第351話 用済み

「私を呼び出すという事は……そこまで切羽詰まった状況なのですか」

「ふん、言うようになったな……だが、図に乗るなよ。お前と俺は対等じゃない、言葉に気を付けろ」



シナはリクに対して物怖じせず、そんな彼女の態度にリクは表面上は冷静に振舞うが内心では苛立ちを抱く。彼としてはシチの後任として選ばれたシナの事を快く思ってはおらず、彼女の事を同格として扱わない。


七影の中でも暗殺に特化した力を持つシチと比べ、彼女の場合はシチには及ばない。しかし、将来的にはシチを越える暗殺者に育つと思わせる才能は持っている事はリクも認めている。



「お前は俺の言う通りに動けばいい、こいつを使って始末しろ」

「これは……」

「安心しろ、俺が特別に改良を加えた薬だ。副作用の事は心配しなくてもいい」



強魔薬を渡されたシナは眉をしかめ、彼女はこの薬の効果を知っている。仮にも七影である自分にこんな危険な物を飲めと言い渡したリクを睨むと、彼は説明を付け加えた。



「はっきり言って今のお前では奴には及ばない。しかし、不意打ちを仕掛ければ奴を殺す事はできるだろう」

「それならこの薬はいらないのでは?」

「駄目だ、奴の力を舐めるな。あいつは只者じゃない、もしも暗殺に失敗すれば返り討ちに遭う。その薬はそのための保険だ」



リクはシナの実力では正面からマオに挑んでも勝てないと判断し、この学園の生徒に変装したシナならばマオに警戒されずに近付き、彼を暗殺できる可能性はある。しかし、もしも暗殺に失敗して彼女の正体が気づかれたらシナではマオに勝てないと思った。


マオの事を恨みながらも彼の実力だけは認めざるを得ず、マオの魔法の対策用の武器を所持させたミノタウロスでさえも勝つ事はできなかった。今のマオはこの魔法学園内でもマリアに継ぐ実力者だとリクは認め、決して正攻法で彼を殺しに向かってはならないとシナに伝える。



「お前は奴に近付て隙を突いて殺せ。証拠は残すなよ、奴の傍には獣人族の女もいる。臭いに気付かれないように気を付けろ」

「……殺した後は?」

「一刻も早く姿を消せ。学園に残ろうとは考えるな、ここに居ればいずれ戻ってくるマリアに気付かれる恐れがある。その後は……」

「いいえ、もう結構です」



会話の途中でシナはリクから渡された強魔薬を握りしめ、音を立てずに彼の背後へ迫る。リクはシナの言葉を聞いて何のつもりかと思った時、彼女は背後からリクに抱きつく。



「もう貴方は用済みです」

「ふがぁっ!?」



リクの背後に回ったシナは彼の首元を右腕で拘束し、反対の左腕で口元に先ほど渡された強魔薬を流し込む。唐突なシナの行動にリクは目を見開くが、彼女は薬の中身をこぼさないようにリクの口元を塞ぐ。


必死にリクはシナを振りほどこうと暴れるが、シナは決して逃さずにリクの口と首を抑え込む。リクは口内の強魔薬を飲み込まされ、身体が熱くなる。



「むぐぅうっ!?」

「貴方が私を始末しようとしている事は知っていましたよ」



シナから逃れようとリクはもがくが、彼女は首元を締め付ける力を強めていく。シチの意識が徐々に薄れ始め、抵抗する力を弱まるとシナは最後にリクに囁く。



「ネカからの伝言です。お前はもう用済みだ……と伝えるように頼まれました」

「っ……!!」



ネカの名前を聞いてリクは自分が嵌められたと悟るが、もう既に時は遅かった。彼は意識を失うとシナは地面に横たわらせ、落ちている薬を拾い上げる。


先ほどリクは強魔薬の副作用は心配するなと告げたが、実際の所は彼はシナを生かすつもりはなかった。この薬は敢えて副作用を強めており、もしも飲めば一時的に通常の強魔薬よりも強い効果を発揮するが、その反面に副作用が起きると取り返しのつかない状態に追い込まれる。


リクの目的はマオとシナを同時に始末する事であり、彼はシチを殺したマオとその座を奪ったシナを憎んでいた。しかし、シナからすればリクに恨まれるのは良い迷惑であり、彼が完全に意識を失う前に告げた。



「私は貴方の事が大嫌いでしたよ、最初からね」

「き、さま……!?」

「さようなら」



屋上に倒れたリクを残してシナは立ち去ると、彼女に対してリクは必死に手を伸ばす。だが、その手が彼女に届く前にリクは意識を失い、二度と目を開ける事はなかった――






――同時刻、ネカは盗賊ギルドが管理する酒場にて自分の配下と共に待機していた。彼は他の七影の連絡が途絶えた時点でに事が進んだ事を理解する。



「ネカ様、これからどうされるのですか?」

「こうなったら王都から離れるべきでは……」

「案ずるな」



部下達は盗賊ギルドの幹部が捕まっていく事に不安を抱くが、ネカは余裕の態度を崩さなかった。彼は最初から自分とシナ以外の七影が今日中に捕まる事は理解していた。


最初からネカはリクを利用し、他の三人の七影と共に始末する事を決めていた。そのために彼はシナを自分の味方に付かせ、彼女が求める物を与える代わりに自分の与える仕事を引き受けるように仕向ける。全てはネカの計画であり、もう間もなく計画は最終段階を迎える。

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