第279話 ネカの考察

「この水晶玉が壊れているのではないのか?」

「いえ、先ほどが確かめましたが問題なく反応しました」

「そうか……」



ネカの腹心である御者の男は実は「魔術師」であり、表向きは一般人を装っているが実は彼も魔法を使えた。だからこそ彼は水晶玉が正常に作動する事を確認した上で報告する。



「あの少年の魔力量は国内の魔術師の平均値よりも大きく下回ります。それは間違いありません」

「しかし、それならば何故あれほどの魔法を……」

「それは私にも分かりません。正直に言ってこれだけの魔力量ならば魔法を作り出すのも困難だと思われますが、相当に魔操術が優れているのか、あるいは魔石から魔力を引きだして力を補っているのか……」

「だが、それならばどうして彼は先ほど自分が扱える魔石を受け取らなかった?氷属性の人間は水と風の魔石しか使えないと聞いているが、彼が選んだのは火属性の魔石だぞ」

「わ、分かりません……」



この世界における魔石は非常に価値が高く、特に魔術師が扱うような魔石ほど高価な物が多い。マオがもしも魔石の力を借りて魔法を強化しているのだとしたら先ほどネカが魔石を渡す際、自分の属性の魔石を選ぶのが普通である。


ネカが用意した魔石は他国から輸入した物でどれも一級品であり、一流の冒険者や傭兵でも気軽に購入できる代物でもない。そんな高価な魔石の中からマオは自分が扱えないはずの火属性の魔石を選んだことにネカは疑問を抱く。



(彼の使用した魔法は威力から考えても中級……もしかしたら上級魔法の域に入るかもしれん。となると相当な魔力を消費したはず、だが水晶玉によれば彼の魔力量は平均以下、ならばどうやって魔法を発動させた?)



御者の男の言葉を信じるのであればマオの魔力量は平均以下であるため、中級魔法や上級魔法を扱える事は有り得ない。しかし、現実にマオの魔法は中級魔法や上級魔法ほどの効果はあった。



(魔石の力を利用して魔法を発動させていたのなら、相当に魔石の魔力を消耗したはず。それならば失った分の魔力を取り戻すために自分が扱えそうな属性の魔石を回収しそうな物だが……)



マオが先ほど火属性の魔石を受け取った事にネカは引っかかりを覚え、本当に水晶玉が壊れていないのかと疑問を抱く。その一方でネカはマオに増々強い興味を抱く。



「あの少年の動向を監視しろ。是非、我が商会で雇いたい」

「よろしいのですか?もしも彼が貴族だとしたら……」

「その時は有効的な関係を結べばいい。お前の言う通りに彼が魔石を消耗して魔法を扱っているのならば、逆に言えば気軽に魔石を購入できる立場という事だ。それはつまり、彼の家が相当な財を持て余している事を意味している」

「なるほど……おっしゃる通りです」



ネカの言葉に御者の男は納得し、改めてネカはマオの様子を部下達に監視させた――






――出発の準備を整えると商団の馬車は王都へ向けて出発し、この時にマオは馬車に乗せてもらった。商団の馬車に同行すれば城門の検問の時も問題なく通過する事ができるため、夜中にこっそりと城壁を飛び越える必要もない。



(ふう、何だかんだで一日で戻る事ができたな。ドルトンさんもきっと喜ぶぞ)



王都に戻り次第にマオはドルトンの鍛冶屋へ訪れ、彼が求めていたゴーレムの魔石を渡す事ができる。ドルトンには日頃から世話になっているので早くに彼の元に行きたいと考えていると、馬車が急停止した。



「うわっ!?な、何だ!?」

「す、すいません!!どうやら車輪が壊れた様で……」



マオが乗っていた馬車が停止し、急いで商団の人間が車輪を調べた。どうやらボアから逃げる際に無茶な走り方をしたせいで車輪に不具合が発生したらしく、直すまで時間が掛かる。



「参ったな、これだと動けねえぞ……」

「おい、直せないのか?」

「う〜ん、予備の車輪がないとどうしようもないな……」

「おいおい、どうするんだ。こんな場所にいると魔物に襲われちまうぞ、もう魔除けの香も殆ど残っていないのに……」



草原のど真ん中で馬車は停止してしまい、商団の人間は困った表情を浮かべた。マオも車輪を見ると片方の車輪が完全に壊れてしまい、新しい車輪を取りつけなければ動けそうにない。


商団の人間が集まって壊れた馬車を確認し、これからどうするべきか話し合う。車輪を取り換えなければ馬車は動かす事はできないが、その肝心の車輪の予備が残っていなかった。



「会長、やっぱり車輪を取り換えないと動けそうにありませんが、もう予備がありません」

「むうっ……王都まであと少しだというのに」

「一足先に王都に戻って車輪を持って帰るのはどうだ?」

「駄目だ、魔除けの香も残り少ない。王都まで戻る時間はないぞ」

「ならどうするんだ?」



車輪が壊れた馬車の前で商会の人間は悩み、王都までそれほど遠くはないが予備の車輪を取りに戻る余裕はない。悩んだ末にネカは仕方なく判断を下す。

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