グラデーション

@dreamingstrawberry

第1話

長い長い坂道を登りきった先にその家はあった。都内近郊では見かけぬような平屋の一軒家は、草木に覆われ外界から姿を隠すようにひっそりと佇んでいた。音を立てながら古い引戸の玄関を開けると、外観とは異なり中は所々リフォームが施されている。この家屋の持ち主の趣味らしく、素人感の残る統一感のないリノベーションがされているが、全てが中途半端で飽きられた事がうかがえる。その男は代々都内に幾つかの土地を所有するような「道楽息子」というやつで、若い頃に愛人を囲むために用意した家であった。歳を重ねて若い女を伴侶にしてからは、身近な訳あり女性達に安く貸し出すようになり、今では年齢も生き方もまばらな女達の共同生活所…シェアハウスとなっている。

そんな女達の物語は夜の座談会から語られる。

今夜の酒の肴は入居してひと月の30を目前に控えた女の引っ越し理由についてだった。


女の名前はアカリという。


「でぇ、だいたいは、だいたいはこの子に聞いてたけど~、地元から、彼氏と出てきて?同棲してたけど?別れて?ん?それって〜、何年よ?」

週末になると女達はろれつが回らない程酒に溺れる。広めのリビングには大きなカーペットが敷かれ統一感のない家具が並んでいる。各々が寛ぐ事を目的とし、自分のお気に入りの家具を置いているからである。中央のカウチに寝転んだ女は、一升瓶を抱え込み注ぐでも置くでもなく手放さない。彼女はこのハウスの最年長者である。日中はすきのない程の化粧を施しているため、年齢は不詳だが、酔ったときの口調、仕草、顔のくずれから40を超えているのだろうと察しがつく。

「十二年ですよ〜?あれ?付き合ってからは?確か中学だか高校からだったよね?」

この子と呼ばれた女がアカリの代わりに答えた。カーペットの上に大きな弾力性のあるクッションを置き、寝ころびながらスナック菓子を口に貪っている。リビングは飲み会独特の異様な匂いと空気におおわれている。

「待って、あなた私と同じ歳だったから、15年近くって事?それって人生の半分じゃない!!人生の半分を一緒にいたパートナーと、結婚を目前に別れたって事?」

リビングの端に小さな作業用テーブルがあり、彼女の居場所はいつもそこだった。物書きだという彼女は1日の殆どを自室で過ごすが、週末の夜になるとこのお決まりの席にノートパソコンを用意して参加する。女達の赤裸々な姿は、彼女に言わせればネタの宝庫らしい。酔いつぶれた我々にとって、ここでの話題は朝になればほぼほぼ残らないが、あのノートパソコンだけがしっかりと記録しているのだ。

 

 アカリ 29歳独身

田舎から高校時代の彼と上京、10年以上の同棲を経て、結婚の目前に捨てられる。

行き場を失った際に、会社の同期の女性の住むシェアハウス生活への誘いを受け、間借りする事に。


「…きっと寂しいに違いない…ですか?」

アカリが後ろから除き混んでいる事に気づかず、全身の毛を逆立てるようにして振り返る。そんな彼女にグラスを差し出し、アカリは言った。

「いいですよ、終わった事だし、いくらでもネタにしてください。それに、私、ここの生活も、この不毛な飲み会も新鮮で気に入ってます。今までしてこなかった事をしたいんですよ…これからは!」

「今までしてこなかった事ね〜、じゃあ、好きに書かせてもらう、報酬にタメ語でいいわよ、同い年だし」

そしてこちらの存在を気にしなくなり、また打ち始めた


 きっと何か秘密があるに違いない


外は雨が降ってきた


「雨が降ってきた」

酔を覚ます呪文のように、三人が三様立ち上がる。フォーメーションを組んだような動きで四方に散らばり雨戸を閉め歩く

一通り事が終わるとヨレヨレと定位置に戻った。

「古いからね、すごいのよ、音が」

その言葉が終わるかいなか、物凄い地響きを感じる音が鳴り響いた。

「キャー」

条件反射のような叫び声の方に心臓がキュッとなる。

「ほんっとにすごいですね」


ズドドドーン


近い その度に女達はそれぞれの反応をする


ズドドドーン


ドシャーン


ガラガラガラ


違う物音がする、それは古い玄関の引戸のきしむ音だった、いち早く反応した住人がさらに大きな音量で叫び声をあげた


「イギャーーー」


条件反射で皆が玄関を覗き込み、叫び声を重ねた


皆の視線の先に、ずぶ濡れの男がずぶ濡れの死体のような女を抱きかかえ立っていた

二人共透けるように白い肌をしていて、まるで本物のアレのようだった

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