちに多大なる幸せをもたらしてくれた。

 本当に感謝しかない。

 しかし君はもうこの世にいない。

 これは変え難い事実である。

 しかし、しかし。私たち夫婦はあきらめてはならない。

 変え難いならかえてしまえばいい。

 そうだこの船にはサンプルが沢山ある。

 多大なる損害ではある。

 だがこれを利用しない手はない。

 人が人を作るという偉業。

 なにより君をこの世に残すため。

 ーー09892318番看守。


 私「なにこれ・・・」

 秋ちゃんがクローン?

 にわかには信じられないことだ。

 この船を利用して秋ちゃんを生き返らせた?

 そんなことがある訳ない。

 そうだ。今は薬を探さないと・・・。

 秋ちゃんは運良く薬で回復していった。

 私(これでよかったんだよね・・・)

 他に選択肢などなかった。

 秋ちゃんが助かればそれで・・・。

 そう自分に言い聞かせて眠りについた。


『今は秋だよ。今は終わらない秋が始まったところ』

 ???

『終わらない秋はやがて世界を覆う』

『だって仕方ないでしょう?』

『あなたたちは救いようのない罪を犯してしまったんだから』

『もういい。もういいんだ。』

『おやすみ。終わらない夢。』


 ボォーーーー!ボォーーーーー!

 朝か。

 私「ふぁ・・・秋ちゃんご飯食べようか。」

 秋「・・・」コクッ

 私「じゃじゃーん!今日は特別コース!秋ちゃん完治記念お菓子のフルコースだぁ!」

 秋「!!」

 目の前に飾られているのはお菓子!お菓子!お菓子!

 私「こんなに食べ切れないなぁ。明日までくらいなら大丈夫だよね・・・。じゃ!いただきまーす!!」

 ものの1時間ほどでお腹いっぱいになってしまった。

 秋ちゃんはまだまだ食べるようだ。

 私(私・・・なにやってるんだろう?)

 頭の中をドス黒い感情が支配していく。

 秋ちゃんはずるいよ・・・私だって・・・私だって・・・!!

 私「生まれ変われるなら生まれ変わりたいよ」

 秋「!!!。」げほっげほっ

 あっ・・・。

 私「ごっごめん!なんでもないんだよ!本当に・・・なんでも。」

 秋「お父さんが言ってた。生まれたことに感謝するんでも生きてることを感謝するんでもない。ただありのままの自分に感謝しなさいって。・・・私はお父さんたちの娘じゃないって。そう話してるのを聞いたことがあって。それで忍は酷いことを言っちゃって。でもその時お父さんが言ってくれたの。忍は忍だって。」

 私「いいお父さんだね・・・。」

 私が言うことでもないんだろうけど。

 忍は忍。じゃあ私は・・・。うん!私は私だ!

 私「ありがとね。秋・・・?秋?」

 そういえば秋ちゃんが自分の名前を言ったのって初めてじゃない・・・?

 私「ねえ。秋ちゃん・・・?自分のこと呼ぶ時ってなんて呼ぶ?」

 秋「?。忍。」

 私「じゃ、じゃあ秋って呼んでたのは誰の事?」

 秋「???。秋は今の季節のことだよ。」

 私「な、なんで!?おかしいよ!!雪が降ってるってことは冬のはずじゃ・・・。あっ。」

 雪が降り始めたのは11月。でも九州、つまり南に近いこの海ではまだ『秋』だった。

 ということは今の位置って東に進み続けてたから太平洋を横断してたってこと!?

 どおりで陸が見えないはずだ。

 私「秋ちゃん。でも今は冬だよ?ほら。カレンダーも・・・。」

 私は言葉を失った。

 カレンダーは2122年10月秋で止まっていた。

 私「どういう・・・こと・・・?」

 秋「秋お姉ちゃん。」

 私「秋って・・・?」

 秋「お姉ちゃん・・・?」

 私の名前・・・?秋?


『ははっ。成功だ。忍はまだ9才だ。守ってくれる存在が必要だ。秋。お前に名前はない。ただ忍をまもるためだけの存在。私たちは老いすぎてしまった。もう眠ろう・・・。最後に雪でも見ながら。おやすみ、忍 秋。』

 そうか。秋 忍じゃなくて秋と忍だったんだ。

 私「あはは・・・。生まれ変わるならじゃなくて生まれ変わってたんだ。私じゃない秋に。」

 チカッチカッ!

 !!。

 光?外から?雪が降り続いてるのに?

 ・・・灯台だ。どうやら本当に太平洋を横断してしっまったらしい。

 私「秋・・・いや。忍。いこう。こんな所早く去ろう。」

 忍と降り立った陸地で生きた人間に会うことはできることなどなかった。

 そう今から話すのは今は遠い海をつかまえるはなし。



 完

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題名「見えない海をつかまえるはなし」 中村翔 @nakamurashou

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