遺作

相沢 たける

遺作

 ある有名芸術家が死んだというので、我々が調査に来た。


「かなり色々な芸術に手を出していたみたいですねぇ」

「あぁ、絵画や金銀細工、さらにはいくつか本を出していた。芸術関連の本だ。中には軍事に使えそうな技術本なんかもあったよ」

「まるでレオナルド・ダ・ビンチですね」

「あぁ、そうだな」


 僕と、山里研究員がアパートの一室に足を踏み入れると、むわっとした臭いが広がった。「ちょっとにおいますね」


「ここは倉庫と、寝室を兼ねていたみたいだ」


 カップラーメンの残骸がそこら中に転がっている。


「なんというか、生々しいですね」

「そうだな」山里研究員の表情はどことなく沈んでいた。「少し罪悪感がある」

「罪悪感? どうしてです?」

「お前は異常だな。我々は、彼が世に出したくなかった作品を、鑑定し、博物館に飾ろうとしているんだぞ」と山里研究員。

「それは、有名芸術家なら仕方のないことなんじゃないですか?」

「お前はとんだお坊ちゃまだよ。将来目立つ人間になれと、両親から教わってきたんだろう?」


 僕はむっとしたが、なにも言い返さなかった。


 部屋には色々な作品があった。まるでオーストラリア先住民の夢を描いたような絵画に、なにに使うのか全くわからない、大砲のようなものまで発見された。その隣にスケッチがあって、その筒の中にはどうやら砲弾ではなく、生首を入れるらしい。


「えげつないですね。生首を完全に球形にする装置なんて、一体なにに使うんでしょうか」

「使い勝手は人それぞれ。使う道は誰かが決めるさ。作った側の用途と、利用する側の用途は違うものさ。それも差し押さえよう。もちろん、このスケッチは内密に取り扱いだな」

「一歩間違えたら社会不適合者ですよ、この人」

「芸術を進歩させるのは、いつだってそんな人間なのさ。それは多分三億くらいするだろう」

「ひえぇー、そういうもんですかね」


 僕らはめぼしい発明品を探した。現代のレオナルド。彼は日の光を浴びるのを嫌い、活動するのは基本夜の間だったという。執筆用のタイプライターも発見されて、それがやたらと僕らを安心させる。現代で我々がふつうに使うものを、彼も使うんだと思うとちょっと微笑ましい。


「あぁ、どうしましょう」


 僕はとんでもないものを見つけてしまった。和室にそれはあった。


「ん、どうした」

「これです、見て下さい」僕は指さした。


 それはちょうど、子どもの像くらいの大きさがあった。形は両腕を広げたデーモンのようだ。角まで生えている。


 だが、山里研究員は首を傾げた。これのなにがおかしいのか、よくわかっていないらしい。


 僕と山里研究員は、彼が残した、おそらく最高傑作まで歩いて行った。


「よくできてますね」

「触らない方がいいな」山里研究員も、なるほどそういう意味かと気づいたらしい。


 そうなのだ、僕らはこれを近くで見るから、その異変に気づけるのだ。


「熱で溶かしながら作ったんでしょうね。だけど素材の価値は殺さないように、おそらくハンダごてでラジオの部品をくっつけるみたいに、熱した棒で形を整えていったんでしょう。――これは、いくらくらいになるんでしょうか? 」


 山里研究員はにやっとした。


「それはどっちの意味でだい?」

「とりあえず売りに出すとしたら、ざっと五十億はするでしょうか」僕はあくまで予想金額を述べた。


 僕はその悪魔像の表面を見た。五百円玉の〝0〟の部分と、ギザギザの端が、消化しきれなかったニンジンのように飛び出ている。その他にも百円玉や十円玉の名残もあり、口のところなんて五円玉がそのままへばりついている。穴の空いているところが口だ。


「お前は今売りに出すと言ったが、さすがに現代では売れないだろうよ。お金で作った像なんて、価値があってないようなもんだ」


 山里研究員は、その場であぐらを掻いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遺作 相沢 たける @sofuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ